第6話 穏やかに動き出す運命

「あんなに驚くとは思わなかったなー」

 僕の隣で明るく笑うマイ。足をばたつかせながら話す。その足先、青いスニーカーを目で追いかけながら反論しているところだ。

「あん状況で驚かねぇ方が無理だべや、まったく」

 僕の抗議なんか気にも留めない様子で「うんうん」と頷き、また笑うマイ。もしあんなに動転した姿をシロに見られていたら、しばらくはからかわれる羽目になっただろう。それにユキに見られてしまったら・・・いやユキは関係ない、うん。

 それにしてもその二人はまだ来ないのだろうか。シロは寝坊の常習犯だからいつものことかもしれないけど、ユキが約束の時間を守らないのは珍しい。もう10時15分を過ぎているし、何かあったのか。少しソワソワしながら時計をチラチラ確認する僕の様子を見ていたマイが自分の足元に視線を落とした。

「来ないよ」

 ポツリとつぶやく。虚を突かれたその言葉をゆっくり飲み込み、反芻する。理解が追い付き、マイを見る。

「シロとユキは今日来ないよ。昨日の夜、私が電話したのはシュンちゃんだけ」

 視線を落としたまま、こちらを向かずに言葉を続ける。気温と裏腹に体温がじわじわ上昇しているような感覚がした。

「それならそうと、最初から言ってくれたらえかったのに」

「正直に言ったら、シュンちゃんきっと一人で来てくれなかったよ」

 お見通しだった。実際昨晩の電話でも、シロとユキには私から電話しておくからというマイの言葉がなければあの後僕の方から二人に電話をかけていただろう。やはりマイは一枚も二枚も上手なのだ。マイが体を僕の方に向ける。首を動かすと同時に揺れるポニーテールが隠れた。

「私の作戦勝ち~!だから観念してね、シュンちゃん」

 あまりにあっけらかんと言いのけるものだから、僕もなぜだかおかしくなって笑ってしまった。2人で肩を震わせながらケラケラ笑い声をあげていると、何もかもがすべてうまくいくような気がした。

 その後はずっと取り留めのないことをおしゃべりした。マイのハマっている歌手のこと、僕とシロの下らない日常のやり取りのこと、そして話は自然と来年の中学進学のことになった。

「中学行ったらマイは部活入るべか」

「うん・・・まあね。シュンちゃんはどうするの?」

 ちょっと考えてから「運動できるんなら何でも」と答えた。中学のこと自体何にも想像がつかないのに、部活のことなんてまったく考えられないが芸術的なセンスは皆無なのでまず運動部に入るだろう。そう考えるとマイは運動もできるし、勉強もできるし選び放題のはずだ。

「マイはセンスもええし、吹奏楽とかどうだべか」

 優雅に楽器を演奏する姿がたやすく想像できた。もしかしたら指揮者として活躍するのかもしれない。しかし僕の提案に首を振るマイ。

「吹奏楽部ならユキの方がぴったりだよ。ユキはフルートも吹けるしね」

「・・・そういえばそったら特技あったべな」

 ふと遠い昔の記憶が蘇ってくる。木造校舎の一つの教室でフルートを吹くユキ、そしてその姿を見ている僕。あれ、これはいつのことだろう。ユキがフルートを吹くこと自体忘れていたが、確かな記憶として体に刻まれている。考え込んだ僕の横でマイも会話に一呼吸置いたので、少し間が空いた。

「シュンちゃんはさ・・・どう思ってるの」

 考え事の世界から揺り戻され、ぼんやりした頭のままマイの顔を見ると、さっきまでとは打って変わって凛とした真っ直ぐな表情になっていた。その質問の意図がつかめず答えられないでいると、マイがズイと僕に近づいてきた。

「ええっと、つまりその・・・何のことだべ」

 ベンチに置いた2人の手が触れあいそうになるギリギリの距離にある。

「答えて欲しいの、今日は」

 だから何のことなんだと思いつつも、必死に答えを探そうと回転する頭。空を見上げてウンウン唸っても仕方のないことだった。その時、頬にポツンと小さな感触があった

「あ」

「あ?」

気がつくと周囲は湿った空気に包まれていた。

「雨だべ」


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