狼ライダー事件:調査編
第9話:狼ライダー事件:調査編①
「あぁ、すみません、お待たせしました」
灯台笹が席に付き、全員が揃った。夜に差し掛かっていたため、龍也は帰そうとしたのだが、残ると行って効かなかった。加賀さんはマイペースにスザノに餌をやりに行っている。話を聞かなくていいのだろうか。大聖寺さんは来ていないが、川北がここに来るように示したということは、おそらく話は聞いているのだろう。
名刺交換を行った際に灯台笹さんが明らかに意外そうな目をしていたのを僕は見逃さなかった。その気持はわからなくもないが、表情くらいは隠すべきだろう。
「意外ですか?」
「あぁ、すみません……」
「いえ、良く言われますから……」
おかわりを入れたコーヒーに砂糖を落としながら、川北は口を開いた。
「それで、中島のことなんですけど……」
……
…………
……………………
それは今から約三年前の話だ。今のような紅葉がきれいな時期だったことをはっきりと覚えている。
「今日もよろしく頼むぜ、中島!」
「まぁ待てよ、川北、今日はツキが悪い」
中島には独特の験担ぎをする癖があった。その日の月の具合でツキが分かるという、どうにも眉唾にしか思えないものだったが、それがなぜかするすると当たる。中島は胴元が中立である限り、絶対に負けないというその界隈ではかなりの知名度を誇る人間になっていた。
しかし、もちろんそれをイカサマだと疑う者もいる。俺だって最初はそうだった。しかし、どれだけ調べても絶対に証拠は出てこない。監視カメラどころか、何処から持ってきたのかハイスピードカメラなんかを持ち出してイカサマの証拠をとってやろうとんが得る輩もいたが、結局見つからなかった。あるものは、運と駆け引きのみ、純粋な運と駆け引きのみが支配するギャンブルで、中島が負けたことはない。
「あー、ダメだなゼッテェ負ける」
今日も中島は曇り空で見えないはずのツキを見上げながらそう言っていた。中島がそういったときは、必ず負ける。だから賭場にすら足は運ばないし、学生間でやる真似事の勝負も、じゃんけんすらしない。負けるとわかって勝負に出るバカはいないからだ。
逆に、勝てるとわかった日は徹底的に、それこそ身ぐるみを剥がす勢いで勝負した。ポーカー、ルーレット、チンチロ、丁半、なんでも勝てたし、元手が何倍にも膨れ上がった。俺たちはバカだったから、限度ってものを知らなかった。泥を塗りたくった顔を洗うために何でもする連中はいくらでもいるのだということなんて、考えもしていなかったからだ。
そんなある日、いつものように中島を誘った日のことだった。その日はいつもと様子が違っていた。それまでは、いつもと同じ様子だった。いつもと同じ銘柄の煙草を吸って、いつものように空を見上げる。しかし、明らかに様子がおかしかった。カッと目を見開き、冷や汗を垂らしながらガタガタ震えていた。疵面のヤクザを前にしても肝が座っていたあの中島が、だ。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「いや……なぁ、川北。今夜の月は、何色だ?」
そう言って中島は空を指差した。俺は見上げてみたが、ちょうど風が吹いたのか雲に隠れてその様子はさっぱりわからなかった。
「雲で見えねぇよ、つっても月の色なんて、黄色とか、白とか、そういうもんじゃねぇのか?」
「そうか、なら、いいんだ」
その日、俺たちは大勝した。しかし、その日を機に、中島は姿を消した。相手はヤクザとか暴力団とか、そういった類だ。俺たちはその顔に泥を塗った。中島はその勝負に徹底的に俺を関わらせようとしなかったから、俺は多分、中島に守られていたんだろうと思う。
一週間も姿を見せなくなったころに、捜索願も出された。しかし、ギャンブル関係でヤクザや犯罪組織なんかと繋がりがあったことを知られれば俺の身も危うい。俺は、保身のために中島のことは知らないふりをした。
結局、俺が見捨てたこともあってか、中島が帰ってくることはなかった。もちろん、あのとき中島が何を見たのかなど、知る由もなかった。
……
…………
……………………
「それで、そんなことも忘れて仕事をしていたある日です。警察から連絡があったのは……」
話をしている最中。川北は何度か目元を拭っていた。友人のことを思い出しているのだろうか、それとも後悔しているのだろうか、僕にはわからない。それよりも、気がかりなことがあった。
「今夜の月は、何色だ?」
川北が回想で語った言葉の一つと、狼ライダーの言葉が合致していた。僕は、これを無関係で済ませる理屈はないと確信している。むしろ同一人物であると考えたほうがいいだろう。そんな事を考えていると、飛び出した小さな影がいつの間にか川北の胸ぐらをつかんで覗き込むように目線を合わせていた。龍也だ。
「お前のせいで!兄ちゃんは!」
「やめろ!」
灯台笹さんが今までに聞いたことのない大声を上げた。見れば、その目は彼岸を見据えているような、淀んだ物のように見えた。怖気が止まらず襲いかかってくるようで、龍也は明らかに萎縮した様子で手を離した。
「彼に責任はない。謝りなさい」
「いや、いいんです。俺は罰を受けなければならないんでしょう」
「だとしても、その鉄槌を下す権利は、この子にはないんだ」
叱るというのは、これで正解なのだろうか。僕にはわからない。龍也の心中に渦巻くやり場のない怒りを向ける先を探しているようにも見えた。結局、龍也は謝らなかった。そして、飛び出すように何処かへと行ってしまった。
「やめておけ」
僕が動き出すのを見過ごしていたかのように灯台笹さんは此方を見もせずにそういった。
「追わなくていいんですか?」
「あぁ、あいつは甘えたんだよ。僕たちにね」
灯台笹さんは、そういってコーヒーを一口で飲み干した。
「男は、そういうものを振り切って大人になるんだよ」
僕には灯台笹さんがカッコつけているだけにしか見えなかった。
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