ディスクの中の『あの人』

冷門 風之助 

ACT.1

 しばらくお待ちくださいと言って、中年の男性秘書は俺の提示した認可証ライセンスとバッジのホルダーを預かり、重そうな扉の向こうに消える。


 ドアの向かい側の窓辺に据えられた椅子に腰を下ろし、春の風が庭にある桜の大木を揺らしているのを眺めていると、さっきの秘書が戻ってきて、俺にホルダーを手渡す。


『社長がお会いになるそうです。どうぞ』


 彼はドアを開け、俺を先に通し、自分は後から入った。


 そこは彼、つまり『社長』のオフィス。


 広さは凡そ20畳ほどはあろう。


 俺のせまっ苦しい事務所なんぞ、比べ物にならない豪華さだ。


 床は一面、足首まで埋まりそうな絨毯が敷きつめられ、


 重厚感のあるデスクと肘掛椅子。


 それにソファと卓子テーブルの三点セット。


 これだけならば、どこにでもある会社の偉いさんの部屋と何ら変わるところはないが、


 変わっているのは、部屋の端に介護用のベッドが据えられていたことだ。


『失礼、こんなナリで』


 そう言いながら、男がベッドから声を掛け、身体を起こしかけた。


 枯れ木のように痩せた。いや、やつれたと言った方が正解だろう。その割には背の高い男が立ち上がり、ベッドの端に腰を掛けると、さっきの中年の秘書が、背後からガウンを着せかける。



『まあ、どうぞ』


 男はそう言って、スリッパを履くと、ゆっくりした足取りで歩きながら、俺にソファを勧めた。


 最初彼の事を俺と同じくらいか、いやそれよりも上かと思ったが、ソファに着くと、彼はかすれたような声でこっちを見透かすように、


『こう見えてもまだ32歳になったばかりなんですよ』


 と名乗り、卓子の上の名刺入れから一枚取って俺に手渡した。


『安西貿易・取締役社長・安西慎介』

 

 名刺にはそうあった。


 安西貿易と言えば、手堅い商売で貿易会社としては、かなりの実績を上げてきた会社である。


 安西慎介は創業者である父親から引き継いだ会社をほぼ独力でここまでにした人物として有名であり、その誠実な人柄で、社員や得意先からの信頼も厚い。

 

 酒も呑まない、煙草もやらない。


 勿論ギャンブルもまったく無縁、その上独身。浮いた噂も全くない。


 会社の経営同様、物堅い人間でもある。


乾宗十郎いぬいそうじゅうろうさん。当社の顧問弁護士から話は言っていると思いますが・・・・・』


『いえ、私が聞いているのは、ただ貴方に会ってくれと、それだけです』


 秘書が運んできたコーヒーのカップを目の前にしながら、俺は素っ気なく答えた。


 ウソをついているわけではない。


 昔からの馴染みである当の顧問弁護士氏からは、

『ウチの社長がどうしても頼みたいことがあるというんだ。詳細は本人の口から話すから、兎に角会ってやってくれないか』


 本当にそう言われただけなのだ。


『失礼しました。では私から直接お話致しましょう』


 彼はかすれた声で前置きし、卓子テーブルの上に置いてあったリモコンを取り、ONのスイッチを押した。


 テレビがつく。


 大きな液晶画面に映し出されたのは、とてもこんな堅い会社には似つかわしくない映像だった。


 一人の女性が、若い男を相手にくんずほぐれつの痴態行為を繰り返す、つまりは


『アダルトビデオ』そのものだった。


『これですよ』


 安西社長は眉一つ動かさず、卓子の下からパッケージを取りして見せる。


 そこには正に今現在痴態を繰り広げている女性が、殆ど観に着けていないに等しいパステルピンクのノースリーブのニットに、太股も露わなミニスカート姿で微笑んでいるものだった。


 タイトルは、


『僕の叔母さん』という、甥っ子の『をしてやるという、俗にいう熟女物という奴である。


 画面の中の女性は嬌声を上げ、甥役の若い男優にまたがり、激しく腰をうねらせていた。


 



 



 





 

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