第116話 やろう! ミサイルをぶち込んでやるぜ!

 ガチャン! バン!


「畜生!! 今夜はパーっと酒盛りをする予定が、ぶち壊しだぜ、あのクソアマ!!」


 手当もおざなりに、倉庫の裏口から1人の男が飛び出した。

 倉庫と倉庫との間にある細い路地から港へと顔を出し、手にしたボウガンを怪我の痛みに慣れぬ手付きで構える。目標は、あの赤いワンピースの女だ。


 おかしなトリックで、気付いたら自分を刺していた。痛ぇ! 痛ぇ! クソ痛ぇ!! みんなあいつの性だ!


「やろう! ミサイルをぶち込んでやるぜ!」


 男はコンドルの如き鋭い眼光で女を睨み付けた。

 荷馬車を手前に、男といちゃついてるあのクソアマだ!


「へへ……やってやる……やってやるぜ……」


 息を整え、震える手でボウガンの照準を合わせる。

 普段なら飛ぶ鳥すら落とすバードショット。陸の上の獲物なんて楽勝だってばよ!


 ズン……


 妙な衝撃が、背中に。ぬっと突き出した赤い切っ先が、何故か自分の胸からお天道様に向け真っ直ぐに生えていた。


「いや……それには及ばぬ。まだ、早いで御座候」


 背後から掠れた男の声が。いつの間に? 呆然と、まるで冗談みたいに生えたそれから、声の主を見ようと振り向こうとした瞬間、更にずぶりと切っ先が突き出し、口と鼻から熱く迸るものが噴出した。


「ぐ……ぶ……」


「ほ~れほれ……」


 背中から灼熱の火掻き棒でも突っ込まれたかに、ぐいっと押された。思わず手からクロスボウが落ち、力の入らぬ脚がカクカク数歩前へ。

 目の前には広大なる海が、どこまでも青く輝いて見えた。

 ガシュンと、落下のショックか矢があらぬ方へと打ち出され、カラカラと乾いた音が響くが、それどころでは無い。


 押されるのだ!


「お~、えらいえらい。まだ自分で歩けるとは……ほれ、ほれ……くくく……」


 否応なし、ずいずいと身を貫かれた苦痛に前へと押し出される。

 港を行き交う人が何人も居る。だのに、誰も自分を見ようとしない。こんなに血が溢れ出ているのに!?


 何故!? どうして!? 誰も助けてくれねぇっ!!?


 見えている筈なのに!! どうしてぇ~っ!!?


 耳元で囁く愉快そうな響き。だが、目の前に迫る海! 海! 海!!?


 嗚呼、それどころじゃ無ぇ~っ!!! ぐぎゃああああああああああああっ!!!?



「くくく……あの女将は、まだ面白ぇ~……それに滅法良い女だ……お前ぇとは役者が違うって事で御座るよ」


 ドンと足蹴に同田貫を、ずるり男の身体から引き抜くと、男は悲鳴も上げれずに血反吐を吐いて海中に没した。


「同じ穴でも、手前ぇの腹ぁ~かっさばいた風穴にゃ、用は無ぇって事で御座るよ。くくく……」


 血糊をサッと払う、流れる様な所作。ゲンバは刀身を懐紙で拭い、パチリと鞘に納めた。実に涼し気に。

 今日は久々の湯で気分が良い。

 腰にずしりと愛刀の重み。ぽりぽりと襟元を掻き、さてどうしたものかと思案に暮れる。


「酒が出んのは、けしからんなあ~くく……」


 口元をいやらしく歪め想像する。店の裏手で捌かれていた、兎や鹿を軽くあぶり、脂がじゅうじゅう言っている所へ、塩や赤い唐辛子粉を軽くまぶした物を肴に、風呂に浸かりながらキュッと熱い酒を戴く。そして酌は女将の白い腕。これはたまらん!


「やれやれ、全くもってけしからん! けしからんで御座るなあ~! くくく……」


 目を瞑って一思案。

 無理を言って、女の機嫌を損ねても面白く無い。


「ふむ……その辺を攻めれば、あるいわ……」


 思案がまとまり、増々不敵な笑みを浮かべたゲンバは、ふと妙な視線を感じた。

 その方を振り向くと、倉庫の角に佇むローブの男と目が合った様な気が。そう言えば先程、女将と良い雰囲気を出していた様な。


「誰だ?」


 ゲンバがそんな疑念に眉を顰めると、男はすうっと建物の向こうへと消えた。


 途端に、倉庫の扉が激しく開け放たれ、シマムーン一家と思しき男達が、あちこち血を滲ませた格好で転がり出ては、罵声を撒き散らす。何かあったと、自ら宣伝して回るかの様に。


「やれやれで御座るな」


 絡まれても面倒だと、ゲンバはくるり踵を返し、取り合えず古巣の冒険者ギルドへと足を向ける事にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラミア17 ~初めての人間牧場生活~ 猿蟹月仙 @sarukani_gassen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