第三話 知らない誰かが置いてきたはずの名前を呼んだ。

 騎士や兵士、そしてアリアが注目する競技場の中央で、向かい合う二人の男。

 一人はヴェリテア騎士団が誇る三騎士の一角であり、太陽の騎士と呼ばれるゴーウェン。

 もう一人はローブに身を包んだ、旅の騎士を自称する謎の男ケイウス。

 トーナメントを勝ち抜いたことでこのケイウスがゴーウェンへの挑戦権を得て、こうやって今ここに立っているのである。

 だが、その身なりはどう見ても騎士とは思えないものであった。

 青い大きめのローブを羽織り、その下には作業着のような粗雑な服を着ているだけ。申し訳程度に剣を持ってはいるが、とても扱えそうな雰囲気はない。

 だが、この人物がトーナメントを勝ち抜いてきたのは紛れもない事実だ。

 その戦いぶりに優雅さはまったくなく、剣の扱いもハッキリ言って稚拙だったが、とにかく的確なのだ。

 相対した騎士が一撃を振るうものの、ローブが邪魔になってかケイウスに攻撃を当てることもままならず、一方のケイウスは一撃が相手の急所を確実に打ち付ける。

 そんな戦いを繰り返し続け、このケイウスは強さらしい強さをまともに見せぬままここまで勝ち上がってきたのである。


 そんな自称ケイウスの戦い振りを見て、アリアはさらに不安を大きくする。

 どこをどう見ても明らかに異物であり、自分の世界を脅かす存在である可能性が高いように思われるのだ。


「ゴーウェンは大丈夫でしょうか……、あのケイウスという男、どこか得体のしれない雰囲気があるけれど……」

「なに、あの手の輩に負けるようでは、聖剣姫の騎士としてふさわしくないというだけのことです」

「その意見には私も賛同だな、トリスティ。そもそも、今回の一件にしても、ゴーウェンがその強さを疑われたがためにこんな大掛かりなことになってしまったのだ。あの程度の敵もあしらえないようなら、最強どころか、騎士失格の誹りも免れまい」


 アリアが不安げにそう漏らしたのを聞いて、横にいたトリスティとランスローが辛辣な言葉を口にする。ここ最近の騎士たちはずっとこんな調子である。

 互いに互いを貶め合い、少しでも優位に立とうとするかのようだ。

 これはアリアの前世でも周囲の男子たちの間でよく見られた光景であった。

 そのことについてよく後輩の女子部員が愚痴をこぼしていたの思い出す。

 当時はアリアに対する当て付けかとも思ったが、こんな状況では確かに文句の一つも言いたくもなろう。

 そしていざ戦いが始まったとき、アリアは、自分の不安が的中してしまうのを目の当たりにする事になった。


「さてさて、誉れ高き太陽の騎士ゴーウェン殿よ、俺は今から貴方に決闘を申し込む。勝負の内容は一対一、魔法の使用は有りで、剣は互いに支給されたものを使用する。相手が降参するか、剣を落とせば決着。これで如何か?」


 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら、自称ケイウスがそんなことを口にする。

 明らかにゴーウェンの騎士の誓いゲッシュである、『挑まれた戦いは必ず受けなければならない』を狙い撃ったかのような言葉だ。

 もちろん、ゴーウェンはこれを受けねばならない。騎士の誓いゲッシュを破ることは許されない。

 自称ケイウスは、このゴーウェンの誓いをわかった上でこの条件で出してきたのは明白であった。


「……構わん。その条件でいいだろう」


 言いながらも声から不安がにじみ出ている。

 なにしろ魔法の使用が有りである。

 これまでの戦いからも察しが付くように、自称ケイウスはなにかしら怪しげな術を使うのは間違いないだろう。

 普通にやればゴーウェンが負けることなどありえないが、普通ならばそもそもこの自称ケイウスがここまで勝ち残ることのほうがありえないのだ。

 ゴーウェンも、そしてアリアも不安を抱えたまま、ついに戦いが始まった。


 そして、勝負は一瞬だった。


 もはや魔法を使うことを隠さなくなった自称ケイウスは、開始と同時に剣をしまったまま不思議な言葉とともに腕を一振りする。


「『剣を持つ力を失えダウンサイズ』」

「なっ……」


 その瞬間、ゴーウェンの口から声にならないうめき声が上がり、まるで糸かなにかで引っ張られたかのように、前のめりに崩れて剣を落とす。

 

「おっと、剣を落としてしまいましたね。ではこれで勝負ありおしまい、ということで」

「き、貴様、なにをした……!?」


 剣を拾い上げ、ゴーウェンはそのままその剣をケイウスに付きつける。


「なに、剣が重くなる魔法パワーにマイナス修正を少々。もしかしたら貴方の誇る宝剣だと邪気払いプロテクションなんかがあるかもしれなかったので、あらかじめ条件をつけて排除レギュレーションで禁止させてもらいました」


