第8話:狼ライダー事件:遭遇編④
あれから、一週間が経過した。朝のニュースでは竜涎峠における事故が増えていると注意喚起がされている。観光客の急増が事故の原因ではないか、というコメンテーターの言葉を聞きながら、僕は脳内の狼頭のライダーを払拭できずにいた。
押収したバイクは今は警察で調査が行われているという話だ。もしかしたら、身元がわかるかもしれない。今は、それを待つしか僕たちに出来ることはなかった。僕らは心の中にしこりを残したまま変わらぬ日常を送っている。
「戻りました」
もうここに住み始めて一月になるが、未だに『ただいま』と言えない。相変わらず客が誰もいない喫茶店には、一人の常連が増えていた。
「おかえり、兄ちゃん」
龍也だった。あの日以来、僕のことを兄ちゃんと呼んでくる。僕は一人っ子だったので、どう扱っていいかわからないが、邪険にすることもできなかった。
「毎日ここに来るけど、家に帰らなくていいのか?」
「母ちゃんは夜遅いから、大丈夫」
母ちゃん、か。亡くなった母を思い出す。龍也からは父親の話を聞いたことは、ない。詮索することもしたくない。気まずくなることしかないだろうから。それに、僕も、ごっこ遊びのようなものとはいえ、家族が出来るのは嬉しかった。傷のなめ合いと、笑いたければ笑えばいいとまで思える。
灯台笹さんが父親、御経塚さんが母親、龍也が弟で、七尾さんは……姉?妹?どちらでもない気がする。そんなくだらないことを考えていると、御経塚さんが上から降りてきた。いつものスーツ姿ではなく、ブラウンのエプロンを付けた従業員スタイルだ。
「あら、秀介くん。おかえりなさい。美由紀ちゃんは?」
一瞬誰のことだろうかと思ったが、加賀さんのことだった。彼女の下の名前を意識したことはそんなになかった気もする。
「加賀さんはスザノの餌を買ってから帰るって言ってました」
あの一件以来猫が苦手になったということはない、いつの間にか足元をうろついてスネコスリのマネごとのようなことをしているスザノ(結局読み方はそのままスザノだった)を抱き上げる。特に抵抗はされないので、多分警戒はされていないだろう。
「ニャア」
「腹が減ったのかお前、加賀さんが餌を買ってくるから我慢しろよ」
「ニャ」
何を考えているのかわからない。ジタバタしてきたのでおろしてやると何処かへ走り去っていった。何がしたかったのだろうか。餌なら持ってない。
「そういえば、大聖寺さんは」
「今日も来てませんね……先生もなにやら調べ物とかで出ずっぱりです」
それはいいことなのですけれど、と続ける御経塚さんの面持ちはどことなく寂しげだ。助手を自称するのだから、本当はついて回りたいのかもしれないが、店を任されたとあっては投げ出すわけにもいかないといったところだろうか。僕としてはさっさと店じまいしても誰も困らないとは思うのだが……。
そんな事を考えていると、カランコロンと入店を示すドアベルが鳴った。加賀さんはいつの間にかいるので、灯台笹さんか大聖寺さんだろうか、と思ったが、其処に立ていたのは一人の男性だった。
「あの、灯台笹探偵事務所は、ここでよかったでしょうか……」
比較的丁寧な口調の割に、まともなことをやっているとは思えない人だった。顔立ちはかなり良く、整えられた髪型も合わせてホストのように見えるが、恵まれた体格は大聖寺さんよりも二周りは太く見える。格闘家とかそういうことをやってそうにも見えるが、そうだとすると顔がきれいすぎると思うのは偏見だろうか。
「はい、灯台笹探偵事務所はこちらです!灯台笹は今が移出中ですが、私が対応しますよ!秀介くん、コーヒー淹れて!」
御経塚さん、妙に張り切ってるな。とりあえず話は聞きながらコーヒーでも淹れるか……。
「兄ちゃん」
「どうかした?」
「あの人、多分カタギじゃないよ」
「それは何となく分かる」
言われなくても、だ。
「あ、俺は
「あぁ……」
あぁ……大聖寺さんならそういういい加減なことをしそうだ。アポイントメントくらい事前にとってほしい。電話の一つでもよこせばいいのに。川北という男もひと目見てなんとなく察してたのだろうか、どことなく申し訳無さそうな顔をしている。
「あ、すいません、名刺渡しておきます」
コーヒーを出しつつ、こっそりと名刺を盗み見る。肩書はIT系企業のCEOとなっているが、本当なのだろうか。
「えっと、正直半信半疑なんですけど。狼ライダーの都市伝説、もしかしたら、俺に関係あるかもしれないって……」
「噂についてはご存知なんですか?」
「えぇ、まぁ。オカルトは結構趣味なんで」
見た目から職業から趣味から全部ちぐはぐに見える。
「とりあえず、少し前に、俺の友人のバイクが見つかったみたいで、アイツの家族はもういないし、友好関係のあった俺のところに連絡が来たんです」
まさか、いや、そうに違いない。先週竜涎峠で見つけたバイクのことだろう。まさか本人に繋がりのある人物が見つかるとは、正直期待していなかったが、大聖寺という男は存外優秀なのかもしれない。
「だいぶボロボロになってたけど、アレのカスタムには俺も手伝ってたんですぐにピンと来ました。アレは、
事件が、動き出す音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます