第5話
私たちは姫亭を出て、市場の真ん中あたりにある『ミランダ・マーケット』に向かった。ミランダ・マーケットは武器や防具、冒険に必要な道具を扱っている商店だ。そんな店は街にもいくつかあるのだが、ミランダ・マーケットではツヴィ女学割が利くので他の店よりお得なのだ。
道すがらどんなアルバイトがいいのか、みんなの希望を聞いてみた。それを総合すると、
『ラクチンで楽しくておいしいものが食べれてお金がいっぱいもらえるアルバイト』
ということになった。……もしそんなのがあったら一生そこで働くと思うが。
ミランダ・マーケットに着いて、店の扉を確認すると「営業中」の札が下がっていた。店主が配達に出かけているときは「配達中」の札になるのだが、そのときは店の前にあるベンチに腰かけて帰りを待つのが常連客のスタイルとなっている。
店の扉をくぐると、
「おや、いらっしゃい」
店主のミランダさんの声が迎えてくれた。私だと押しつぶされそうな大きなタワーシールドを苦もなく運んでおり、シールドからはみだして見えるお腹で彼女の力強さと恰幅のよさを改めて感じてしまった。
「こんにちは、ミランダさん」
みんなで手を挙げて挨拶する。シロちゃんは深々とお辞儀をしていた。タワーシールドを壁に掛けたミランダさんはこっちにやって来て、私とイヴちゃんを交互に見たあと、
「修理だね」
用件をすぐに見抜いた。そして、
「相手はなんだったんだい? オーク? コボルト? グール?」
ゴブリンよりも強いモンスターの名前を挙げた。
「ま、まあそんなところかな」
我ながら下手なごまかし方だな、と思ってしまった。でも特に興味がないのか、それとも気を使ってくれたのか、
「ふーん、じゃあどれを修理するんだい?」
ミランダさんはそれ以上は追及してこなかった。
私たちは相談して、修理が必要そうな装備をピックアップ。イヴちゃんの鎖かたびら、シロちゃんとクロちゃんのローブ、ミントちゃんのジャンパースカート、そして私の胸あてが候補にあがった。ちなみにローブなどは込められた魔力を失わないように修復しないといけないため、布製のわりに金属の防具と同じくらい修理代がかかったりする。でもよくよく調べてみるとミントちゃんのジャンパースカートは特に魔力がかかっていないようだった。シロちゃんが「私でよろしければ繕わせていただきますが……」と申し出てくれたので、任せることにした。
修理してほしい装備をミランダさんに告げると、
「じゃあ見積もりするから装備を外してくれるかい? あ、脱げないんだったら装備したままで構わないから奥の部屋に来ておくれ」
親指で店の奥にあるドアを示した。
私は胸当てを外して渡し、イヴちゃんは麻袋に入ったチェインメイルを渡す。シロちゃんクロちゃんは脱げないので、ミランダさんの後に続いて店の奥に引っ込んでしまった。こうなると時間がかかるので、私はヒマつぶしに防具コーナーにある新製品の胸あてでも眺めることにした。
……魔法の胸あて、三十万ゴールド。打ち直し代を含めると、三十六万ゴールド。
金属の胸あてよりも軽くて丈夫、防御力もずっと高い。でも、手持ちのお金と部屋中にあるお金をかき集めてもぜんぜん足りない。
でもでも、これがあればゴブリンの短剣なんて恐るるに足らず、だ。
「ソレ付けてたら、ゴブリンは別のとこ刺してたんじゃない?」
イヴちゃんが頭の中を見透かしているような一言をかけてきた。
「ほ、ほかのところは盾で防ぐから大丈夫だよっ」
動揺したせいで、ついムキになって反論をしてしまった。
「そうね」
からかわれるかと思ったが、なんだか拍子抜けするような反応だった。気にもとめる様子はなく、隣に飾られている銀の甲冑に自分の顔を反射させて遊んでいる。
「あ、そうだ、聞こうと思ってたことがあったんだ」
私は話題を変えることにした。
「なによ」
「ゴブリンと戦ってるとき奇声あげてたけど、あれは一体どうしちゃったの?」
飾らない言葉で疑問をぶつけると、
「どうもしとらんわ! それに奇声って言うな!」
今度はイヴちゃんがムキになって反論した。我にかえり、ごまかすようにコホンと咳払いをしたかと思うと、
「……あれはね、ラヴィエ家に伝わる闘気術」
もったいつけるような口ぶりになった。
「とうきじゅつ?」
