その3

「断じて断る!」


 ふんぬと鼻息荒く、私は腕を組む。

 教室中の者どもが、おのおの異なる目でもって私を見る。その中には朋香の視線もある。彼女は「やっぱりかー」と嘆息し、己が額を押さえていた。


 朝のHRホームルームにて、担任の柿崎かきざき女史がカツカツと靴を鳴らし、教壇に立った。そして私と目が合ったのが始まりであった。

 柿崎女史は教師4年目、独身である。26歳という年齢は、現代日本においては結婚の平均年齢をやや下回るであろうか。しかし結婚を考えぬ年ではなかろう。たしかに柿崎女史はすらりと身長が高く、束ねられた髪も美しい。どことなくキョーコ女史を思わせなくもない目鼻立ちをしており、男どもの目を引く。こうして目が合ってしまうと、ふむ、照れてしまうではないか。


 よもやここで求婚かと少々心臓を跳ねさせてしまったが、柿崎女史は私の澄んだ瞳よりやや上方、具体的にはアフロに見とれていた。


 そして言った。

 見とれてはいないのだと知った。


「片山くん、その頭はどうしたの、爆発してるじゃない、学校に来るときはきちんと整えて、すっとくしを通してから来るものよ、これは社会一般に言える基本的マナーです、これから社会へと出て行くあなたのためにも、まずはこうした礼儀をたっとぶ必要があるわ、その意味でもあなたの髪型は不適切と言わざるを得ないわね、今すぐ整えていらっしゃい」


 と。


 柿崎女史に矢継ぎ早にアフロを否定されてしまった。なるほど、朋香の言う、「なんか言われる」とはこれを指していたのか。求婚にしてはトゲがあり、ムードに欠ける。そして冒頭に戻る。


「断じて断る!」


 柿崎女史の眼鏡が光る。


「いやね、片山くん、あなたが断ろうとどうしようと、その髪型のまま授業を受けさせるわけにはいきません、私にも私なりのプライドがあります、他の先生が授業しに来られてあなたの髪型に驚いていちいち叱られるのも、あなたの本意ではないでしょう、だからこそ、今、髪型を直してしまいましょう、ええそれがいいわ」


「今だと!? 笑わせるな、私の髪は反骨精神の塊だ。柿崎女史がちょちょいと直せる代物ではない」

「先生に向かって『女史』とはなんですか、柿崎先生と呼びなさい、いえそんなことよりも、今よ、今直してしまいましょう、私にはその手立てがあります」

「手立て……だと?」


「片山くん、こちらをご覧なさい、なぜか私にもわからないけれど、偶然これを持ち合わせていたの」


「そ、それは——」


 柿崎女史はおもむろに右手を挙げると、そこにはある機械が握られていた。そのスイッチをわざとらしく押すと、ぎゅぎゅぎぃぃぃんと叫び出す。


ではないか!」


 偶然持ち合わせるモノではない!


「ええ、これで刈ってしまえば、今すぐにでも髪型は改善されます、そうでしょう?」

「それはそうかもしれんが……それはそうかもしれんがっ!」

「さあ」


 言って柿崎女史は一歩踏み出す。

 かつぅんと乾いた音が響く。


「刈りの時間です」


 ぎゅぎゅぎぃぃぃぃん。


 教室はバリカンの叫びと、柿崎女史の靴の音が支配していた。はじめはショーを見るかのようにしていた者たちの表情も、スプラッタ映画を見るかのような引きつったものへと変わっていた。首を振り朋香を見る。丸眉を器用に八の字に曲げている。柿崎女史を見る。眼鏡が光り、その奥の瞳をのぞき見ることはできない。バリカンを見る。叫びはなおも強烈さを増し空気を裂く。


「アフロにして、ま、まだ一日しか経っていないのだぞ、ごせ、5400円だぞ、私はまだ何も成していないのだぞ——?!」


 バリカンと私の叫びが、柿崎女史の眼鏡の光と私のアフロの光沢が、ぐるり混ざる。私はアフロを両の手で守り、さらに叫ぶのである。


「Nooooooooooooooooooo!!!」

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アフロンティア〜片山小太郎伝〜 木村(仮) @kmk-22

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