ACT.3

『そうは言ってもねぇ・・・・』分厚い眼鏡を掛けた男は、俺が提示した認可証ライセンスとバッジを見ながら、胡散臭そうな目つきで俺の顔を眺めた。


 そこは彼女の出演したAVを製作しているプロダクションで、業界では割に有名な方らしい。

 男はここの社長で、彼女とはもう10年以上の付き合いだそうだ。


『本条千草は確かにとは専属契約を結んでますよ。でもプライバシーについては公表しないってのが約束ですからね。』


 彼は腕を組み、片手で顎に散らばった無精ひげを掻く。


『それは承知しています。依頼人も彼女のプライバシーには全く興味はなく、たった一度会って話をしたい。それだけなんですよ』


 男は困ったような顔をして、黙りこくって1分ほど考え込んだ。


『・・・・分かりました。それじゃ、彼女に直接交渉してみてください。今は確か、世田谷にあるハウススタジオで撮影中ですよ。一応携帯にメールは入れておきますが、期待薄だと思いますよ』


 また俺の顔を上目遣いに見て、胡散臭そうに繰り返した。



 そこは世田谷は用賀近くの住宅地の、少しばかり奥まったところにあった。


 ハウススタジオと言うだけあって、外から見ると、ごく普通の住宅となんら変わりはない。


 門にはご丁寧に表札迄出ていた。

(もっとも、そこだけは取り外しが利くようになっていたが)


 駐車場には中型のワゴン車が停まっている。


 チャイムを鳴らすと、中から男性の声がした。


 俺が『事務所の社長から聞いてきた探偵の乾ですが』というと、直ぐにドアが開き、中から小太りの、焦げ茶色のトレーナーを着た背の低い若者が出てきた。


『何か?』


 俺は認可証ライセンスとバッジを見せ、用向きを説明すると、


『ああ、さっき電話がありました。どうぞ』と、わりとスムーズに中に入れてくれた。


 玄関の靴脱ぎには、随分沢山の靴が並んでいる。


『いま丁度撮影が休憩に入ったところですからね。でも静かにお願いしますよ』


 若者はそういい、俺を奥へと案内した。


 部屋の佇まいも何ということはない。


 どこにでもある普通の住宅だ。


 俺が通されたのは、広さが8畳ほどの寝室で、そこには部屋の半分ほどを占めているダブルベッドが置いてあり、数人のスタッフ(女性もいたのには幾らか驚かされた)に撮影機材。

 そして今撮影を終えたばかり、と思われるベッドの上には、ピンク色のガウン姿のセミロングの髪をした彼女・・・・つまりは、

”本条千草”その人が横座りに座って、自分でメイクを直していた。

 窓際には痩せているが筋肉質の男(絡み役の男優らしい)が、疲れ切ったような表情で立っている。


 俺を案内してくれた若者は、メジャーリーグのマークの入ったキャップを被った中年男の側に行き、


『監督、さっき社長から電話のあった・・・・』と話し掛けた。


『監督』と呼ばれたその男が、腰に手を当てたまま、俺の方を見て、


『よし、じゃあ休憩はもう10分伸ばそう』


 そう言ってから、俺の側に歩み寄り、


『あんたが探偵さん?』


 無遠慮な口ぶりで言う。


『初めまして、探偵の乾です』


『まあ、撮影しごとに影響がなければ別に構わないけどさ。あんまり彼女をいじめないでやって欲しいんですよ。ああみえてかなりナーバスなんですからね』


『監督』は、ベッドの上の彼女に歩み寄ると、俺の方を見ながら、何事か話しかける。


 彼女はコンパクトで化粧を直し、ちらりとこちらを見て、ゆっくりとベッドから

立ち上がった。


『じゃあ、ちょっとリビングに行きましょう』


 俺にそう断わると、先に立って、俺を案内するように歩き出した。






 

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