「そうよ」
急に得意気になったイヴちゃんは胸を張りながら教えてくれた。
「闘気術ってのは気勢を操るための発声法なの。それで敵の気を引いたり、萎縮させたり、挑発したりするのよ」
私はあのときの敵にあたる、ゴブリンの反応を思い出す。
「まあ確かに、ゴブリンは萎縮? してたような気も……」
「でしょう!」
上機嫌のイヴちゃん。ついでに私たちも萎縮してました、と喉まで出かかったが飲み込んだ。彼女は満足気な顔をまた甲冑に映しだしたので、私も一緒に覗きこんでことさら満足気な顔を作った。しばらく甲冑ごしに福顔対決をしていると、
「あ、あのっ」
背後で蚊の鳴くような声がした。甲冑ごしに見ると、査定を終えたシロちゃんが立っていた。
「なあに?」
私たちふたりがあまりに満たされた顔で振り返ったので、彼女はビクッっとなる。
「あっ、すっ、すみません……お邪魔をしてしまって」
「「いーのいーの、どうしたの?」」
満面の笑顔でハモると、シロちゃんの白い顔からさらに色が失われた。よほど薄気味悪かったのだろう。
「はっ、はい、あの……前衛のおふたりにお聞きしたいのですが」
いつになく真剣な表情だったので、素に戻る私たち。次の言葉を待っていると、
「私も……持ったほうがよいのでしょうか?」
彼女が指さす先には、飾り台におさめられたモーニングスターがあった。
僧侶であるシロちゃんは神聖魔法を使うためのお守り、タリスマンを首から下げているが、ダメージを与えるための武器は一切持っていない。一般的な僧侶はモーニングスターを持っており前衛としても戦うことがあるが、武器ナシというのは僧侶として……いや、冒険者としてもかなり珍しいスタイルだといえる。彼女が武器を持っていないことに関して不満を感じたことはないが、今回の全滅でシロちゃんなりに責任を感じているようだった。
あまりに思いつめた顔をしているので何と返答しようか迷っていると、イヴちゃんが人さし指をシロちゃんの眼前に突きつけて、
「バカなこと考えなくていーの」
そのまま軽くデコピンした。
「あっ」
わずかにのけぞるシロちゃん。
「アンタ、モーニングスター使えないでしょ」
「……はい……ご存知なのですね……」
白いローブがしゅんと縮こまった。
「授業中見てたわよ、アンタがモーニングスターを自分に喰らわせてるとこ」
うつむいた顔が赤面する。その光景は見たことはないが、なんとなく想像がついた。振り下ろしたモーニングスターが一回転して顔面に直撃している彼女の姿が。
「でも、その分アンタは神聖魔法が得意なんだから、そっちをがんばりなさい! 倍にするなら一より百よ!」
力説するイヴちゃんの顔は上気していた。ノッてきたのかシロちゃんの両肩に手を置いて、さらにまくしたてた。
「僧侶の本分は戦闘じゃなくて回復! 私たちは中途半端な僧侶モドキじゃなくて、真の僧侶を必要としているの!」
雷に撃たれたかのように、ハッと顔をあげるシロちゃん。その大きな瞳が水を張ったように潤みだした。
「は……はいっ! 私……みなさんを守れるように、もっともっとがんばります!」
まっすぐな瞳のシロちゃん。ウンウンと頷くイヴちゃん。先生と教え子みたいな雰囲気を醸し出すふたり。なんだか居心地の悪さを感じていると、奥からみんなが出てきた。
「修理は全部で二万七千ゴールド。ツヴィ女割で二万一千六百ゴールドだね」
先頭のミランダさんから値段を告げられた。いちおう予想はしていたものの、高額さのあまり私はなんだか切ない気持になってしまう。
「ありがとうミランダさん。あの、それでなんだけど、渡した装備、もうちょっとだけ預かっててくれないかな?」
その時の私はガラにもなくモジモジしていた。
「いいけど、どうしたんだい?」
「私たち、全滅しちゃったせいでお金がなくって……それでアルバイトしてお金をつくるから、それまで待っててほしいな、って……」
「ああ、なるほどねぇ」
頷いている途中、ミランダさんは急に真顔になった。
「そうだ、ちょうどいいアルバイトがあるんだけど、アンタたちやらないかい?」
ミランダさんはワークエプロンのポケットから二つ折りの紙束を取り出した。
「どんなのですか?」
受け取ってそれを開くと、非戦闘依頼書だった。みんなでこぞって覗き込む。
ニンジン畑の警備
