第二話 乙女ゲームには騎士を名乗るジャージ男など存在しない。
そしてアリア、つまりモービアは、聖剣に選ばれた乙女として、主人公の代わりに救国の騎士として騎士団の長となることになった。
もちろん、ただ騎士団長になるだけではない。
好感度を操作し、騎士たちを完全に従わせる。
それによって、ここを文字通りモービアの国にするのだ。
アリアのその試みは、彼女自身が拍子抜けするほど上手く進んだ。
本来の主人公であるルリシアとその義兄であるケイウスは騎士になることなく表舞台から姿を消し、残る三人の騎士も順調に彼女の手中に収まりつつある。
最大の懸念であった高難易度イベントである外敵との決戦も、
そもそも、本来のゲームではこの
聖剣の前でその主に誓いを立てることで、騎士は剣の加護を受け、通常の何倍もの力を引き出せるようになる。
そうして誓いを立てた騎士は騎士団の中でも特別な存在となっていき、やがてゲームはその騎士とエンディングを迎えることになる。
つまりゲームにおいてこの『
だがアリアはフラグを操作することで、この誓いを現在の三騎士全員に与えることに成功したのである。
ちなみにこの騎士の誓いには相応のペナルティもあり、ゲームの物語の終盤では、主人公と騎士の二人でそれを乗り越えるというイベントにつながるものである。
しかしそれはあくまでゲームの中での話。
もしこれによってなにか起こりそうになったら、データを弄って誓いそのものを無効化してしまえばいいだけのことだ。
既に外敵も退け、モービアもアリア化することで闇に落ちなかったこの世界では、そんな誓いの強さを必要とするほどの敵など現れるはずもない。
こうして、アリアの最強の騎士団は完成した、かと思われたのだが……。
不穏な空気が流れ始めたのは、まずは城下町の方からだった。
それは最初は、たわいない噂話でしかなかった。
『王国の三人の騎士の中で、もっとも強いのは誰か?』
その意見自体は、特段不思議なことでもない。
アリアが日本で生きていた頃も、男子たちはいつも誰が強いだの、戦ってみたらどうなるだの、そんな話題でよく盛り上がっていた気がする。
とはいえ彼女にはどうもピンとこなかったし、後輩の女子部員もそんな彼らを見て呆れているようであったが。
だが、今回はそんなただの与太話では済みそうにない。
誰が言い出したのか、近々それを決めるための御前試合が行われるとの尾ひれがついていたのである。
もちろん、それはアリアの知るところではない。
アリアはそんなことに興味などなかったし、わざわざ騎士たちを競わせることに意味を見出だせなかったのだ。
しかしその空気は確実に騎士団を蝕んでいく。
三人の騎士の間にそれぞれ互いを意識したような言動が増え始め、それに当てられて、騎士団内部にもどこかギクシャクとしたような雰囲気が見え隠れするようになっていたのである。
そんな中、最初に爆発したのは直情型の性格で謀や陰口の苦手なゴーウェンだった。
彼は自分こそが最強の騎士であると宣言し、それを証明するために城の奥に立てこもって挑戦者を待つと言い出したのだ。
他の二人の騎士、ランスローとトリスティはそれを冷ややかに見ていたのだが、事態はそこで収まらなかった。
まるで誰かが城内の様子を覗いていたかのように、その話は驚くほどの正確さを持ってあっという間に国中に知れ渡り、他の二人の騎士はともかく、国内外から我こそはという騎士たちが最強を名乗りあげようと、太陽の騎士に挑戦すべく城へと殺到したのである。
さらに悪いことに、ゴーウェンの
今はまだ城の外で挑戦者を抑えてある状態だが、もしなにかの拍子で城内になだれ込んできてしまったら、ゴーウェンはそのすべてを相手にしなければいけなくなってしまうのである。
タブレットのチート機能を使えば、誓いを解除することはできる。だがそれは、ゴーウェンから誓いの加護を外し、今の強さを失わせることでもある。
それはあまりにもリスクが大きいし、なによりゴーウェンのプライドが許さないだろう。
なにしろ事の始まりは、ゴーウェンが最強の騎士を主張したことからなのだ。
やむを得ず、アリアは最強の騎士を決めるための御前試合を行うことを決意する。
ゴーウェンと戦う相手を一人に絞ってしまおうという魂胆である。
そうすればゴーウェンも連戦を避けることができ、もっともベストなコンディションでただ一人を相手にすればいいだけになる。
こうして、アリアの当初の思惑を超えて、太陽の騎士への挑戦権を賭けたトーナメントが執り行われることが決定したのである。
そんな決定を下したものの、アリアはこの事態に強い違和感を抱いていた。
