第11話:狼ライダー事件:調査編③
竜涎市は『市』を関するにふさわしい人口を有するはずだ。それがどういうことだろう。邪魔するものはなにもないと言わんばかりに、道路を遮るものはなにもない。そう、なにもなかった。普段何百何千と行き交っているはずの車さえも!唯一の例外は、後ろからついてきている川北のバイクだけだ。
「こりゃあまずいな……」
灯台笹さんが珍しく焦った口調でそう呟いた。
「龍也は餌かもしれない」
「それは、僕らをおびき出すための……?」
「……」
彼は答えなかった、しかし、バックミラー越しに見えるその表情は何よりも雄弁に、如実にそれを伝えてくるようだった。
「あるいは、ね」
加賀さんはそう言って後ろに視線を向ける。そこにはまだ川北さんが居た。あのとき見た、ひとりひとり消えていくという状態では、今はない。それよりも、龍也は何処だろう。車を出すまでにも時間がかかった。自転車でもかなりの距離を移動できると考えていいだろう。最悪追い越していたとしても、竜涎峠に通じるトンネルの前で待てばいいはずだ。
それよりも異常なのはこの状況だ。猫女事件の際もそうだったが、大通りですら人っ子一人居ないというこの状況は、すでに狼ライダーの影響下にあるということだろうか。
「狼ライダーの情報はどうだ?」
「未だ、竜涎峠に限ってますけど……噂が広まればそこから広がる場合も十分ありえます。オカルト掲示板にも単独のトピックが立てられています……」
御経塚さんは助手席で膝の上のノートパソコンのキーボードを叩いている。なにがなんでも情報を最小限に抑えておきたいという様子だった。
「あぁいうのって意味があるのかな」
「あるわ」
僕の吐息のようなつぶやきに、彼女は断定的にそう言った。
「口裂け女って、知ってる?」
「まぁ、聞いたことあるけど、それがどうした?」
「あれ、ここが発祥だって言ったらどうする?」
まさか、ありえない。だとしても、それがどうしたというのだ。
「ありえないと思うでしょう」
「そりゃあ、そうだよ」
「例えば、この前の猫女事件、噂が竜涎市からそれ以上に広がったらどうなると思う?」
「どうなるって…………言われても、しばらくすればほとぼりも冷めて……」
広まったところで、所詮噂。人の口に戸は立てられねど、人の噂も七十五日と言う。次第に、忘れ去られていくに決まっている。だが、加賀さんが言った口裂け女というものは、僕らが生まれるずっと前から存在していて、そして今なお語り継がれる都市伝説だということから、知らず識らずのうちに目を背けていた。
「そう、噂は風化するもの、でも口裂け女は風化しなかった。なぜだと思う?」
なぜだろう。そこに猫女と共通のものがあるのだろうか。いや、逆だ。前回の猫女のように、実際に猫が消えていたのと同じように、口裂け女に捕まって、斬り殺された人が居たのだとしたら?
「まさか、本当に被害者は居た……?」
「そう、口裂け女もそうだった。信憑性が増せば、口コミでも見境なく広がっていくわ。まぁ私は関わってないから詳しいことは知らないのだけれど」
「言っておくが、僕も知らないぞ。口裂け女が流行ったのは僕だってまだ幼かった頃だ。それに、僕が幼かった頃はゲームの裏技なんかも口伝で広がったものさ。実際似てもにあるゲームで同じ現象が起こせる。だから、噂は爆発的に広がる。本当だった、ってね」
灯台笹さんも関わっていないのか、それほどに古い情報らしい。それよりもだ、実害が出たのならば、もしくはそれに親しい状況が発生したとするならば、噂は信憑性を増し、より強固に語り継がれるだろう。猫女もそうだった。実際に猫が犠牲になっている。それに、嘘でも「自分は見たのだ」と言い張る輩だって出てくるし。噂には尾ひれが無限に連なるものだ。
その噂が広がったらどうなる。怪異は、人間の想像力により何処までも力を増す。それこそ、竜涎市に猫女が出る、という状態から、竜涎市という情報が切り取られてしまったらどうだ。『猫女が出る』という噂ならば、日本各地、全国どこでも、どこででも猫女が出現しても、何もおかしくはないのだ。
そして狼ライダーは明確に人を襲う、殺す怪異だ。そんな者が竜涎峠から切り離しでもされれば、それこそ全国で被害が出ることになる。そうなる前に、なんとしてでも狼ライダーを止めなければならない。
それよりも先に、龍也を見つけなければ……。
その時だった、後ろを走っていた川北のバイクが速度を上げて並走してきた。いくら人通りのない道とは言え(それそのものも異常事態なのだが)そんな危険なことをしなくても……。しかし、彼のハンドサインで僕のそんな考えは吹き飛ばされる。
後ろを見ろ、と彼は指差している。そして後ろを振り返ってみると……。
一台のバイクが此方へ向けて走ってきているではないか。
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