第6話
次の日の朝、私たちは寮の入り口で待ち合わせをした。非戦闘依頼とはいえ、みんなはスペアの装備を身につけてきており武装的には昨日と同じだった。ただ、今回はほんのちょっとだけ遠出になるので手荷物が増えていた。
揃った私たちは学院に実習届けを出してから、ミランダさんの母親がいるというラカノンに向かった。
ラカノンは私たちのいるツヴィートークから南にずーっと行ったところにある。距離が結構あるので、私たち一行はハイキング気分で向かっていた。
「あ、コーラの実だ」
登り道の途中、道端の低木に生った赤い実を見つけた。
「見て見てクロちゃん、この実からコーラができるんだよ」
飲み物のほうのコーラが大好きなクロちゃんに実を見せると、彼女は実を指でつまんでしげしげと眺めていた。そしてためらう様子もなく、大きく口をあけてガリッとひと噛みした。
「あっ、食べてもコーラの味しないよ!」
あの実は結構苦かったと思う。ほとんどわからないレベルだったが、しかめ面になったように見えた。
「おいしくないでしょ?」
私の問いに、彼女はゴクンと喉を鳴らしながら頷く。
「じゃあ……」
見まわしてみると、ヤマボウシの実があったのでもぎ取って、
「口直しにコレ、食べてみて」
クロちゃんに渡すと、彼女は実をほとんど見ずに口に放りこんだ。コーラの実がよほど苦かったのだろう。
「甘くておいしいでしょ?」
私の問いに、彼女はまたしても喉を鳴らしながら頷いた。
「お詳しいのですね」
やりとりをほほえましそうに見つめていたシロちゃんが言った。
「まぁ、子供のころはいろんな木の実食べてたからね」
「そうなのですか……素敵なご経験をなさっていたのですね」
嫌味に聞こえかねないひと言だったが、彼女の口調にそんな気配は微塵もなかった。
「えへへ、そう?」
そのうえ大きな瞳が羨望の眼差しを向けていたことに気づき、なんだか照れてしまった。
「貧乏だったのね」
やりとりを退屈そうに傍観していたイヴちゃんが口を挟む。いつのまにかその手にはヤマボウシの実をいくつも持っていた。たぶん、甘いと聞いて興味を持ったんだと思う。
「いや、貧乏じゃ……なくもなかったけど」
「虫とかも食べてたんじゃない?」
「ええっ、虫はさすがに」
「冗談よ」
「……もう」
なだらかな傾斜を行く私たちの先にはミントちゃんがいて、坂のてっぺんで背伸びしながら先を眺めていた。不意にこちらを向いたかと思うと、
「ねえねえ~っ!」
両手を水平にしながら元気に駆け戻ってきた。通せんぼするように立ちふさがったあと、
「おなかすいた!」
ハナマルをあげたくなるような笑顔で言った。
だいたい半分くらいまでは来たはずなので、登り道の上でお昼にすることにした。
頂上から先は平坦な草原が続いており、やさしい風が吹き抜けていた。そよぐ草はどれも背が低かったので見晴らしもよく、ここで食べたら何でもおいしくなるんじゃないかと思った。
道端に布の下敷きを広げて、そこに輪になって座る。イヴちゃんが持っていた大きなバスケットを、その中心に置いた。
「あの、すみません、持っていただいて……」
膝をきちんと揃えて正座するシロちゃんが手をついて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「勘違いしないの、アンタに持たせとくと転んじゃうでしょ。お昼を台無しにされたくなかっただけなんだからね」
下敷きの外に足を伸ばして座るイヴちゃんは、背中を向けたまま言った。
お弁当は寮の食堂のおばちゃんに頼んでおくと作ってくれるのだが、今回はシロちゃんが手作りして持ってきてくれた。
途中の山道におぼつかない足どりだった彼女を見かねて、イヴちゃんがバスケットを取り上げたのだ。
「はやくぅ、食べようよ~」
女の子座りのミントちゃんが、待ちきれない様子で身体を揺する。それに同調するように膝を抱えて座っていたクロちゃんが何度も頷いた。
バスケットを開けると形の整ったとオニギリとサンドイッチ、色とりどりのおかずとフルーツが入っていた。みんなは、おぉ、と感嘆する。財宝の詰まった宝箱を開けたときみたいな反応だった。……宝箱、開けたことないけど。
「じゃあシロちゃん、いただきま~す!」
各々が手にしたオニギリやサンドイッチを乾杯するように掲げてから、かぶりつく。
「おいしい~!」
「アタシが食べるんだから、このくらいじゃないとね」
「うみゃうみゃ、うみゃうみゃ」
「…………」
手にしたオニギリと玉子焼きを無言で食べすすめるクロちゃんを見て、
「お口にあわなかったら、おっしゃってくださいね」
心配そうに声をかけるシロちゃん。
「そんなにバクバク食べてるのに、マズいわけないでしょ」
同じようにサンドイッチとミートボールをバクバク食べているイヴちゃんが突っ込む。
たしかにマズくない。私はエビとアボカドのサンドイッチ食べているが、自分で作るのより、いや、お店で出てくるやつも越えていると思う。要するに、すごくおいしい。コクと旨みのあるアボカドが、蒸したエビによく合っている……なんだろう、高級食材なんだろうか?
