#3 シャル、ライノとコレットと

 ようやく見つけた宝石商、ライノにコレットの祖父の物である魔宝石──アイズ・メモリアのことをあらかた聞いた後、シャルとコレットはライノと夕食を共にすることになった。一風変わったライノと魔宝石への興味から、彼ともう少し話したいとコレットが言い出した為だ。

 ライノが追加で注文した大量の料理が運ばれてくるのを横目に見ながら、シャルは今一度確認する。


「コレット、本当にまだ帰らなくて平気?」

「うんっ、さっき『マジフォン』でおかあさんに連絡したから。友達のお家で遊んでて、遅くなっちゃったからお夕飯も頂いて帰るって」


 マジフォンとは魔術道具の一つだ。遠方の端末と通信が出来るよう魔術がかけられており、その効果は二年ほど続く。効果が切れれば魔術の更新が必要になるが、遠くの者と一瞬で会話出来る為、最も人々の生活に根付いている魔術の一つとも言えるだろう。ちなみに、魔法の宿った魔具と魔術道具はまったく違うものだ。


「そっか、なら良かった。帰りはお家まで送っていくからね」

「うん、ありがとうシャルさん!」


 コレットはにっこりと笑顔で頷く。


(にしても、コレットってやっぱりお金持ちの家の子だろうなあ…この歳でマジフォン持ってるとか、会った時に思ったけど身なりもいいし…)


 コレットを送り届けた時に下手なことは言わないようにしよう、とそっと誓うシャルであった。


「コレット、これも食べろ、美味かったぞ」

「うんっ、…ほんとだ美味しい!おかあさんのご飯と全然違うなぁ」

「ここはまあ大人向けのレストランじゃからのう、おまえの為にかあさんが作る料理とはまったく違うじゃろう」


 こっそりと誓いを立てるシャルをよそに、コレットとライノはすっかり仲が良さそうに話していた。


「ほれ、シャルは食べんのか」

「あ、うん、食べる食べる」

「にしても、おまえさんがあのウィザームーンサーカスのピエロだとはのう。ピエロっちゅーんはもっとこう、陽気なヤツがなるんじゃなか?」


 くるくるとよく動くフォークがシャルに向く。「お行儀悪いよ」と咎めるコレットの声には肩を竦めつつ、ライノの白銀の目はシャルを見定めるような色をしていた。


「…うるさいな。仕事モードになればちゃんとピエロになれるんだよ。だから一年も雇って貰えてるし」

「ああ、噂に聞くオーディションかの?定期的に開催されて腕が落ちたヤツは追い出されるとかなんとか」

「…詳しいな」


 ライノが口にした通り、ウィザームーンでは三ヶ月に一度ほどの頻度でオーディションが行われる。団員は腕が落ちていないか、また入団希望の者の腕は如何ほどか。かなり大量の入れ替わりが行われることもある。しかしその緊張感が、かのウィザームーンの名を輝かしいものにしているのだろう。


「旅をしておる者にとってあのサーカスは憧れみたいなもんじゃからの。良い噂も悪い噂もよう聞くわい」

「悪い噂?楽しいサーカスじゃないの?」


 既にデザートのアップルタルトに手をつけているコレットが首を傾げる。シャルとしても、外から見るサーカスの噂は好奇心をくすぐられるものがあった。

 ライノがにたりと唇を笑ませる。その不吉な笑い方に、コレットがわずかに息を呑んだ。


「オーディションに落ちた者をライオンのエサにしておるとか、裏では魔法と魔術の人体実験をしておるとか、サーカスは表の顔で実は実験材料を集める為に公演を行なっておるとか…」

「ないないない!なんだよ、ただの眉唾じゃないか」

「なんじゃ、違うのか?」


 ライノはけらけらと笑う。本人も眉唾ものだと分かっているのだろう。


「ライオンのエサ…じんたいじっけん…じっけんざいりょう…」

「わー!コレット信じないで!全部嘘だから!」

「ほんとう?シャルさん、食べられちゃったりしない?」


 コレットが今にも泣きそうな顔でシャルを見上げる。安心させてやろうと出来るだけ優しい笑みを浮かべシャルは言う。


「うん、そんなの俺も見たことないから。みんな仲良しだしね」

「そっかぁ…よかった」


 なんとか誤解は解けたようだ。シャルはほっと胸を撫で下ろす。ライノはますます愉快そうに笑うばかりだ。


「…ライノはどうして旅の宝石商なんてやってるのさ。君はまだ子供じゃないか」


 少しでも気まずい思いでもすればいいと投げた問い掛けを、しかしライノは軽々と超えてしまう。


「最近じゃ魔術の得意なもんが旅に出るのも普通じゃろうて。それにオレは子供じゃなか」

「えっライノ魔術も使えるの?ていうか君いくつ?」

「使えんが?あと多分十三歳じゃ」

「えぇ…」


 からからとまた少年が笑う。白髪に白銀の瞳の所為か黙っていれば神秘的な美少年だが、くるくると良く変わる表情や喋り口調のおかげできちんと年相応の少年に見える。


「オレは魔宝石と宝石の鑑定しか出来ん。魔術なんてさっぱりじゃー」

「魔法のことが分かっても、魔術は分からないんだね」

「そうじゃぞコレット、どっちも奥がふか〜いからのう、どっちもに精通しておるヤツなんてほんの一握りじゃ」

「ふぅん…」


 コレットがフォークを持ったまま首を傾げる。

 ライノの言っていることは正しい。どちらも研究する人間はごまんといるが、魔法は力の源すら分かっておらず、魔術は誕生して間もないといえどその種類は多岐に渡る。どちらにも見聞が深い人間など、世界でもほんの数人だろう。

 シャルはそう頭で考えつつ、もう一つ、先ほどの言葉で気になったことを訊いた。


「ライノ、多分十三歳ってどういうことだよ」

「うん?そのままの意味じゃ。オレは拾い子での、正確な年齢は分からぬのじゃ。拾われた時は恐らく一歳前後じゃが栄養失調が酷く正確には分からぬ、と医者に言われたそうな」

「拾い子…」

「ま、オレのことはどうでも良い。オレはシャルが何ゆえピエロなんぞやっておるかが気になるがな?」


 きろり、ライノの大きな瞳がまたシャルを射抜く。透き通ったレンズのような目が己に向くと、シャルはどこか落ち着かない気分になった。

 言葉と瞳から逃げるようにシャルは近くのチョコケーキの皿を手繰り寄せる。


「そんなの、俺のことこそどうでもいいよ。大して面白い話でもないし」

「面白いか面白くないかは観客が決めることよ。それに大して面白い話でもないなら、話してくれても良かろうに」

「うん、私もシャルさんがどうしてピエロしているのか気になるなぁ」


 アップルタルトを食べ終えナプキンで上品に口元を拭ったコレットが言う。にっこりと微笑まれて、それでもシャルは首を縦に振らなかった。


「はいはい、その話はまた今度ね。コレット、食べ終えたなら送っていくよ。そろそろ時間も限界だろう」

「わっ、本当だ、もう八時」

「なんじゃ、もう行くのかー」


 ライノがつまらなさそうに唇を尖らせる。


「そろそろおかあさんが心配しちゃうから…ライノさん、またね」

「ライノはまだ暫くこの宿にいるの?」

「うむ、もう一週間ほどは確実にな」


 じゃあまた遊びに来るね、と椅子から降りてスカートを整えるコレットに、ライノは存外嬉しそうに頷く。それを見て、シャルは十三歳の一人旅なんて寂しいだろうな、とぼんやりと思った。

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マジックジュエル・ワンダーパラダイス 葵依 @Aol_llo5

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