第8話 旅立つ君、いつか旅立つ僕


 ユキが死んだ。その事実を未だ信じられないままこの場所に参列している。小学校近くの公民館には、所狭しと同級生や保護者達が集まっていた。しんと静まり返った空間、聞こえるのはすすり泣く声と、前方に飾られた祭壇に皆が進む乾いた足音だけだった。

「ユキちゃん、ユキちゃん、ユキちゃぁぁん!」

 同じクラスの女子生徒が悲痛な声で何度もユキの名前を呼ぶ。祭壇にはお菓子やジュースに果物など色々なお供え物が並べられ、中央には花で囲まれたユキの写真があり、悲しいほどに穏やかな笑顔を見せている。その前には棺桶が置かれていて、無機質な白さが冷たい空間の温度をさらに下げているようだった。

――そこにいるのか、ユキ

 僕はさっきから公民館の入口付近で立ち尽くしていた。次から次に人が出入りするのを横目に、ただ立ったままユキの遺影と棺桶を遠くから見渡している。涙一つ流さず入口に立つ僕はとても邪魔でとても異様な存在だっただろう。

さっきユキの名前を呼んでいた女子生徒が泣きながら友達に支えられつつ僕の横を通り過ぎて公民館を出ていった。彼女の悲しみや涙は本物の気持ちから溢れたものなんだろう。しかし、彼女が確かにユキの死を受け入れられたのだ。ユキの死に顔に最後の別れを告げ、重い足取りを引きずりながらもまた日常に戻っていく、ユキのいない日常を。僕はユキのいない日常も、ユキの死そのものも受け入れられなくて立ち尽くしているのだ。遺影を見ていられなくなって、視線を逸らした。その先には、ユキの母親が座っていた。

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 来てくれた人に礼を述べるユキの母親は、明らかにやつれた様子だった。それは当然だ、一人娘が亡くなってしまったのだ。ユキと母親は事情があって二人だけでこの地域にひっそりと越してきた。だからこそ二人は助け合って暮らしていたのだが、そんな娘がいなくなってしまうというのはどれほどの痛みなのだろうか。およそその表情から窺い知ることはできない。

 そんな母親の姿もずっと見ていられず、結局ユキが優しく笑っている遺影に視線を戻した。遺影に寄り添うようにフルートが立てかけられている。フルートは全体的に汚れていて、所々土がついている。

――あの時、もしユキの電話を聞いていれば何かが変わっていたのだろうか

 ずっと頭から離れない後悔がグルグル体をめぐる。ユキがいなくなった原因は自分にあるのではないか、もしそうだとしたら自分が・・・ユキを殺した?

「おい、シュンペー」

「・・・」

「シュンペー!」

 自分の世界に陥っていた僕は、強く肩を掴まれる感覚で現実に引き戻された。うつろな表情で力の方向を見ると、目をきつくしたシロが立っていた。その後ろにはマイがボロボロと大粒の涙を流しながら顔を、目を真っ赤にしてこちらを見ている。

「しっかりするべよシュンペー!シュンペーまで、どっか行っちまいそうだべや!」

「・・・ユキに会えるだげそれもいいべな、ハハ」

 僕としては、二人に心配をかけまいと精一杯冗談を言ってみたつもりだった。ただ、どう考えてもその言葉は冗談には聞こえなかった。シロがひどく悲しい表情を浮かべ、そしてさっきよりもさらにきつい目になった。僕自身も一言一言発するごとに胸の中がえぐり取られるような気持ちになった。言わなきゃよかった。

「おめぇ!ユキの気持ちさ考えろ!目ぇ覚ましてやるど!」

 この言葉だけで、シロがどれほどいい奴か分かるってものだ。振り上げた右手の手のひらは僕を気つける意味で頬にでも振り下ろされるのだろう。それも悪くない気がした。万が一、そう万が一だけど、今いるこの空間が嫌に長く続く悪夢である可能性があるから、ユキのいる時空にまた戻れるのなら目覚ましがてらぶたれるのもいい。脱力して目を閉じた。

「やめてよぉーー!」

 刹那、前が暗くなり、目を開けると顔をぐしゃぐしゃにしたマイの顔が目の前にあった。バシンッと鈍い音が目の前でした。飛び込んできたマイの横顔にシロの手のひらがクリーンヒットしたようだ。

「い、いたぁ・・・」

「ああああ、マイ、マイ」

すべてが一瞬の出来事で、シロも途中で手を止められなかったのだろう。それか僕に忍びなくて目をつぶっていたのかもしれない、いやそれは自分に都合よく考えすぎかな。

 マイは運悪く横顔から耳にかけてぶたれてしまったらしい。耳を押さえてうずくまってしまった。

「耳大丈夫だべ?聞こえなくなってないべや?」

「ううう・・大丈夫・・・これは、罰なの」

 完全にうろたえてしまったシロをなだめるように呟いて、よろよろ立ち上がったマイ。シロがぶつつもりだったのは僕。正義感のあるマイはそんな僕をかばうためにぶたれて痛む耳を押さえている。悪いのは僕。やっぱりこの状況、お葬式を引き起こしたのは、ユキを殺したのは僕なのではないか。ああ、これも夢のワンシーンなんだ。僕がいなくなればこの夢は終わるに違いない。

 やり切れない感情が僕を埋め尽くした。

「ごめんなさい、みんな。ごめんなさい、ごめんなさい」

 三人とも泣いていた。込み上げるそれぞれの想いは、熱い涙となって体の外に放出されていく。それでもいつまでもいつまでも胸の苦しみが消えることはなかった。いつも四人でなんでも乗り越えてきたからだろうか。今日は少し、一人ぶんの背負う悲しみが、重いよ。


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