#2 旅人は魔法使い
現在ウィザームーン、そしてシャルが滞在しているこの街は首都にも近く、人口もかなり多い。そんな街の中心にある商店街は、この街に住む人たちや観光客でごった返していた。
「コレット、俺の手を離しちゃダメだよ」
「う、うん」
きゅ、とシャルの右手と繋がれた小さく温かな手に力がこもる。家族と一緒の時しかこの辺りには来ないと先程言っていたので、多少の緊張があるのだろう。
万が一はぐれてしまっても大事なので余り人混みに入っていきたくはないが、シャルが当たりをつけた場所はこの近辺にある為、致し方ない。
コレットの歩調に合わせて目的地へ向かう道すがら、コレットはシャルに問う。
「この先に、宝石商さんの手がかりがあるかもしれないんだよね、シャルさん」
「うん。この街は大きいし観光客や旅人が多いから、そういう人たちに宿の案内をしたり観光地の案内をしたりする施設があるんだ。宝石商さんが旅人なら、そこに行っている可能性もあるかなって」
「ふうん…やっぱりすごいなぁ。私だけじゃそんなの知らなかったし、思いつかなかったな」
コレットを見ると、わずかに拗ねたような顔をしていた。出会った時の泣き顔のイメージが強かったが、こうしてみるとやはり年相応に天真爛漫な性格なようだ。
シャルは微笑ましく思いながら小さく笑って見せる。
「仕方ないよ、この街に住んでて、しかもコレットはまだ小さいから知らないのも当然だ」
「うーん…そうかもしれないけど」
「ほら、あそこだよ。旅人案内所」
指が差された方にコレットの視線がいく。商店街から一本離れた通りにその案内所はあった。年季の入った建物だったが、人の往来はかなり多いようだ。
「宝石商さん、見つかるといいな」
ぽつりと呟かれた言葉は少し寂しそうで、シャルは握った手に軽く力をこめた。
****
案内所の中は商店街ほどではなくとも人でごった返しており、整理券を持たされ待ち時間があった。
コレットの日常の話やおじいちゃんの話を聞いたり、シャルのサーカスでの日常の話をしたり、少し長い待ち時間も二人にとっては苦ではなかった。
「36番の方、こちらどうぞー」
「あ、呼ばれたよシャルさん」
「うん、行こうか」
「ようこそ、観光でおいでですか?」
案内された窓口ではくっきりした笑顔の女性が待ち受けていた。
二人はほんの少しの緊張を抱えたまま椅子に座る。そしてそれと同時、シャルが切り出した。
「あの、この街に魔宝石を扱う宝石商の旅人が来ていませんか?」
勢い込んだ口調に、窓口の女性がきょとんと瞳を丸くする。しかしそれも一瞬で、柔らかな笑顔にすぐさま戻る。
「ああ、ライノさんのことですかね?」
「ライノ…。すみません、僕ら、名前までは知らなくて」
「あのっ、そのライノさんって人が宝石商さんなんですか!?今この街にいるんですか!?」
椅子から身を乗り出しそう問うたコレットが余りに必死な顔をしていたからだろう、女性は笑顔をより優しいものにして頷いた。
「ええ。一週間前ぐらいかしら、ちょうど私が担当したからよく覚えているわ。美味しいご飯が食べられる宿を紹介してくれって頼まれたから、新月の白猫亭を教えたの」
「新月の白猫亭…」
「もしかしたら違う宿に移動しちゃってるかもしれないけど…」
そうだったらごめんなさいね、と眉尻を下げて見せた女性に、シャルとコレットは二人して首を振る。宝石商がこの街にいると確証が得られ、しかも案内した宿を教えてもらえたのだ。充分すぎる収穫と言っていいだろう。
二人は顔を見合わせてしっかりと頷く。しかし、シャルは一つ疑問に思ったことを口にした。
「…にしても、全然知らない人に滞在してるかもしれない宿まで教えちゃってもいいんですか?個人情報とか…」
「ああ、いいんですよ、ご本人から頼まれているので。自分を探している人や宝石について訊かれたら紹介しておいてくれって。商売柄でしょうかねぇ」
「なるほど…」
これほどの施設で自分を紹介してもらえればその存在はかなり広まるだろう。旅の宝石商がどれほど儲かるかは分からないが、多くの人に知ってもらうのは商売の第一歩だ。
「よし、じゃあコレット、行ってみようか」
「うん!ありがとうございます、おねえさん」
「はい、どういたしまして。この街のことならいつでもどうぞ」
にっこり笑顔で手を振って見送ってくれた女性に最後にもう一度礼をして、二人は案内所を出て新月の白猫亭へと向かった。
