異世界のプロ対異世界転生サークラの姫

シャル青井

プロローグ 中身はどこへ消えたか。

「うわーマジかー。マジで転生案件か。こりゃ面倒極まりないな……」


 幹線道路から何本か入った路地裏で、一人のジャージ男がブツブツとうめきながら、道や壁を調べている。

 彼の名はイフネ・ミチヤ。どこをどう見ても不審者だが、その実態はもっと胡散臭い、時空のおっさんと呼ばれる存在である。


「ねえイフネ、時空のおっさんの仕事って絶対こんなんじゃないよね? なんで探偵の真似事なんかしてるのよ?」


 お目付け役の妖精、エリアリからそんな言葉が出るのも無理はないし、その疑問も当然だ。

 まずそもそも、時空のおっさんと呼ばれる人々の仕事は、人物を現実世界にとどめておくことなのである。

 現在、日本は空前の異世界ブームの中にある。

 街の本屋やWeb小説サイトにはそれをモチーフにしたような話が並び、やれスローライフやらチート無双やら異世界への夢が溢れている。

 そしてそれにつられて、実際に異世界へと旅立ってしまうものも後を絶たないという状況なのだ。

 今やイフネたち時空のおっさんの仕事は完全に後手に回っており、行くことを留めるよりも、行ってしまった人々を連れ戻すことのほうがメインとなってしまっているのである。

 だからこそ、イフネが現実の現代日本でこのような調査をしているのは、極めて稀なことなのだ。


「俺だってこんな探偵の真似事地味な間違い探しなんてしたくないさ。だが、今回はどうにも面倒事が多すぎる」

「あなた、いつも面倒事が多いって言ってない?」

「過渡に異世界と近くなりすぎた世界では仕事も多様化するものだいたい全部面倒なんだよ。おっと、どうやらここか? それなら……ふむ、あいつで行けるか?」


 イフネが目をつけたのは、とある交差点角の家の、くたびれた飼い犬だった。

 これほど怪しげなイフネを見ても吠える気配もないような駄犬である。だが、そのほうがイフネにとっても都合がいい。

 彼は一枚のカードをかざして人払いの結界を張り、続けてその犬の頭に手を当ててさらにもう一枚のカードで精神を支配する。


「さてお犬様よ、その目で見たものちょっと過去ログを見せてもらうぞ」

 

 イフネはそのままの体勢で目を閉じ、しばらく黙り込む。

 閑静な住宅街が、完全に音を無くす。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。イフネはゆっくりと立ち上がり、不機嫌そうにため息を付いた。


「なるほど、ニコニコ運送ね、ニコニコ、ニコ、ニコ……。はぁ……、あからさまに異世界転生におあつらえ向きすぎる仕組まれた転生だろ、これは……」

「なに、探し人は見つかったの?」

「まあ、一応は。だが今回は転移ではなく転生っぽい中身だけ飛んでったからね、こりゃ面倒だ」

「それってなにがどう違うのよ? もしかして、本人はもう死んでるの?」

「あー、転生はそういう事が多いだろうな、幸い今回はそうではないけど。大雑把にいえば、たとえば異世界転移ってのは身体ごとその世界に移動するわけさ。普段俺がやっているのもその類だな」


 言いながらイフネは両手でよくわからないジェスチャーを繰り返している。

 どうやら、身体の移動を示そうとしているらしい。


「でも、異世界転生は違う。移動した人物はこちらの世界で死んだりそれに準ずるなんらかの状態になることによって、魂だけが異世界に跳び、そこで新しい身体に入り込む魂を乗っ取るんだ。だから基本的には、時空のおっさん俺らの仕事ではないんだけど……」


 そう言ってなにかが飛んでいくようなジェスチャーをして、もう一つ大きなため息。


「まあ、事情が事情だし、やりますよ、やればいいんでしょう。報酬が高いことだけが救いだな。まったく……金のある物好きには困ったもんだ」


 そしてイフネは交差点の中央に立ち、一枚のディスクを取り出してそれを地面に設置する。

 これまでのカードとは異なり、まったく魔力の籠もっていない、ただの情報メディアだ。

 その表面には『サークルナイツ・ディスティニー』と手書きで書き殴ってある。

 だがそのただのディスクも、イフネが魔力を込めると、途端に揺らめくオーロラを放ち始める。


「まあそれじゃあ、ちょっくら行ってひと仕事してきますか。あ、ディスクの措置はよろしく」


 そう言い残し、イフネの姿はディスクから湧き上がってきたオーロラの中へと消えていく。

 そして残された妖精もまた、指示された通りそのディスクの元へと降りて魔法でそれをどこかへ消し去ってしまう。

 続いてそのまま妖精本人も溶けるように消えていく。

 残ったのは、疲れ果てた目でそれを見ていた、角の家の犬だけだった。

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