第7話:狼ライダー事件:遭遇編③

 加賀さんの先導で迷いなく車は進む。その逆転した目が何を捉えているのかはわからないが、先へ進むにつれて、道はより細く、古く、山奥へと誘い込むようだった。仕舞いには木々は鬱蒼と(紅葉しているが)生い茂り、天幕のように頭上を覆っている有様だった。

 そして、ついに先へ進むには限界が訪れた。目の前に立ちはだかるのは侵入を徹底的に拒むように有刺鉄線まで貼られた、背の高いフェンスだった。錆びついて色あせた看板の文字は、かろうじて禁止だけが読み取れる。現場作業員のイラストがその文字に不気味に寄り添っていた。

「この先よ」

 そう言われても、どうやってこの先に進めばいいのだろうか。狼ライダーはどうやってここを通っているのだろう。まさか飛び越えたのだろうか。高さはゆうに三メートルはある。それに、フェンスの扉を縛り付ける鎖をまとめる南京錠は人の拳ほどの大きさがあり、今持っている道具を使ったとしても、ちょっとやそっとじゃびくともしないだろう。とてもじゃないが、今すぐ進めそうもない。

「どうします先生、一旦引き返して道具を揃えるべきでは……」

「そうだな……チェーンカッターでも持ってこないと……」

「ほらほら、どいて」

 僕たちをかき分けるようにして大聖寺さんが前に出る。

「君たちは、何も見てないし、何も聞かなかった。いいね?」

 どういうことだろう、と質問する前に、大聖寺さんが懐から取り出したもので、僕はこの人が今から何をするかを理解した。

 それは、実物は初めて見る。暴力というものをそのまま形にしたかのような金属の塊、すなわち拳銃だった。それを無造作に南京錠へ突きつけると、躊躇なく引き金を引く。火薬の破裂音が山にこだまして消えていった。モデルガンである可能性を考慮する時間すらなかった。

「おいおい。銃はマズいだろ」

「何言ってるんだ。マスターキーさ」

 気取った様子で懐に銃をしまい込むと、大聖寺さんは先程まで南京錠だった残骸を放り捨て、鎖を解く。錆びついた見た目とは裏腹にかなりスムーズに其れは取り外された。最近まで使われていたのだろうか。

「この辺は暴力団の縄張りでね、まぁソッチのほうに責任押し付ける」

 重たい金属音とともにフェンスの扉が開かれる。なぜか、いや、必然だろう、地獄の釜の蓋が開くという言葉がふさわしい気がしてならなかった。

「此処から先は歩いていくしかなさそうですね……」

 スニーカーで良かった等と少々見当違いのような気もすることを言う御経塚さんの見立て通り、どう頑張ってもこの先へ車を持っていくことはできないだろう。フェンスの扉は普通に人間一人を通す程度のものだ。ここを通れる車はよほど小さいか、あるいはフェンスなど物ともしない装甲車程度のものだ。

「行きましょう、日が暮れると出るかもしれないわ」

「あくまで慎重にな」

「私は龍也君とここに残ります」

「あぁ、その方がいいだろう」

 龍也は、ずっと塞ぎっぱなしだった。連れて行くのは危ないだろう。ここは御経塚さんにまかせて僕たちだけで先に進むことにした。

 ざくざくと足首まで埋もれそうなほどに積もった枯れ葉を踏み潰して進む。あまり人が訪れている様子はない。少なくとも、秋に入ってからは、というところだろうか。

 その先にあったものは、廃棄されたトンネルだった。かつて映画だったかで見た都市伝説のトンネルのように、コンクリートブロックの山で塞がれている。上には隙間があるので、そこから入れそうであるところも共通していた。

「これはこれは、嫌な予感しかしないな」

「同感ですね」

「この先なのか?」

「いいえ、この周辺みたいね」

 加賀さんが何度か瞬きすると、その目は普通のそれに戻っていた。

「ちょっと疲れたわ。私は少し休むわね」

 加賀さんの人形のような顔にうっすらと汗が浮かんでいるのがわかった。やはり、嫌なものでも見えているのか、それとも単に精神力でも使うのかは僕にはわからない。

 それよりも、だ。はたして、こんなところが狼ライダーのねぐらなのだろうか、それともこの先に何がまだあるのだろうか。それは、行ってみないとわからないだろう。

「この辺はヤクザが良く死体を捨てに来るとかいう噂があったな。実際どうなんだ?」

「うーん、僕らの情報だとなんとも言えないね」

 灯台笹さんと大聖寺さんの物騒な話を聞き流しながら、周囲を見渡す。トンネルの先は、今のところは関係なさそうだ。

 そんなとき、頭を突かれたような感覚に襲われた。直感とでも言うのだろうか、それに突き動かされるようにして僕は視線をそちらに向ける。まだ太陽は天上に輝いているにも関わらず洞窟のような暗がりになった其処に、一瞬なにか光ったように見えた。

「七尾君?」

 灯台笹さんの声がひどく遠くに聞こえる。僕は衝動に突き動かされるようにして茂みへと分け入った。そう遠くはないはずだ。枝葉が引っかかってかすり傷ができている気もするが、気にならなかった。

「これは…………」

 まるで、そこだけスポットライトが当てられたかのようになっていた。見上げれば秋晴れの空が見える。そこから落ちてきた光がミラーに反射して目に入ったのだろう。そこにはボロボロに朽ちた大型バイクが転がっていた。全体が錆に覆われ、塗装剥げ落ち、ライトやメーターのガラスが割れ、タイヤもしぼんでしまっている。いつからここにあるのか、検討もつかないが、少なくともここ数ヶ月ではすまないだろう、おそらく数年は経っている。

 それ以上に、僕はこのバイクを知っている気がしてならなかった。全く違うものであるはずなのに。共感力というものが、それを同一であると言って憚らない。

「どうかしたのか?」

「これは……まさか……」

「これ、多分なんですけど……」

 僕は、それを言うことを戸惑わなかった。彼らならきっと信じてくれると思っていた。


「狼ライダーのバイクです」

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