ACT.6

 夕方になっていた。時計を見ると、もう午後六時に差し掛かっていた。


 俺が電話をしておいたせいか、例の中年の秘書氏が、ビルの入り口で出迎えてくれ、


『社長がお待ちかねでございます』と、簡潔な言葉で答え、俺達二人に深々と頭を下げた。


 無駄な口を聞かない男だ。


 先に立ってエレベーターに案内し、俺達を先に載せ、パネルのスイッチを押すと、そのまま最上階の社長室迄一気に上がった。


 秘書氏がドアをノックすると、中から弱弱しいがはっきりした声で、

『どうぞ』と聞こえた


 先ず俺が一人で中に入る。


 安西社長はベッドの端に腰かけていたが、今日はガウンにパジャマではなく、グレーのタートルネックにチェックのジャケット姿で、顔色も最初に会った時に比べると、幾分明るく、健康的なように見えた。


 座っていたのもベッドではなく、ソファだった。


 大型の薄型テレビは点けっ放しで、映っていたのは、やはり


”本条千草”のAVだった。


『最新作なんですよ・・・・』彼はそういい、画面に食い入った。


 千草の役は人妻。ストーリーもので、貞淑な社長夫人である彼女が、不仲になってしまった夫の部下(童貞)を、最初は誘惑するものの、真剣に愛され・・・・という、この手の作品にしては雰囲気のある、いい作品だった。

 


『彼女、連れてきましたよ』


 画面に釘付けになっていた社長は、俺の言葉に、はっと顔を上げる。


『そうですか・・・・で、どこに?』


『外で待っています』


『有難う。直ぐに呼んでください』


 俺はドアの向こうに向かって声を掛けた。


 ゆっくりとドアが開き、彼女が入ってくる。


 すると社長は、思わずソファから立ち上がり、

『おっ』と声を上げた。


 銀色の着物に、髪をアップに結った・・・・そう、それは正に新作のビデオに登場する社長夫人そのものだった。


『初めまして』


 本条千草は淑やかに頭を下げた。


『私の事を長い間思って下さって、本当に有難うございます。』


『ああ、いえ・・・・その・・・・』


 安西社長は声を震わせ、そしてまなじりをうっすら涙で濡らした。


 千草が社長に歩み寄り、ためらうことなく抱きしめ、頬に口づけをした。


『じゃ、私はこれで、請求書は秘書さんに渡しておきますんで』


 俺は社長室の中央で抱き合ったままの二人を残し、そっと部屋を出た。



 三日後、俺はATMで預金口座を確認すると、安西社長の名義で、予定されていたより高額のギャラが振り込まれており、直ぐに秘書氏から電話があった。


”社長の容態が急変しまして、昨日入院されたところです”

彼は事務的な口調でそう告げ、社長の伝言として、

『乾氏に有難うと伝えて欲しい』と付け加えた。


 本条千草は?


 彼女は今でも従前の通り、ビデオに出演し続けている。


 俺は高額のギャラのお陰で、やっと今月も部屋代が払え、こうしてまた暢気に酒を呑んでいる。

 

 それだけのことさ。


 じゃ、また。


                             終り


*)この物語はフィクションであり、登場人物その他は全て作者の想像の産物であります。


 


 



 


 

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ディスクの中の『あの人』 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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