 この眼の前の男は、最初の条件の時から既に勝つための準備を完成させていたということだ。

 ゴーウェンは自らの油断を恥じ、うなだれる。

 だが、そこにケイウスがかけた言葉は、さらに無情なものだった。


「さて、ではもう一戦やりましょうか。条件は先程と同じ『一対一、魔法使用は有り、剣は互いに支給されたものを使用する』で。それではゴーウェン殿、私の挑戦受けて何度でも負けてもらえますよね?」

「馬鹿な……。先程の勝負、勝ったのは貴様ではないか。その上でまだ戦うというのか!?」


 そう言いながらも、ゴーウェンはその決闘を拒否することはできない。それが騎士の誓いゲッシュの束縛なのだ。


「そこまでです……! もう決着はついているではないですか」


 その状況を見ていられず、アリアは慌てて割って入る。

 もちろん、ゴーウェンの誓いも既にタブレットから解除してある。

 本来なら一度立てた騎士の誓いゲッシュを取り消すことはできないのだが、あのタブレットのチート機能はそれさえも可能にしているのである。

 だが、その様子を確認して、自称ケイウスは不敵に笑ってみせた。


「まあそうですね。では、ゴーウェン殿との戦いはここまでにしておきましょうかね。次は貴方が相手をしてくれるんですか、聖剣姫殿」

「そこまでです、この下郎め!」


 その叫び声とともに、ケイウスの頬をかすめて一本の矢が飛んでいく。


「我が聖剣姫をそれ以上侮辱すると、この場で矢ぶすまとなることになりますよ」


 射手は三騎士の一人であり、卓越した弓の技術で知られるトリスティであった。

 トリスティはさらに二の矢、三の矢を構えており、その眼はいつでも敵を射殺せると言わんがばかりである。

 しかしその騎士の殺意にも、自称ケイウスはまったく怯むことなく口元を歪めたまま、さらに別の言葉を口にした。


「ああ、トリスティ殿、ちょうど良かった。あなたは弓の名手であると同時に竪琴においても神の腕を持つと聞いています。どうか勝者である私に、?」


 まったく空気の読めない発言にその場が凍りつくが、なによりもその言葉に驚いき、恐怖を覚えたのは当のトリスティとアリアであった。

 トリスティの騎士の誓いゲッシュは、誰かに曲を請われたらそれを披露しなければならないというものである。

 それは本来モービアとトリスティの間だけの誓いであったはずで、他の誰かが知る由もないはずのものだ。

 確かに、偶然そういった場面が訪れる事はあるかもしれない。

 だが今回は、確実にそれとは異なる状況だ。

 この自称ケイウスはゴーウェンの時と同じく、明らかにトリスティの誓いのことを知っており、その上で曲の披露という言葉を口にしている。

 もちろん、それを断れば誓い破りの重い枷がトリスティに降りかかることになる。

 しかしもし曲を奏でれば、このケイウスを自称する男に対して、決定的な隙を与えてしまうことになる。


「そんな男に曲を捧げる必要などありません」


 モービアはハッキリとそう言い切った。

 もちろん、本来なら誓いを立てた相手であろうとそれを取り消すことなどできないのだが、モービア、つまりアリアにはそれを可能にする力があるのだ。

 タブレット操作がわからぬように意味深な身振り手振りを交えながら、トリスティの誓いも解除する。

 しかしその言葉に、もっとも大きな反応を示したのは彼らではなかった。


「よしよし、これで残り一つというわけだ」


 アリアの動きを見て、再びケイウスが笑った。

 まさかこの男は、タブレットを認識している?

 だがそのことについて考えるよりも前に、ケイウスに向かって無数の矢が浴びせられる。

 トリスティが『音階』と呼ぶ、必殺の七段式の一斉射である。 


「貴方は私と聖剣姫を侮辱した。これはその報いです」

「おっと!」


 だがしかし、その矢はケイウスまでは届くことはない。

 彼がローブをひるがえすと、そこに霊気による疾風が巻き起こり、矢がその身に届く前に吹き飛ばしてしまったのだ。

 行き場を失った矢は風に乗り、そのままトリスティへと降り注ぐ。

 それはなんとか凌ぎ切ったものの、必殺の攻撃を完全に返された衝撃はトリスティを打ちのめすには充分だった。


「矢避けの加護、というわけですか……」

「いやいや、違うんだな、これが。俺は誰の加護も頼らない神とか信用してないからな、つまりこれは俺自身の魔法というわけだ。まあようするに、俺は貴方がたよりも強いということ」


 力強くそう言い切る。

 しかしこうなっては、わからないことが一つ。

 アリアはそれを尋ねずにはいられない。


「ケイウス、でしたか。貴方の目的はいったいなんですか? それだけの魔力を使って、いったいなにをしようとしているのです」

「うーん、目的か……。まあ、ここまで来たらもう言ってもいいか。俺の目的仕事はただ一つ。あんたを連れ戻しに来たんですよ、浅倉アリアさん」


 その男は、この世界の誰も知らないはずのその名前を口にした。

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