第10話:狼ライダー事件:調査編②

「すみませんでした」

「謝るのは私にじゃないでしょう!まったくもう……」

「俺は気にしてないので、探しに行ってください」

 やはり灯台笹さんはかっこつけたいだけだったようで御経塚さんにしこたま怒られていた。御経塚さんはまだ叱り足りないのか、まだくどくどと文句を言っている。

「御経塚さん、ああなるとてこでも動かないわよ」

「僕たちだけでなんとかしよう」

 結局探しに行くのは僕と加賀さんの二人になった。こういうときに頼りにならない大人というのは、少し情けない気がした。かといっていつまでもおんぶにだっこではいられないだろうが。

 そんなくだらないことを考えられている時間はつかの間だ。温かい喫茶店から出ると一瞬で体温が全て奪い去られるかと思うほどの夜風が鳥肌を立たせ、そんな考えはそれと一緒に吹き飛ばされるようだ。もう一枚上着を斬るべきだったという泣き言を言うにはもう遅い状況だった。

「ほら、行くわよ」

「わかってるよ」

 そんな僕を尻目に加賀さんは完全防備だ。あの短時間でいつ用意したのだろうか、あたたかそうなコートにマフラー、耳あてまで付けている。うさぎの形、そういう趣味があるのか。

「と言っても、行く宛なんてわからないよ」

 短い付き合いで、色々話を聞いてはいるものの、かといって親しい仲というわけではない。彼とは共有した時間が短すぎる。それでも、心当たりがないわけではない、ビルの近くにある駐輪場に向かった。彼はまだ免許が取れる年齢ではないし、電車賃も節約したい、だから移動は自転車を使っていると聞いたことがあった。

 どの自転車が龍也のものかなんてわからないが、律儀な彼のことだ、しっかりと防犯登録はしているだろうし、名前も書いてあるだろう。だから判別はできる。一つ一つ、名前を調べていく。違う、これも違う、これは、名前が書かれていない。不用心め。

「ありそう?」

「なかったら、自転車で行くような場所にでも行ったんじゃないかな」

 だとしたら、僕の足では追いつけないし、僕は自転車を持っていないのだ。そして、彼のものと思しき自転車は、ない。

「どうする、一回事務所に戻って車を出してもらうか?」

「そうね、あら」

 そう言って加賀さんは足元に落ちていた何かを拾った。

「キーホルダーね」

「ちょっと貸して」

 それは直感に近いものだったと思う。ただ、確信だけがあった。それはよくあるお守りのストラップだ。交通安全の、安っぽいやつ。しかし、僕にはそれに見覚えがあった。龍也が携帯に下げていたものかどうか判断できる材料には欠けているが、僕はそれが龍也のものだと確信していた。

「頼む、頼む……」

 いつも怪異の相手ばっかりさせられてるんだから、こういう人間相手でもできたっていいだろう。僕はお守りを潰さんばかりの力で握り込んだ。龍也は何処で何をしている。何をしようとしている。その断片だけでもいいから見せてくれ。僕は何かに祈った。もし、この力が誰かに与えられたものならばそれに、もし、生まれたときから持っているものだったのならば、それを伝えてきた祖先に祈った。

 断片でもいい、欠片でもいい、思いが籠もっているのならば、それを見せてみろ。いや、見えるはずだ、見えなければおかしい。

 怪異に思い込みが通じるなら、僕自身の怪異であるサイコメトリーにも同じことが出来るはずだ。そう信じてそう何度も何度も繰り返し祈る。すると、暗闇の奥底に落ちていくような感覚に襲われた。


 ゆらゆらと揺れている感覚だった。まさか、もうすでに大変な目にあっているのではないだろうか、しかし、直後浮遊感が襲う。そして、地面に強く叩きつけられるが、痛みは全く無い。これは、どういうことだろう。次第に、視界がひらけるように見えた。

 地面に横たわっているようだ。しかし、視界は極めて低く、身動き一つできない。しかし、これは龍也の身体ではないことは、彼が視界の中にいることでよくわかった。もしかしたら、この視点は龍也ではなく、今握りしめているお守りが見せているものだろうか。


「だったら、俺が、俺がこの手で……」


 聴こえたのは龍也のその一言、見えたのは、自転車を持ち出す龍也の背中と、そして、空に浮かぶ一見月に見えるようなそれは、どくんどくんと脈動する、赤黒い臓物の塊のような球体!あれが狼ライダーの赤い月だとするのならば、間違いない。龍也は狼ライダーの下へ向かっている。お守りが切れて起きるという不吉な予感が的中しているようにも思える。だとすれば、龍也が危ない!

「竜涎峠!」

 僕が発した端的な言葉で、加賀さんは理解してくれた。

「車が必要ね、車の追跡はできないけど、先回りなら出来るわ」

 急ぎましょう、とこの寒空の下、汗だくななった僕を走らせる。運動は得意ではないが、今はこの早鐘のような心臓が全身に酸素を送ってくれている。そのうちに走りきらなければ。

 無我夢中でなだれ込むように喫茶店へ飛び込む。灯台笹さんはまだ正座させられている。

「龍也は竜涎峠だ、このままだと危ない!」

「わかった、すぐ行こう」

「俺も行きます」

 川北はそういうと、手に下げていたジャケットを羽織った。黒い、革製の、何処かで見たことのあるジャケット。思い出した。狼ライダーの来ていたライダースジャケットだった。

「あの、その上着って……」

「これ?中島の形見だよ、未練がましいかもしれないけどね。でも、狼ライダーが中島だっていうなら。俺はアイツを一発ぶん殴らなきゃいけない」

 そういって川北はひと足早く喫茶店を出ていった。外からエンジンを噴かせる音が聞こえる。来たときは気にしていなかったが、そう言えば彼もバイクに乗るんだったか。

「急ごう、龍也を連れ戻すぞ」

「あなたが言えるセリフですか」

 ずっと正座させられていたせいか、膝が笑っているようだった。

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