ACT.2
俺はパッケージを手に取った。
”本条千草、43歳にして華麗なデビュー!”
そんな文字が躍っている。
(サバを読んでいるな)
俺は思った。
確かにシミ一つない肌。
豊満とはいえないが、適当に肉付きのいいボディ。
アダルトビデオの女優というのは、『あの声だけ』が売り物になっていて、セリフを喋るシーンになると、殆ど棒読みに近い手合いが多いものだが、彼女の演技力はなかなかのもので、セリフもメリハリをつけているから、絡みなんかない、普通のドラマや映画に出ても、十分に通用するだろう。
しかし43歳という事はなかろう。多分デビューの時点で50は行ってたんじゃないかと俺は推測した。
エンドマークが出ると、彼はリモコンのスイッチを切り、俺の方に向き直った。
『私がお頼みしたいのは、この”本条千草”さんを探して欲しい。そして一度でいいから彼女と会いたいという事なんです』
彼がこのDVDを入手したのは、まったくの偶然だったという。
たまたま出張に出かけた際に、お茶でも飲もうと入った喫茶店にあった雑誌に彼女が載っていた。それに惹かれてネット通販で当時発売されたばかりの、この作品を購入したというのである。
それ以来ずっと、彼女の虜になっているのだという。
そこへ例の秘書氏が、銀色の盆を持って再び現れる。盆の上には水の入ったコップと薬のカプセルが二つ置かれてあった。
『お薬の時間で御座います』秘書氏の言葉に従って、彼は大人しくそれを
『乾さん、私はもう長くないんですよ・・・・』ため息交じりに安西社長は言葉を吐いた。
『悪性の腫瘍が脳に出来てましてね。手術をするのは不可能な箇所にあり、医者の言葉を借りれば、”良く持って一年、早ければ半年”というところだそうです。』
彼は言葉を切り、また天井を向く。
『・・・・私は趣味も道楽もなく、ひたすら会社の為に仕事一筋で生きてきました。身辺整理その他全ては既に済ませました。ただ、彼女・・・・・つまりこの本城千草さんにお目にかかりたい。それさえ出来れば、もういつあの世に旅立っても悔いはありません』
彼は途中で何度も息継ぎをしながらそう語った。それは本当に心の底からの響きのように、俺には聞こえた。
『引き受けるか引き受けないかを決める前に、質問をさせてください。貴方は大金持ちというほどではないにしても、個人で使える資力を十分にお持ちだ。たかがAV女優一人を探り出すなら、わざわざ探偵の私なんかの力を借りなくても、他に方法は幾らでもあったでしょう』
俺は卓子の上のパッケージを手に取り、そこに記された制作会社と社長の名前、それにURLを見ながら言った。
『勿論、最初は自分で何とかしようとしました。しかし教えてくれないんです』
最初、彼は秘書氏に頼み、制作会社に電話して貰ったが、向こうは、
”プライバシーがあるから”ということで、何も話してはくれなかった。
ネットサーフィンをし、検索もしてみた。
しかし分かったのは『本条千草』が芸名である事、スリーサイズ。そして東京生まれである事、この三つがやっとだった。
『お願いします。お金は幾らかかっても構いません。私の最後の頼みです。引き受けては頂けませんか?』
俺は黙ってシナモンスティックを咥え、端を噛み、しばらく考え込んだ。
やがて口からそれを外し、
『分かりました。引き受けましょう。料金は通常通り、一日六万円の探偵料に必要経費、もし拳銃が必要だと思われるような場合には、危険手当として四万円の割増しをつけます。後はこの契約書をお読みになってください。サインを頂けたら仕事にかかります』
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