****
新月の白猫亭は賑やかな繁華街の中心にあった。かなり大きな建物に、屋根にはどこか猫にも見える意匠が施されている。夕方に差し掛かっている時間故か、開け放たれた扉や窓から賑やかな声が漏れ聞こえていた。
案内所からまた繋いだままだったコレットの小さな手が、ぎゅうっとシャルの手を強く握った。
「ライノさん、いるといいね」
「…うん」
シャルの言葉に小さく頷いた幼い横顔は張り詰めている。シャルも少しでもコレットが安心できるよう、そっと手を握り返した。
「…よし、じゃあ、入ろうか」
旅のサーカスの一員と言っても旅先では複数張ったテントの中で休むので、シャルもこういった旅人向けの宿を訪れるのは初めてだ。わずかな緊張が滲む。
コレットを連れ扉をくぐると、一階はレストランになっているようだった。そういえば、食事の美味しい宿を紹介したと案内所の女性が言っていたな、とシャルの頭をよぎる。
「いらっしゃい!二名様かな?」
宿の受付が分からず入り口に立ち尽くしていると、明るい笑顔の女の子が声をかけてくれた。
「あ、いや、俺たち、宿の方に用があって」
「ああ、そっかそっか!宿の受付はこっちだよー」
人並みをかき分け先に立ってどんどん奥へ歩いていく女の子に慌ててついていく。まだ夕飯時には少し早いような気がするが、周りを見渡すとテーブルは満席だった。酒を飲み豪快に笑う男たちや、少年が一人で食事を貪っていたりする。
「ほい、ここで名前や職業を登録してね。新月の白猫亭へようこそ!」
喧騒に気圧されている内に受付へと辿り着いていたようだ。レストランの最奥、階段の下にカウンターがあった。女の子は歓迎の言葉と笑顔を置いて去っていき、代わりにカウンターに座っていた気難しそうなおじいさんがちらりとこちらを見る。
「なんだい、兄妹で旅かい」
「あ、いえ、俺たち…ここに泊まってるらしい人を探していまして」
「探し人か。誰だ」
開いていた新聞を閉じ、ぎろりとシャルとコレットを見やる。コレットが一歩後ずさったのが分かった。
「ええと、ライノという宝石商の方を探しているのですが…」
「なんだライノか。ヤツならそこで飯食ってるぞ」
「えっ」
「おいハル!ライノをお探しだとよ!」
あっさりと探し人が見つかったことにシャルとコレットは顔を見合わせる。
ハルと呼ばれたのは先ほどの女の子で、また人混みをかき分けするりとシャルの隣に立つ。
「はいはい、ライノくんへ二名様ごあんなーい!こっちだよ」
「あっうん!すみません、ありがとうございます」
カウンターのおじいさんに軽く頭を下げる。さっさと行けとばかりに手を振られるが、振り返りざまに見た優しげな笑顔はコレットに向けられていた。人は見かけによらない、ということか。
ハルが案内してくれたテーブルは窓際の四人席で、そこを一人の少年が占領していた。所狭しと料理が並んでいる。背中から見える背格好は十二、三歳と言ったところだろうか。歳に見合わないくるくると渦巻いた白髪の癖毛をしている。
「ライノ、キミにお客さんだよ」
ハルが気安く声をかける。暫く滞在しているからだろう、気心知れた仲のようだ。
「んあ?」
振り返った少年、ライノは口いっぱいに骨付きの肉を含んだところだったようだ。大きな白銀の瞳がきょとりとシャルとコレットを見る。
むぐむぐと咀嚼して、やがてごくりと嚥下の音。口が空いたようで、聞こえてきた声は涼やかな少年のソプラノだった。
「なんじゃ、オレに用かの?」
ソプラノは、シャルが予想したような口調ではなかったが。
「…君が宝石商の、ライノ…くん?」
シャルと共にコレットも少し戸惑ったような表情を浮かべる。魔宝石に詳しい宝石商と聞いて、妙齢の男性を想像していたのだが、その宝石商だと紹介されたのは口調ばかり年嵩ぶった少年だったのだ。
「いかにも、オレが宝石商のライノじゃ。宝石をお探しか?」
「いや、俺たちは君に見てほしい魔宝石があって、旅人案内所の人からこの宿を教えてもらったんだ」
「ほう、そうじゃったか。あのねぇちゃんも良い仕事をするなぁ」
そう言うと、ライノはテーブルの上にあったおしぼりで口と手を拭う。その間に、ハルは「ごゆっくり〜」と手を振って給仕に戻った。
ライノが座っている椅子の隣の椅子に置いてあったのは少年には見合わない程に大きく古いシルクハットで、継ぎはぎも多く見られた。それを浅く後頭部に重心をやりながら被ると、シャルとコレットに向かいの椅子に座るよう促した。
