目醒めの時


 本当の、お別れです。悲しくて悲しくて、胸が痛くて、涙がこぼれます。


 今までは、みんなの気配を近くに感じていられました。二階の自分の部屋でベッドに入って目を閉じても、一階に両親の気配を感じるみたいに。

 だから、姿が見えなくても、声や物音が聞こえなくても、どこか安心していられたのです。寂しかったけれど、なんとか我慢できたのです。



「碧。こんなことになって、すまなかったな」

「お父さんのせいじゃないよ。向こうの車が突っ込んできたんでしょ」


 碧は両手でごしごしと目をこすりましたが、涙は止まりません。


「碧、ごめんね。お母さん、ケーキ作る約束守れなかったね」

「いいよ。お母さんのレシピ帳、引き出しに入ってるの知ってる。それ見て作る。えみりちゃんと桃香ちゃんと一緒に作る」


 ひっくひっくとしゃくりあげながらも、碧は頑張って答えます。お父さんとお母さんを安心させるために。


「緊急連絡先の」

「住所録は電話台の引き出し。通帳は靴箱の上の段。保険証なんかはリビングのカップボードの引き出し」


「そうそう。ちゃんと憶えてるわね」


「知り合いの弁護士さんに色々頼んであるからな。何かあった時には、って」

「病院でもう何度か話した。いい人だったよ。えみりちゃんのお家で暮らせることになったの。あ、えみりちゃんっていうのは」


「知ってるよ。みんな見てた」

「夢の中のことは、僕が話した。二人は、他の人の夢までは見えないから」



 ふーっ、と大きく息継ぎして、碧は頷きました。夢の中でソウと繋がっていたのは、やっぱり気のせいなんかじゃなかった。それは知ってはいたけれど、ちゃんと確認できたのはやっぱり嬉しい。



「でね、ミィ。僕もごめん。ミィの鍵、出かける前にふざけてた時、僕の傘の中に入っちゃったんだ。家に帰った時に見てみて」


「あ、あの戦いごっこの時」

「そう。僕、気づかずにそのまま傘立てにしまっちゃって」

「そっかぁ」

「だからね、ミィ。キーホルダーを失くしたのは、僕のせいなの。ミィは悪くないんだよ」


「……ソウ」


「僕の代わりに、とか……考えなくていいんだからね。僕、さっさと生まれ変わるし」

「うん」


「髪、短いのも似合ってるけどね」

「……伸ばすもん」


 碧は唇をちょっと尖がらせ、髪をぐっと引っ張ってみせます。



「僕のとミィのお守り、一緒に持ってて。生まれ変わったら、ちゃんと会いに行くから。その時、エメラルドのキーホルダー返してよ」


「それがソウだって、わかるかなぁ」

「大丈夫、わかるよ。ここで待ち合わせすればいい」


「じゃあ、大人になったら、一緒に海に行こうよ。お父さんとお母さんの、ふるさとの海。ね?」

「エメラルドの森と、サファイアの海だね。うん、行こう」



 キラキラとした優しい光が、ゆっくりと集まってきました。まるで森じゅうの木漏れ日が細かい粒になって、みんなを励ましているみたいです。


「お前たちのおかげで、最期にこうしてみんなで会えた。碧、蒼一、ありがとう」

「碧、元気でね」



 キラキラの光の粒が大きな球になって両親と蒼一を包み込み、碧をふわりと引き離しました。みるみるうちに、光が強くなります。どんなに明るくなっても、その光はとても優しくて、眩しくはありません。


 3人の体が、光を吸い込んだように中から輝きはじめました。



 いよいよお別れの時なのだと、碧にはわかりました。何か、言わなくちゃ。一番言いたいこと。


 お腹に力を入れて、涙を堪えます。笑顔を作ろうとしたけど、それは無理みたいです。でもそのかわり、大きな声で言いました。


「みんな、ずっと大好きだよ。ありがとう」



 わたしもだよ、わたしもよ、僕もだよ、と大きく口が動くのが見えましたが、声は聞こえません。


 でも、光が消える直前、頭の中に声が聞こえました。


「またね、ミィ」


 碧も頭の中で答えます。


「ソウ、またね」




 森全体に、白い光が満ちてきました。樹々が揺らめいて透明になっていきます。この森とも、しばしのお別れです。


 寂しいけれど、私は大丈夫。碧はそう思いました。握りしめた拳を胸に当てると、トキトキと、可愛らしい鼓動が聞こえます。


 碧は手を開いて見つめました。いつの間にかそこには、サファイアとエメラルドのキーホルダーがありました。

 両手でそれを包んで胸の前で手を組み、目を閉じました。さあ、目覚めの時です。




 ソウ、待ってるよ。


 あたし達は、夢の中で繋がれる。いつかまた会える。蒼碧の、眠りの森で。








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蒼碧の森 霧野 @kirino

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