第二十二話

 クラス委員と副委員が決まったところで席替えも行い、無事その日のHRは終了した。

 30人が荷物を持って各々の席へ移動する喧噪の中から密やかな声がする。


『進藤さんって成島君狙い?』

『びっくりしたよね、おとなしそうなのに』

『案外先生受け狙いだったりして。内申とか?』

『いいじゃん、面倒な役目引き受けてくれたんだし』


 桜は、多少は予想していたとはいえ、さっそく聞こえてきた声にびくっとする。

 それでも。

 桜は桜なりに考えがあってやったことだ。今更引き返せない。

 幸い新しい席は窓際だ。少しは息がつけるかもしれない。


「さーくら!」

 ぽん、と肩を叩いてくれる手があった。1年から同じクラスの相原ゆきだ。

「びっくりしたよ、いきなり立候補するから」

 理由はわかってるけどね、と小声で囁いてウィンクする。

 桜はやっと息が楽に出来るようになった気がした。

「ゆきちゃん、ありがとう。ちょっと咄嗟に…。やっぱり出しゃばりだったかな」

「いやいや、そんなことないよ。旦那を守る内助の功、えらいなー」

「ちょっ…、そんなんじゃ…」

「まあいいじゃない。よく知らない人たちには言わせておけばいいよ。桜が変な策を弄せるキャラじゃないってことはすぐばれるから」

「それ褒めてる?ディスってる?」

「両方?」


 二人でアハハと笑い合っていたら、成島が近づいてきた。

「進藤さん。改めて成島です。1年間よろしくね」

 爽やかに挨拶し、大きな手を差し出して握手を求めてきた。

 急なタイミングなのと、握手なんてしばらくしていなかったせいで驚いて反射で返してしまったが、意外と強い力でぐっと握られてまた驚いた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。クラス委員とかやったことないから足引っ張るかもしれないけど…」

「僕も実は初めてなんだ。一緒に頑張ろうね」

 もう一度にっこり笑うと、まずは放課後に日誌を書こうと言い出したので、桜は了承し、それぞれ自席へ戻っていった。


◇◆◇


 放課後。

 成島が担任に日誌をもらってくると言って教室を出た後、仁と桜二人になった。


 仁はいつになく真面目な顔をして、桜のほうへ歩いてくる。桜はちょっと緊張した。

(やっぱり、仁にとってはお節介だったかな…)

 不安を顔に浮かべる桜に気づいて、仁はちょっと笑って、桜の頭をポン、と撫でた。


「ありがとな」


 その一言で、桜は全部分かった。

 桜がどうして成島の提案を遮って副委員を引き受けたのか、そのあと新しいクラスメイト達の中で多少居心地の悪い思いをしていたか、それでも後悔するまいと踏ん張っていたこと。

 その全てを仁が分かってくれて、そして感謝してくれたことを。


 急に、せきを切ったように桜の目から涙が噴き出した。

「ふぇぇ…」

 自分の頭に置かれたままの仁の手を握って、子供のように泣き出した桜を、仁は空いてるほうの手で涙をぬぐった。

「お前最近泣いてばっかだな」

 クスクス笑いながら揶揄からかう仁の声が、普段の何倍も優しいので、桜の涙は中々止まらなかった。


 廊下で、そんな二人の様子をじっと見つめる影が二つあることに、仁も桜も気づくことはなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言葉足らずな似たもの同士 兎舞 @frauwest

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