ニンジン畑をウサギから守る仕事です
期日 収穫日の早朝から夕方まで
場所 ラカノン
報酬 五万ゴールド
※ニンジンの被害が多い場合は報酬を減額します
※ウサギは生死を問わず買い取ります
「警備?」
「畑ねぇ」
「ウサギ! ウサギ!」
「お守りするだけでもよいのでしょうか……?」
「ニンジン……」
しばらく眺めていた私たちは、口々に感想を漏らした。
一日畑を見るだけで五万ゴールド。修理代を差し引いても十分おつりがくる。しかし、なにかありそうな……。
「あともうひとつオマケに、受けてくれたら今回の修理代、タダにしてあげるよ」
考えをめぐらせようとすると、それを停止させるに十分な提案が上乗せされた。
「え! ホントに? ……でも、どうして?」
「依頼主がウチのカアチャンなんだよ……頼まれて、ギルドに依頼登録したまではよかったんだけど……」
わずかに弱ったような表情を見せ、ミランダさんは言いよどんだ。
依頼をする場合は『冒険者ギルド』にて、申し込み用紙と手数料を窓口でおさめると係りの人が手続きしてくれる。あとはしばらく待てば依頼書が発行されるのだが、『戦闘依頼』であれば赤い蝋印が押された依頼書が、『非戦闘依頼』であれば青い蝋印が押された依頼書がもらえるのだ。ミランダさんが見せてくれた依頼書には青い蝋印が押されていた。
「依頼書をもらったまではよかったんだけど、貼り忘れちゃってねぇ」
依頼書は十枚単位でもらえ、好きなところに貼ることができる。冒険者が集まる酒場などにあるメッセージボードに貼りつけるのが一般的だ。ちなみに姫亭にもメッセージボードがあったりする。ミランダさんから渡された紙の束は全部同じ依頼書だった。
「収穫は明後日なんだけど、アンタたちが行ってくれるなら助かるんだけどねぇ」
どうやら今の今まで依頼書を貼るのを忘れていたらしい。自分のウッカリを帳消しにするためということで、破格のオマケも納得がいった。それに、事情を聞いた後だとなんだか断りづらい。
私は考えるフリをしたあと、
「……いいよね?」
みんなのほうを見ずに言った。
「ああ言われちゃ、断れないでしょ」
「ウーサギ! ウーサギ!」
「はい、喜んで」
「ニンジン……」
否定的な意見はなかった……と思う。私は顔をあげて、
「やる! やります! ミランダさん!」
高らかに宣言した。
直後、鐘の音が響く。もう夕方のようだった。ミランダさんは配達があったのを思い出しおっとり刀で準備をはじめたので、私たちは依頼を受ける約束だけして店を出た。
街はじょじょに暮れはじめており、夕日に照らされた私たち五人の影は長く伸びていた。他に寄り道するところもなかったし、お腹もすいてきたので『ツヴィートーク女学院学生寮』に戻ることにした。ツヴィ女は全寮制の学院なのだ。
それにしても、今日はいろいろあった気がする。みんなもう全滅のことはすっかり忘れて、受けた依頼についてあれこれ言いあっている。
……私がアルバイトを提案したのはお金がなかったのもあるけど、全滅した直後だった、というのもある。復活できるとはいえ、死ぬときの苦痛は何度経験しても慣れない。特に精神的な負担が大きく、しばらくの間は自分の命を奪ったモンスターの顔がフラッシュバックするようになる。なんというか、また同じ目に遭うのはイヤだ、と心が弱ってしまうのだ。聞いた話だが、知能が高く残忍な高レベルモンスターともなると、二度と刃向かう気が起こらないように、よりむごたらしく冒険者の命を奪うという。まぁ、そこまでではないにせよ、心が弱った状態で連戦するのは危険だ。明日のアルバイトが気分転換になれば、またモンスターに立ち向かう勇気が沸いてくるだろう……と思う。
帰路の途中、ミントちゃんが私たちの影の上でぴょんぴょん跳ねていたのを皮切りに、誰からともなく影ふみが始まった。私は子供の頃以来だったけど、イヴちゃんは影踏みを知らなかった。
最初は馬鹿にしていた彼女だったが、やり始めると一変、
「寮に着いた時点でオニだった人は罰ゲームよ!」
なんて言い出すほど夢中になっていた。
私たちは小さな子供みたいにはしゃぎながら、寮へと戻った。
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