第13話:狼ライダー事件:調査編⑤

「大丈夫ですか!」

「えぇ、なんとか。当て逃げですよ」

 暫くして、世界に人と音が返ってきた。追い越していく車がぎょっとした様子で通り過ぎたり、停車して僕らを気にしてくれる人も現れた。そこまでしてやっと、やっと現実に帰ってこれた気がした。鳴らしっぱなしだった携帯も繋がり、大聖寺さんの声が聞こえた。

『君から電話してくるとか、珍しいね』

「あの、狼ライダーに遭遇しました。新宝玉西しんほうぎょくにし交差点の近くです」

『ふーん、それで、事故った?』

「はい、灯台笹さんの車がボロボロで」

 車の外に出てみるとその惨状はもうひどいものだ。ピカピカの新車だったのに側面と後方はもうぐちゃぐちゃになってしまっている。あの速度でぶつけ合ったのだから無理はない。それにしても、あれほどの衝撃でぶつかったにもかかわらず、狼ライダーと思しき痕跡は、殆どない。おそらく、血液どころか毛すらも見つからないのではないかとすら思えた。

『ははっウケる』

「わかるわ」

「聴こえてるぞ、大聖寺」

『げっ』

 大聖寺さんには悪いが、スピーカーにしてある。加賀さんもなにげに酷いことを言うなぁ……。

「とりあえず、けが人もいる、色々手配を頼む」

『わかってるよ、もみ消しとか根回しとかはするからさ』

「すいません、よろしくおねがいします」

『うん、それじゃあ』

 携帯を切ると、やっと一息ついたと思えた。車はもう動かせそうにないし、あとは大人の人に任せて僕らは歩道に避難しておこう。もう夜とはいえ、ちょっとした人だかりにができつつある。

「僕らは避難してますね」

「あぁ、御経塚君も頼む。ここは僕だけで十分だ」

「御経塚さん、歩けますか?」

「えぇ、大丈夫です……」

 一応、加賀さんと両側から支えるようにして歩道まで避難する。車に救急キットが乗せてあってよかった。こういうときに役に立つ。こういうときがないのが一番いいのだが。

「消毒しますよ」

「嫌いなんですよね、しみる……」

 と言っても放って置くわけにもいかないので、ガーゼに消毒液を染み込ませて傷口に当てる。御経塚さんは普段のしっかりした様子は鳴りを潜めてしまっている。それほどに嫌なのだろうか。最後に大きめの絆創膏を貼って応急処置は終わり、となったその時だった。此方に近づいてくるバイクの音がした。狼の唸り声が混じらない普通のバイクのエンジン音だった。

「大丈夫か!」

 狼ライダーと同じライダースーツに一瞬心臓が止まる思いをしたが、ヘルメットに収まっていた人間の顔に心底安堵した。やはりというか、川北さんだった。追いついてこないので、戻ってきたのだろう。めちゃくちゃになった車を見て小さく「ひでぇ」と呟いているのが聴こえた。

「大丈夫じゃ、ないみたいですね」

「命があっただけ設けもんですよ」

 御経塚さんはそう言って笑うが、やはり額の絆創膏がなんとも痛々しい。

「そっちは大丈夫だったのかしら」

「あぁ、対向車とすれ違って、もしかしたらと思って戻ってきた」

 彼にもそういうのが分かるのだろうか。直感に任せたのかはわからないが、なぜだかひどく心強く思えた。

「あいつ、真でも女は傷付ねぇって言ってたくせに……」

 川北さんはそう言ってジャケットの裾を強く握りしめた。もはや、狼ライダーは彼の知る中島ではないのかもしれない。しかし、だ。僕はそれを伝えるべきだと思った。

「川北さんのおかげで助かりました」

「俺がなにかしたか?」

「川北さんの話ですよ、『今夜の月は何色だ?』っていう質問の答えのヒントになりました」

「あぁ、あれが……」

 何気ない会話のつもりだったのだろう。彼はなにか考え込むようにして顎に手を当てて考え事をしているようだった。

「とりあえず、後はあの子ね」

 そういえば、一連の出来事のせいで忘れていた。僕たちは龍也を探すために飛び出したのだ。探さなければ、と思い立ち上がろうとしたが、身体のあちこちが痛い。やはりあの振り回されたときに何処か痛めたのかもしれない。

「兄ちゃん」

 不意に欠けられた声に振り返れば、そこには龍也がいた。今にも泣きそうな顔をしている彼に、僕はどう声をかけていいかわからなかった。そこに割り込むようにして前に出たのは加賀さんだった。続いて乾いた音が響く。彼女は僕が反応するよりも速く、彼の頬を平手で打っていた。

「加賀さん……」

「今回はこれで許してあげるわ」

 そう言うと彼女はそっぽを向いて座り込んでしまった。何を言うべきか、わかった気がした。

「皆心配してたんだ。こうなっていたのは、お前かもしれないし、誰か死んでたかもしれない」

「うん」

「敵を取りに行こうとしたんだよな」

「うん……」

「心配かけるんじゃない」

「ごめん……なさい」

 龍也はそれだけ言うと、気絶するように倒れた。

「龍也!」

 倒れそうな彼を支えようとするが、今更になって体中が痛い。代わりに彼を支えたのは、川北さんだった。

「こいつの敵討ちは、俺がやらなきゃならない」

 川北さんの目は明らかに怒りをたたえていた。

「これは、俺のけじめだ。思い出したことがある」

「思い出したことって……」

 川北さんの言葉は、狼ライダーを、中島を知る者としての責任と確信に満ちていた。

「アイツを止める方法を、思いついた」

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