ACT.4
リビングも板敷きで、どこと言って変わりのない、大きなダイニングテーブルが置いてあり、その向こうにキッチンが見えるという、ごく普通の民家のようだった。
そこには撮影機材やら、スタッフの荷物やらが置かれてある。
彼女は俺とははす向かいになる形で椅子に腰をおろすと、いつの間にか手に持っていたペットボトルに口をつけ、スポーツドリンクを美味しそうに飲んだ。
『話のあらましは大体伺っているでしょうが・・・・』俺が切り出そうとすると、彼女はそれを遮り。
『お話しは聞いています。でも私にはやっぱり受けられないんです』と、丁寧な口調ですまなそうに答えた。
俺は、依頼人は貴方の過去を詮索するつもりはなく、ただ、たった一度だけ会ってくれるだけでいい。望みはそれだけだということを伝えたが、やはり彼女は首を縦に振らなかった。
『私は、皆のための私でいたいんです。誰か一人のための私になるつもりはないんです。』
仕方ないな。個人の秘密を話すのは探偵としてのモラルに反するのかもしれないが・・・・・。
『依頼人が、今日明日にでも天に召されると知っても、ですか?』
『え?』
ボトルから唇を離すと、彼女は
俺は依頼人の事情をかいつまんで説明した。
『そうだったんですか・・・・』
彼女は言葉を切り、少し俯いて考え込んだ。
と、そこへTシャツ姿のスタッフが入ってきて、
『千草さん、本番再開ですよ』と告げる。
『探偵さん・・・・いえ、乾さんでしたわね。少しの間待って下さる?このお仕事が終わったら、お返事しますから』
彼女はペットボトルをテーブルに置いて立ち上がると、ガウンの紐をキュッと締めた。
仕方ない。俺は黙って頷き、シナモンスティックを咥えた。
撮影はそれから約1時間で終わった。
AVとはいえ、馬鹿にしたもんじゃないな。
単に”やるだけのこと”をやっているだけじゃない。
結構に、いや相当な肉体労働だ。
それにカメラは回っている。
音声、ライティング、そして監督、助監督といった連中がじっと見ている。
演技力と集中力がなければ務まるものじゃない。
それにしても彼女は凄いものだ。
単に喘ぎ声を出しているわけじゃなく、ちゃんと演技をして見せている。
その点だけは感心せざるを得ないだろう。
やがて、撮影は終わった。
監督氏は、至極満足した様子で、いい映像が撮れたと喜んでいる。
ベッドから起き上がった彼女は、男優やスタッフにねぎらいの言葉をかけて、そのままタオルを巻いて、浴室へと消えて行く。
やがて、彼女は浴室から出て来ると、身支度を整え、俺が待っていたあのリビングに現れた。
クリーム色のダウンコート。
その下にはブラウンのニットのワンピース。
セミロングの髪をアップに結った姿は、とてもじゃないがそんなビデオに出ている女優なんかには見えない。
『決心がつきました。乾さん』
俺の前に現れた彼女は、撮影後にしたのと同じように、丁寧なお辞儀をしてから言った。
『というと?』
『その依頼人の方にお会いしましょう。連れて行ってください』
凛とした声だった。
彼女はここから電車で帰るという。
じゃ、俺が送ろうといい、二人で玄関から外に出る。
すると、ワゴン車の陰から目つきの悪い男が二人出てきた。
『お待ちしておりました、
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