「さて、魔宝石の鑑定とはまた久々じゃのう、しかもこんなお嬢さん連れとは」
ライノの透き通った大きな瞳が、ちょこんと椅子に腰掛けたコレットをぎろりと見定めるように動く。負けず劣らず大きなコレットの瞳が反射的に怯えた色になる。
シャルはコレットを庇うように言葉を切り出す。
「俺からすれば、君も彼女も変わらず小さな子供だけどね」
「んは、そうかもしれんの。それで、早うモノを見せんか」
わきわきと両手を動かす少年は新しいおもちゃを眼前に見せられたように目を輝かせている。
シャルはまだ少し不安げなコレットを安心させるようにそっと小さな肩に触れ、頷いて見せた。
「…これ、私のおじいちゃんの魔宝石なの。どんな魔法を持ってるのか、わかる…?」
取り出された包みから現れた深いブラウンの美しい宝石は、シャルやコレットからは何の変哲もないただの宝石にしか見えない。
「ほほう、これはまた上物じゃのう。アイズ・メモリアか」
しかし、やはり彼は宝石商なのだろう。
「アイズ・メモリア…」
「少し借りて良いか?」
ライノの伺いにコレットが頷く。いつの間にかはめていた白い手袋越しにそっと宝石を手に取ると、光に透かしたり、首からペンダントのように下げられていたルーペでしげしげと眺めてみたりする。
「ほんに上物じゃの。かなりの大粒な上に純度も高い。この品質なら、生まれてから今までを全て記憶しておるじゃろう」
「記憶?」
「うむ。アイズ・メモリアに宿りしは『眺め記憶する魔法』。ぱっと見はキャッツ・アイに似ておろう?あれは宝石に映る光が猫の目に見えるからそう呼ばれておるが、この魔宝石は本当の眼としての魔法がかかっておる。それを記憶する魔法も」
つまり、この魔宝石の持ち主の人生を、持ち主と共に記憶しているということだろう。そう考えたシャルは、一つの可能性に思い当たる。コレットを見やると、シャルと同じく期待を滲ませた瞳をしていた。
「あのっ!じゃあ、それなら、その記憶を私たちが見ることは出来ない、んですか…?」
「うん?出来るぞ?」
いとも容易く頷いたライノに、二人は顔を見合わせ思わず笑顔になる。
しかし、次に放たれたライノの言葉は、二つの笑顔を容易く曇らせてしまった。
「出来るのは出来るが、ちと手間がかかるかもしれんぞ」
「え…大変ってこと…?」
「手間って、どんな手間がかかるんだい?」
不安に揺れるコレットの代わりにシャルが問う。ライノはコレットの手にアイズ・メモリアを戻すと、テーブルの上の葡萄を一粒口に放り込んだ。
「魔宝石が気に入った人間にしか宿した魔法を使わせぬという話を聞いた事はあるか?その中でもそいつはかなり忠義心が強くての。まず気に入った人間の側でしか瞳を開かぬ。記憶をせぬということだな。そしてその記憶の再生は持ち主にしか出来ぬ。記憶を見ず知らずの人間に巻き散らすのを好まぬのよ」
「なるほど…じゃあコレットのおじいちゃんじゃないと記憶は見られないってことか」
しかしコレットの祖父が願えば魔法は発動するという事だ。それならば、可能性は充分にある。
「ああ、この魔宝石はおまえのじいちゃんの物じゃと言っておったな」
ライノがコレットを見る。
「うん。私のおじいちゃん、病気で…元気がないから。これはおばあちゃんとの思い出の魔宝石だから、その魔法が見られれば少しでも元気になってくれるかと思って…。でも、私じゃどんな魔法か分からなかったから」
「それでオレを探しておったのか。…じいちゃんがのう」
その時、ふっとライノが伏し目がちに微笑んだ。その微笑みがあまりに寂しそうだったので、シャルは言葉をかけようとして、しかし怯んだように言葉は喉につっかえてしまう。
「これでおじいちゃん、元気になってくれるかもしれない!シャルさん、ライノさん、ありがとう!」
「あ…うん、よかった。コレットの役に立てて」
コレットの笑顔にその言葉もかき消され、しかし同時に安堵がシャルの胸に湧いた。あれだけ大見得を切って手伝うと申し出たのだ、何も分かりませんでしたでは格好がつかないと実は不安だったのだ。
探していた宝石商が見つかり、魔宝石の魔法を発動させる条件も聞いた。それも実現可能な範囲で、これでコレットのおじいさんも少しは元気を取り戻せるといいな、とシャルはわずかに体を包んでいた緊張を小さな溜め息と共に吐き出した。
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