ドゥレドゥンビドゥンババドゥアラダッバドゥンビービ

ちびまるフォイ

その言語ちゃんと払っていますか?

『昨夜、言語使用料を未納のまま使い続けたとして

 近所に住む40代男性の身柄を確保しました』


『ちくしょーー! 好き勝手話すことのなにが悪いんだーー!!』


『などと、男は意味不明な言動を繰り返しているとのことです』


テレビを切って大学への準備を整える。

玄関に向かうと1枚の紙が玄関の郵便口に挟み込まれていた。


『言語使用ライセンスの期限が迫っています。


 お使いの"日常言語あんしんパック"の契約期限が迫っています。

 このままでは日常会話の単語が使えなくなります。

 今ならお得な洗剤もついてくる"意識高い単語"もセットができます』


「ああ、もうそんな季節か」


いつもこの時期には言語使用料の案内が届く。

普段は何も考えることなく呼吸の延長線上で延長していたが、

今回は思うところがあるというか、特にないから考えてしまうというか。


とにかく、俺は少し考えてみることにした。


大学に向かい、席につき、授業を受け、帰る。


この間、人と話したのはゼロだ。

おはようもなければ、すみませんもない。


大学生とくれば一人暮らしなどと大きく出て、

その実、単に女を連れ込む下心で出来上がった我が部屋には

およそ彼女どころか友達の一人も訪れることはなく、

いつか使うだろうと用意していた2本のテニスラケットが痛々しい。


「これ……延長する意味ないんじゃないか……」


もはや囚人よりも1週間の言語使用量が少ない俺にとって

バカ高い言語使用料を払うことなど愚の骨頂。

周りに流されることなく自分の取るべき道を選び取ってこそ現代人といえるのだ。


そんなわけで、断腸の思いで言語使用のライセンスは延長しなかった。


「…………」


しかし、問題が起きた。それは主に精神面の問題だった。


このように心のなかでモノローグを延々と繰り返すぶんには問題がないものの

これをひとたび口に出してしまうと俺は犯罪者となる。

なにせ言語使用料を払っていないからだ。扱いとしては食い逃げと同じ。


もしも、なにか検問でもあって、そこで何か誤解されたとしても

身の潔白を証明することも戦争の愚かしさを伝えることはできない。


こんな崖っぷちの状態で日々を暮らしていけというのだから精神にこたえる。

今から言語使用契約を行うにも、契約のやり取りで時間がかかる。


(どうしたものか……)


