第4話
結局そのあとしばらく、髪の毛をお互いにいじりあって遊んだ。
イヴちゃんのブロンドは黄金みたいにキラキラ輝いていたし、クロちゃんのグレーのおかっぱは逆立てるとその形で固定された。ミントちゃんのブラウンのポニーテールはフワフワで、興奮するとブワッと広がるのがわかった。そして何よりシロちゃんの黒髪はシルクみたいな肌触りで、あまりの触り心地の良さにしばらくみんなで頬ずりしていた。
あと……私のくせっ毛の赤髪は、とっても静電気が起きやすいんだってのがわかった。
それからみんなで輪になって、私はイヴちゃんの、イヴちゃんはミントちゃんの、ミントちゃんはクロちゃんの、クロちゃんはシロちゃんの、シロちゃんは私の髪をセットした。
私はツインテールを解いたイヴちゃんの髪をブラシで梳かしながら、
「……さて、これからどうしよう?」
次の活動についての話題を出した。
「そんなの、あのゴブリンへのリベンジに決まってるじゃない!」
イヴちゃんが肩を怒らせながら即答する。その声に驚いたのか、私の髪を梳かしていたシロちゃんの手がビクッとなった。
「おー!」
クロちゃんの髪を梳かしていたミントちゃんが、ブラシを高らかに挙げて同調する。
「無理」
頭を微動だにさせずにその案を却下するクロちゃん。
「さっきは運が悪かっただけよ! 次こそこの私がギタギタにしてやるんだから!」
イヴちゃんはブラシの柄を潰さんばかりに握りしめて力説する。まっすぐ前を向いていたクロちゃんは頭を少しだけ動かしてイヴちゃんを横目で捉えながら、それでもシロちゃんの髪にブラシを滑らせる手を休めず、
「ゴブリンは警戒心が強い、単独ならその傾向はさらに強くなる。私たちが戦闘を仕掛けた以上、逆襲を予想してすでにテリトリーを移している可能性が高い」
反論の余地がないセリフを放った。
「くっ……」
背中からでも、イヴちゃんの悔しさが伝わってくる。ミントちゃんは首をかしげながらシロちゃんを見つめていて、その視線に気づいたシロちゃんは優しげに、
「ゴブリンさんはもうお引っ越ししてるから、同じところにはいないと思います、です」
先ほどのセリフをわかりやすい言葉で伝えた。ミントちゃんは、そっかぁ~、と納得していた。
「じゃあどうすんのよ!」
イヴちゃんはあごを反らしながら言う。たぶん私に向かって言ってるんだと思い、自分の考えを提案する。
「……アルバイト、しよっか?」
「アルバイト……とは、非戦闘依頼のことでしょうか?」
私の髪を編んでいた手が止まったかと思うと、背後からシロちゃんの声がした。
「そう。リベンジ前に痛んだ装備を直さなきゃなんだけど、さっきの全滅でお金も減っちゃったし、ここは非戦闘依頼をこなしてお金を稼ぐってのはどう?」
手伝ってほしいことや困っていることがある町の人は、『依頼』という形で冒険者にお願いすることができる。依頼には報酬があり、冒険者は依頼の内容と報酬を見て受けるかどうかを決めるそうだ。
そのなかにはプロの冒険者たちに頼むまでもない、些細な依頼というものがある。ツヴィ女ではそれらを安い報酬で引き受け、私たち生徒に斡旋しているのだ。ちなみに依頼を受けている間は実習扱いとみなされ、授業に出席しなくてもオッケーだったりする。
実はさっきのゴブリン戦も依頼のひとつで『リンゴ畑を荒らすゴブリンを討伐』という依頼だった。プロの冒険者なら歯牙にもかけないショボイ依頼……らしい。
内容はどうあれ、モンスターとの交戦が予想される依頼のことを『戦闘依頼』と呼び、交戦が予想されない依頼のことを『非戦闘依頼』と呼ぶ。
非戦闘依頼を受けるプロの冒険者はいないので、必然的に学院の生徒がこなすことになるのだが、私たちツヴィ女生徒の間では『アルバイト』と呼ばれて親しまれてたりする。
「アルバイトぉぉぉ~?」
あからさまに拒絶反応を示すイヴちゃん。彼女は非戦闘依頼が大嫌いなのだ。
「イヴちゃんの鎖かた……チェインメイルも直さなきゃ、お金あるの?」
仕上げに入った私は、イヴちゃんの髪を耳の上で結わいながら言った。
「うっ……」
結わっている最中にイヴちゃんがうなだれてしまったので、危うく形が崩れそうになった。
彼女はお嬢様ではあるが、学院にいる間は家からの援助を受けていない。なので台所状況は私とほとんど変わらないはずなのだ。
「シロちゃん、クロちゃん、ミントちゃんはどう?」
他の三人の意思を確認すると、
「おかねないよ~」
「賛成」
「私は、皆さんについていきます」
呼びかけたのとは逆の順番で、答えが返ってきた。なんにしても、アルバイトに異論はなさそうだ。あとは……、
「イヴちゃんは?」
すっかり元通りになったツインテールにブラシをかけつつ聞いてみると、しばらくの無言のあと、
「……わかったわよ、やってあげてもいいわ、アルバイト」
ちょっとふてくされたような、でも気を取り直したような、そんな答えが返ってきた。
「そう……ありがと、イヴちゃん」
私はイヴちゃんの頭を撫でるように、ブラシを動かした。
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