その2

「え、あ、え? 小太郎?」

「いかにも」

「いか、え? なにその話し方。頭打った? 頭打って膨張した?」


 朝の日差しにはいいホルモンが出るのだという。テレビでキョーコ女史が何かの話題で触れていた。キョーコ女史が言うのだ、間違いあるまい。

 かくて私も陽を浴びて全身からなんかいいホルモンを放出する。おそらく光合成もこのような仕組みなのであろうな、と私は世界の真理の一端を知る。日々揺れる木々にも尊敬を忘れない。これもまた、ダンディ。


「さて、学校へ向かおう、丸眉よ」

「丸眉いうな」


 丸眉こと雨宮朋香ともかはその丸々とした眉を両手で隠しながら顔を赤らめる。どうしてこうもまん丸眉毛なのか。いわく、先祖代々丸眉なのだという。試しに朋香の父を見れば、整えられたように丸く、そして祖父を見れば、立派に伸びて一見丸くは見えぬものの、その生え際は確かに正円を描いていた。しかし彼女の家で飼われている犬にすら、瞳の上に丸い二つの文様が眉のように鎮座しているのはどういう所以か。聞いてはならぬ気がして聞けずにいる。


「で、どうしたの小太郎、その頭」

「どうしたもこうしたも、アフロだ」

「それは見てわかるけどさ」

「ダンディだろう?」

「会話する気ある???」


 会話も弾ませ、学校へと歩みを進める。

 県立郭処かくどころ高校が我らの学びである。

 威風堂々、たくましい我が姿に、道行くみながみな振り返る。その中には同じ学び舎に通う者の姿もちらほらと。ふふふん。思わず鼻が鳴る。熱い視線がすべてを物語っている。「なんてたくましいの!」「ステキ!」こう思っていることは疑いようがない。


「小太郎、めちゃくちゃ視線感じるんですけど」

「ああ、なんとも熱いししぇんだ」

「慣れない視線に噛んでんじゃん」


 ところでさ、と朋香は丸眉をひそめる。


「そのアフロで教室まで行くの? 先生になんか言われたらどうするの?」

「どうするも何も……」


 何か言われる。

 その可能性を今の今まで考えたことがなかった。

 ロダンの考える人の像のように拳を顎に当ててみる。そしてはたと気づいてしまう。


「……まさか、求婚?」

「どつくぞ」

「痛いからやめてくれ」


 やれやれなどと朋香は肩をすくめた。


「何もないといいんだけどね……」


 そして我々は門をくぐる。

 新たな一日がこうして始まったのである。

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