そこで俺は若さと暇を振りかざして「代替言語」を作ることにした。


俺→ドゥレ

あなた→ドゥババ

友達→ドゥビババ


など。


英語などをはじめとする海外の言語を使うにも外国語パックが必要なので

俺のための、俺だけが使えるような意味不明な代替言語の辞書を作った。


これで事態がなにかよくなったわけではないものの、

「しゃべることは絶対にできない」という状態からの解放はされた。


この代替言語はいつでも自分で確認できるようにと、

自分のホームページでのみ公開して、日々継ぎ足し継ぎ足しで単語を追加していった。


やがてまだ追加されていない単語を代替言語として追加するのが

ライフワークになり始めたころ、ふと訪れたお店でそれを聞いてしまった。


「ドゥビババビッビドゥバババビ」

「バッビドゥレドゥババンバーイビビルビ」


「ばびっ!?」


代替言語を作っているうちに体はそれだ第一言語として馴染み

ふいに驚いたときにも代替言語が出るようにまでなっていた。


そんなことより驚いたのは自分の代替言語が他の人にも使われていたことだった。


自分のホームページのアクセス解析をしてみると、

ある日を境に爆発的に訪問数が増えていた。


どうやら自分の作っていた代替言語を見つけた人が拡散して浸透したようだ。

ただの備忘録として書き溜めていた辞書がこんなに浸透するなんて。


「ドゥンバババイバー(こんなにうれしいことはない)!」


俺の他にも言語使用のライセンスについて不満を持つ人は多かったみたいで、

この代替言語は広く浸透していった。

自分の作ったものが世間を変えていると思えて嬉しかった。


はずだった。


「ドゥビビビ!?(なんだこれ!?)」


ある日のこと、俺の代替言語を作ったという若手実業家がネットニュースで取材を受けていた。


ライセンス料を支払えなくて困っている人を救いたいだとか、

最初に作った代替言語の単語は「ドゥビ(愛)」だとか。


勝手なことをいけしゃあしゃあと話しているから許せない。

そして、最後にはこう書かれていた。


記者「今後、この言語はどう発展していきますか?」


「そうですねぇ、使用者も多くなってきたこともあり、ライセンス料を取ろうかと思っています」


と。


「はああああああ!?」


堪忍袋という臓器はまだ見たことはないがたしかに切れる音が聞こえた。

元はフリーで使うために作った代替言語なのに、ライセンス料なんて本末転倒。


まるで自分の創作物が金儲けのネタにされたようで納得いかなかった。


あっちは偽物で、こっちは本物。

どんなに取り繕ったってこっちには無限の証拠があるんだ。


「ドブドゥンバ! バビッビンビ!!(裁判でやっつけてやる!!)」


今をときめく爽やか若手実業家を相手取った

代替言語の生みの親裁判は世間の注目を大いに集めた。


相手は凄腕の弁護士をポケモンスマスターのように従えて準備万端。

まして俺は言語使用料すら悩む男なので弁護士は当然不在。


それでも、本来の持ち主である俺ならと勝利を信じていた。


「この代替言語があなたが先という証拠はあるんですか?」

「あなたの提示した証拠は改ざんされる要素がありますよね?」

「なんとか言ってくださいよ! ほら! ほら! ほらほらほら!!」


「あ……う……」


誤算だった。


裁判のために「デイリー言語利用パック」を買って

日常会話の単語は使えるようになったものの、代替言語に慣れすぎていた。


使い慣れない通常の言語で話そうとしてもうまく話せない。

俺のしどろもどろな言葉はますます相手に華をもたせる結果となる。


「裁判長! 証人はどうやら何も言えないようです!

 否定できないということから、この裁判は我々の勝利でよろしいですね!?」


「う、う~~ん。では……」


裁判長が判決を決めようとしたときだった。

傍聴席から応援のような声が聞こえた。


「ドンバッバドゥレビンバ!!」

「ドゥビバシャバビンビドゥーレ!」

「ドレドレドゥアラ、ドゥンビービ!!」


「静粛に! 静粛に!!」


「そ、そうか……! その手があった……!」


代替言語で語られたのは俺がまだ提示できていない数多の証拠。

相手は代替言語を理解できなかったのかぽかんとしている。


「証拠はまだあります!! これです!!」


俺は有志達のサポートもあり電子の海に沈んでいた

いくつもの確たる証拠を突きつけてついに裁判を勝利した。


代替言語は使用料を取らないことを約束して幕を閉じた。


 ・

 ・

 ・


その後。


代替言語裁判で注目を浴びた俺は人との出会いも多くなり結婚した。

世間では代替言語が主流となり、使用料金をせびる通常言語は廃れてしまった。


俺は病院で新しい命の誕生をただ祈っていた。


「ドゥビンビ……(どうか神様……)」


ついにそのときは訪れた。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


元気な産声が扉越しに聞こえた。

助産師に招かれて部屋に入ると元気な子供が生まれていた。


「ドゥバババ、ドゥレビトゥ(本当に頑張ったね、ありがとう)!!」


俺は妻に深く感謝した。

元気な赤ちゃんは何度も産声を上げている。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


愛おしい我が子を眺めていると、肩にぽんと手が置かれた。

振り返るとスーツを来た男が立っていた。



「非言語"おぎゃあ"のライセンス料、支払ってもらえますか?」

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