盲目のはるかぜ

羽鷺 彼方

第1話 

廃墟と化した病院に一陣の風が通り抜ける。

庭から聞こえる木々のざわめきとスズメの鳴き声に少しばかり心が踊る。

季節的には春風というものなのだろうか?

車椅子に座りながら目を覆う包帯を弄りながら見えもしない風景に想いを馳せる。

看護士さんの話では、体を包む暖かい風が花や日向の匂いの混ざった

春の香りという心地よさをを連れて来てくれると聞かしてもらった事がある。

しかしあの風が過ぎ去った後に吸い込んだ空気はカビと埃が混じった、

いつもの病院の同じ匂いに嗚咽まじりの咳を何度も繰り返させる。

春の香りはあの風が連れて行ってしまったのだろうか?

もしそうならとてもケチんぼだ、私は目が見えないのだから少しは優遇してもバチは当たらないだろうに。

咳き込み続ける僕の体、濁点のついた呼吸音と喉の痛みに耐えきれず車椅子についたナースコールに手を伸ばす。

看護士さんもお医者さまも他の患者さんもどこか遠くに行ってしまった。それでもこのナースコールは僕と彼女を引き合わしてくれる。

病院の何処かから響き渡る駆け抜ける靴音が次第に大きくなり、勢いよく開かられたドアから一人の女性が息を弾ませ入ってくる。

彼女はの丸まった背中をさすって優しく語りかける。

「大丈夫だよ落ち着くまでずっとそばにいるから、ゆっくりと吸って〜、吐いて〜、」

僕の隣で優しく語りかける彼女の息づかいに合わせてゆっくりと深呼吸を繰り返す。

整えていくうちに喉を潰すような痛みは少しずつやわらいでいった、

「落ち着いた?」

僕が頷いて返事をすると彼女は嬉しそうな声で手を握る。

「そう、ならよかった・・・それじゃあ、しばらくしたら一緒にご飯食べよっか」

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盲目のはるかぜ 羽鷺 彼方 @usagikanata

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