第12話:狼ライダー事件:調査編④

 遠吠えのような唸り声が聴こえた。それは後ろから迫りくるバイクのエンジン音だと、即座に理解した。あのとき、龍也の兄の経験の中で聞いた音と同じものだったからだ。

「狼ライダーです!」

「くそ、封じ込めは失敗か!」

 灯台笹さんは床ごと踏み抜かん勢いでアクセルを踏んだ。急な加速感が僕をシートに押し付ける。幸いにもここは大通りだ、暫く広い直線が続くから、急カーブなんかで速度を落とす心配は、いまのところない。川北も縋り付くように追走しているものの、狼ライダーはそんなことは関係ないとばかりに徐々に距離を詰めてくるではないか。

「やっぱり怪異に理屈は通じないみたいね」

「他人事のように言ってくれるなぁ」

「ほら、追いつかれるわよ」

「どうする!」

 どうするもこうするもない、と言いたいところだが灯台笹さんは運転に集中しているので無茶は言えない。そもそも論だが、怪異に理屈は通じないのだ。しかし、ふと思いついたことがあった。龍也の兄の記憶である。たしか、先頭を走る彼が襲われたのは最後だった。もし、後ろから襲われているのであれば、川北だけでも逃がすことが出来るかもしれない。

「川北さんを先に行かせましょう」

「どうしてだ」

「直感です」

「そりゃあいい」

 灯台笹さんは川北に先にいけと指示を出した。一瞬反応が遅れたものの、灯台笹さんが速度を落としたことで相対的に前に出た川北はそのまま先行していった。そして、狙い通り狼ライダーは車に並走してくる。

 あのときと同じだった。首から上を力づくですげ替えたような、狼面の男が、狼とバイクがごちゃまぜになったようないびつなバイクで並走している。担いだ手には釘バット、染み付いた血液の痕跡が生々しさを加速させている。

 僕は、狼ライダーと目があった気がした、その途端、釘バットを振りかぶり、タイヤに打ち付けようとしてくるではないか。このままパンクして、停止させられれば、その先に待っているのは凄惨な光景にほかならない。

 そんな狼ライダーに向けて……

「これでも喰らえっ!」

 灯台笹さんのその一言を皮切りに、僕たちの身体は思い切り横方向への力に振り回された。そして強烈な衝突音と衝撃。横を見やれば、ガラスは砕け、フレームも歪んでいるようだった。灯台笹さんが急ハンドルを切り、車体を思い切り打ち付けたのだ。狼ライダーはどうなった?

 割れたガラスの向こう、いない。うしろはどうだ?居た。大きく距離を離した狼ライダーが此方を睨みつけるようにして唸っていた。いや、唸っているかどうかはわからないが、直感でそう思った。そしてまだ此方へ向かってくるではないか。

「もういっちょ!」

 今度は強烈なブレーキ音と共に前に吹き飛ばされるかのような慣性が働く。食い込んだシートベルトは確実に内蔵を圧迫しているだろう。夕食が絞り出されるのではないかとすら思えた。そして、それに連なる衝撃音が更に僕たちを前に押し出そうとして、今度はまたシートに押し付けられた。狼ライダーが追突したのだろう。その衝撃が車全体に伝わってくる。前後左右に振り回された僕らはもうへとへとだった。加賀さんですらも表情が硬い。

「大丈夫?」

「大丈夫に見えるかしら」

「見えないから聞いてるんだよ」

「さて、どうなった?」

 灯台笹さんの一言で我に返った僕は後ろの窓を見やる。後部ハッチが大きくへしゃげており、窓ガラスも何かが突っ込んだかのように粉々だ、破片がここまで飛んできている。しかし、そこに狼ライダーの姿はないようだった。

「助かった……のかな」

「わからない。御経塚君は大丈夫かい?」

「いたた……なんとか」

 そうは言うが、御経塚さんは何処かにぶつけたのか、額から血を流している。流れた血が目に入ってしまったのか、片目は閉じられていた。

「とりあえず、七尾君は大聖寺に連絡をしてくれ」

「それくらい先生が自分でやってくださいよ……」

「御経塚さんは安静にしててください、血が出てるんですから……」

 そう言いつつも、大聖寺さんの携帯番号に電話を掛ける、しかし、全く繋がる様子はない。

「ちょっと……」

 加賀さんはそういって、人差し指を立てて静かにするように促した。それに習うように声を潜めてみると、この車のエンジン音以外の音が、ない。猫女事件のときとは違う。世界の音が戻ってきていない。ということは……。

 まだ、狼ライダーの影響下から抜け出せていない?そう聞こうとして彼女を見てみると、先程まで唇の前にあった人差し指は、車の前方へ向けられていた。


「今夜の月は、何色だ?」


 地の底から響くような声が脳内に響いてくる。車を停めることがトリガーだったのだろうか、そう考えてももう遅い。車の前に立ちふさがるようにして、狼ライダーは立っていた。無傷のように見える。肩に担ぐのはやはり無数後を吸った釘バット。

 そして彼が背負うのは、やはり真っ赤な月だった。しかし、冷静に見てみれば、それが月ではないのはよく分かる。お守り越しに龍也を見たときのものと同じ、ドクン、ドクンとここまで聞こえるかのように一定の間隔で脈動する無数の臓物、それが月のように丸く集まり、月面のような模様を形作っているようだった。


「今夜の月は、何色だ?」


 再び声が投げかけられた。どう答えればいい。どう答えるのが正解だ。今までの見てきた中で、答えはないか、そう言って僕は記憶の引き出しを片っ端から引き出すように、狼ライダーに関してを思い出そうとしていた。

 そうだ、彼の記憶にあったではないか。この問いかけに答えて生きていた彼の記憶に、その答えが!僕は、誰かが答えるよりも先に、その答えを口にした。


「見えない!」


 そう、川北は。狼ライダー、いや、中島という人からの問いかけに、そう答えていた。あのときは雲で見えなかったと言っていたはずだ。今は、偽りの月で隠れてしまっていて、見えていない。だから、こう答えるのが正解のはずだ。

 僕は、ホラー映画を薄めで視るようにして様子を伺った。狼ライダーの表情はわからない。狼の表情などもとよりわからないのだが、なぜかホッとしているように見えた。そして、担いでいた釘バットを放り捨てるようにすると。いつの間にか姿を消していた。

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