第3話 紡ぐ言葉は神の使い
気持ちいい風が吹いている。さっきかいた汗がすっかり乾いてしまったみたいだ。僕たち四人は小川の土手の上を並んで歩いていた。ジャクソンから救ってくれたマイに対して、シロが大げさに感謝をしている。同時に、ジャクソンの媚びた口調をモノマネするのだった。
「なーにが、『今日は多摩境湖に霧が出てるらしいから、行かないようにね!』だべ!」
憎たらしいジャクソンも、シロのモノマネなら僕も笑えてしまう。
「俺とシュンペーには『特別授業をしてやってもええんぞ、今からでもなぁ!』つってきたねえ言葉ぶっつけたべよ」
それをマイとユキは面白そうにクスクス笑うのだった。
「もうやめて、シロったら。アハハハ」
マイが笑いながら軽くシロの肩に手を置く。気を良くしたシロの声はさらに大きくなるのだった。もう一回、「行かないようにね!」と誇張して真似た。
「いやもうほんと、九死に一生、救いの女神様に見えたべよ!」
そんな2人のやり取りにうまく入っていけず、タイミングを見計らっていた僕は軽く足元の小石を蹴ってその行く先をぼんやり見ていた。思えば今日の放課後は、魔女屋敷から逃げ帰ったかと思えばジャクソンに捕まるわで散々だ。そのまま視線を川の方に向けた僕は川の中に影を見つけた。
「あ、多摩境サギや」
僕の声に反応して他の三人が川の方を見た。
「おおー!珍しいな、昼間のこん時間に多摩境サギとは」
「そうね、私見るの久しぶりよ」
川の中ですっくと一本足で堂々と立っているその多摩境サギとは、僕らの地域にしか生息しないサギなんだけど、基本的に夜行性で、しかも多摩境湖周辺にしか専ら姿を見せない生物なのだ。ちなみに多摩境湖っていうのは、この集落からやや離れた山の中にある、地域の人間しか知らないような場所にある湖のことだ。水位が毎日少しずつ変化しているらしく、なぜ水位が上がったり下がったりするのか、そもそもなんでそんな場所に湖があるのかすら解明されていないらしい。
「怖い、なんだかこっちを見ているみたい・・・」
隣にいたユキが一歩後ずさりした。確かに、目の前の多摩境サギはエサを探すでもなく、飛び立つそぶりも見せずにじっと首をこちらに向けている。
「ねえ俊平君、私たちを見てるよね」
しきりにユキが怖がるものだから僕まで落ち着かなくなってきて、もう多摩境サギから目が離せなくなってしまった。お互いにじっと見つめる時間が流れた。
「なんだ気味悪いべさ、石っこなげてやんべ」
たまりかねたシロがしゃがんで、さっき僕が蹴った小石を拾った。
「だめよシロ!」
小石を持って投げるべく振りかぶったシロを制するマイ。
「多摩境サギは神様の使いだっておばあちゃんが言ってたわ。だからそんなことしたらきっと罰が当たっちゃう」
シロはその言葉を聞いて目を白黒させ、振りかぶっていた手を下した。その直後、多摩境サギが急に羽を大きく広げ羽ばたき始めた。「うおっ」とシロは漏らし、マイとユキは身を固くした。僕はなぜか逆に冷静な気持ちでその光景を見つめていた。なんだかふと懐かしい気持ちがした。そのまま多摩境サギは川の上流の方へと飛び去って行った。
「行っちゃった」
ポツンとマイが呟き、僕たちはまた現実の世界に戻ったかのような感覚になった。
「す、すげー!見たべ、あのでがさ!かっこええー!」
一気に興奮した様子になるシロ。手で羽の羽ばたきの真似をしながら、「バサバサー!」とか言いながら駆け出していく。土手の下りを利用して加速しているのが飛んでいる表現なんだろう。
「もう、そんな走ったら滑って転ぶよー!」
マイがそう言いつつも、笑いながら手を広げる真似をして追いかけていく。
「大きかったね、多摩境サギ」
ホッとしたような声を出すユキ。そんなユキには動揺を悟られたくなくて、「別になんてことねえべ」と返事をした。
「ユキは怖がりだべ、ほんなんじゃ来年中学上がれねど」
「そうだね、ふふふ。でも中学に行けないのは困っちゃうよ」
前方ではまだ2人が鳥の真似をしながら追いかけっこをしている。その姿を見てユキはさらに表情を緩やかにするのだった。
「中学でも同じクラスになれたらいいのにね」
「四人ずうっと一緒のクラスは無理だべ、どもおんなじ中学さ通うんだべ、変わらんさ」
僕たち四人は、小学校6年間、厳密には五年半の間ずっと同じクラスだった。小学一年の二学期からマイが転校してきて、そこからは四人で行動することも多く、今日のように一緒に帰ったりたまにお出かけしたりと腐れ縁のように続いている。
「無理かな・・・」
ふとユキがうつむいた。一呼吸置いて僕の方を見上げる。
「・・・俊平君、ちょっといいかな」
そう言ってまたうつむく。その間がじれったくて、つい早足で歩きだす僕。
「なんだべ、歩きながら話すど」
「ああっ、待って」
追いかけて僕の左隣に並ぶユキ。今思えば、この時ユキの話をちゃんと聞いておけばよかった。今となってはもう遅いのだけれど。もし僕が生まれ変わったなら、君の話を優しく聞いてあげるのに。目も合わせずに、歩幅も合わせずに君を困らせたりしないのに。
「俊平君、あのね」
ユキが言葉を続けた。
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