唐突な噂、ゴーウェンの反応とそれが城外に漏れたこと、そしてそれを聞きつけて城の周りに集まった騎士たち。
思い返してみると、ここまでのすべての出来事が、不自然なほどこのトーナメントを開催させるために動いていたかのようなのだ。
もしかしたら、ここが元々はゲームの世界であるがゆえの、なんらかの世界を修正する力が働いているのかもしれない。
そして始まったトーナメントであったが、結果は意外なものとなった。
並み居る騎士たちを退け最終的に勝ち抜いたのは、ケイウスを自称する正体不明の男性だったのである。
ケイウス。
本来の主人公であるルリシアの義理の兄にして、このゲームの4人目の攻略対象である騎士の名前だ。
この世界においては主人公が聖剣を抜かなかったことにより、主人公とともに騎士団に入団する
ここまではアリアも知ってる情報だ。
ここに来てその4人目の騎士が自分の前に現れたのならば、驚きはするだろうが、ある意味で想定されるべき事態でもある。それこそゲームの修正力と言ってもいい。
だが、アリアが驚いたのはそこではない。
端的に言えば、このケイウスを名乗る男は、アリアの知っているケイウスとはまったく別人だったのだ。
なにしろこの自称ケイウスは、なにからなにまでそのすべておかしいのである。
まず根本的に、本物のケイウスとは顔と体格からして完全に別物だ。
乙女ゲー特有の高身長揃いな騎士団の中でも、もっとも身長が高く大柄であるゲームのケイウスに対して、このケイウスを自称する男は中肉中背でいかにも平凡な体格であり、その身体つきを見ると、とてもトーナメントを勝ち残れる実力があるようには思えないものである。
顔も多少整っているものの美形とは無縁で、くたびれた表情が張り付いた、乙女ゲーではまずお目にかかれないような平凡なものである。
そしてそれ以上にアリアを不審がらせたのは、彼のその服装であった。
そもそもの装いが騎士とは思えぬローブ姿なのだが、さらに問題なのは、その下の着込んでいる服である。
それは安っぽい紺色の、いかにも量販店のワゴンに積まれていそうな、ジャージとしかいいようのないものだった。
もちろん、このファンタジーな乙女のゲームに、野暮ったい現代のジャージなどというものは存在しない。
だがあの男はこの
アリアにとってもっとも恐ろしいことは、誰も、そんなケイウスのおかしさに気を留めることもないということだ。
しかし、それも当然のことではある。
この世界においては、ケイウスが騎士団に入るイベントをこなすまで、誰もケイウスという人物のことを知らないのだ。
最初の入団イベントが消失し、ケイウスが騎士団に現れなかった以上、他の人々がケイウスという人物と面識を持つ機会はないのである。
ただ一人、アリアだけが本当のケイウスのことを知っていて、目の前のいる人物がまったくの別人であると認識しているのである。
では、あの人物は誰なのか。
タブレットのカメラ機能を使い、人物認識でキャラクターデータを検索する。
だがそこに示されたのは、その男の名乗り通りの、4人目の騎士であり攻略対象であるケイウスその人であった。
表示されている顔とそこにいる人物はまったく別なのに、このチートタブレットすら、彼をケイウスを認識してしまっているのだ。
狂っているのは、世界か、それともアリア自身か。
そんな事を考えながら遠巻きに自称ケイウスを眺めていると、不意に、その自称ケイウスが不思議な目でこちらを見ていることに気が付いた。
目が合った気がして、アリアは状況を理解した。
向こうは確実に、アリアのことを認識している。
そのジャージ姿からして相手が現代日本からやってきた存在であることは間違いないが、アリアとは本質的に異なっている。
アリアは転生によってモービアの中にその存在が生まれたので、見た目も、この世界での立ち位置も、従来の浅倉アリアとはまったくの別物である。
だがあの自称ケイウスは違う。
顔は乙女ゲームではありえない平凡な日本人顔だし、この世界には存在しないジャージなどという服装に身を包んでいる。
現代日本からそのままこの世界に紛れ込んできたとしか思えない。
アリアは彼を知らなかったが、もしかしたら、彼の方は前世の浅倉アリアを知っているのだろうか。
いや、もしそうだとしても、今の自分はもう浅倉アリアではないのだ。気付くはずがない。
ではあの男は、いったいなにを見て、なんの目的でアリアの前に現れたのか。
なにもわからないまま、その騎士とゴーウェンとの対決の時がやってこようとしていた。
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