シロちゃんのほうを見ると、取り皿を配っている彼女と目が合った。
「すごくおいしいよコレ、入っているのは普通のアボカド?」
皿を受け取りながら聞いてみた。
「あ、ありがとうございます」
シロちゃんははにかんだ後、
「はい、食材はすべて寮にあったものを使わせていただきましたので、普通のアボカドだと思います。ただ、前の日の夜からソースに漬けておいたものです」
いつもの丁寧な口調で説明してくれた。前日の夜から準備していたというのを聞かされると、バクバク食べるのがなんだか悪い気がしてきた……でも当のシロちゃんは頬張るようにして食べるみんなを嬉しそうに見ていたので、それならまあいいのかな、と思った。
シロちゃんは多めに作ってきたようだったが、お弁当は全部キレイになくなった。
食後みんながまったりとする中、私は立ち上がって準備をはじめる。シロちゃんが「お手伝いを……」というのを制して。
水筒の水をポットに入れ、木組みの上に置く。その下に枝をしいて、火をつけようかと思ってマッチを探していたらクロちゃんが精霊魔法で火をつけてくれた。沸いたお湯に茶葉を入れ、しばらく待つ。カップに注いで、おいしい紅茶のできあがり。
湯気のたつカップを、目を三角にして睨んでいたミントちゃんから「フーフーして!」といわれたので冷ましてあげてから、みんなで食後の紅茶を飲んだ。
カップを両手に包み込むようにして持っていたシロちゃんが、
「これから行くラカノンって、どのようなところなのですか?」
みんなを見回しながら尋ねてきた。
「え? アンタ、ラカノン行ったことないの?」
持参した砂糖を紅茶に入れていたイヴちゃんの手が止まる。
「はい、私……学院に入るまでは聖堂から出ることを許されておりませんでしたので」
「そ、そうなんだ……」
触れられたくなかった事かと思い、バツが悪そうな顔をするイヴちゃん。急にしんみりした空気になる。
「あっ、でっ、ですが今はみなさんとこうして色々な所に行けますので、とっても楽しいです」
場の変化を察したシロちゃんは、ことさら元気に言い、
「それに……幼かったころ、聖堂にお見えになったリリーさんと、街にご一緒させていただいたこともありますので」
私を見て微笑みながらそう付け加えた。
それで思い出した。子供のころミルヴァ様の絵を見に聖堂に行ったときに居た、いつも隅に隠れるようにしてこっちを見ていたシロちゃんのことを。……半ば無理やり街につれていったような気がする。戻ってきたときには聖堂主様からメチャクチャ怒られたが。
「ラカノンはねー、きのおうちがいっぱいあるんだよ!」
ミントちゃんが両手を広げて、いっぱい、を表現しながらシロちゃんの問いに答えた。
「標高の低い山に囲まれた盆地に存在する、人口五十人程度の小規模な村。高名な魔法使い、ラカノンが二百年ほど昔に興したとされている」
独り言のようにつけ加えるクロちゃん。
「特産品は農産物。貴族御用達のブランド野菜で有名よね」
イヴちゃんは人さし指を立てながら言った。私も何か言わなきゃ、と思い、
「あと犬がいるのよね、犬が」
ママに連れられて初めてラカノンに行ったとき、当時の私より……いや、今の私よりも大きい白い犬が出迎えてくれた。人なつっこい犬で、顔中がベトベトになるまで舐めて歓迎してくれたのを憶えている。
私にとっては忘れられないラカノンの第一印象……でも、一番役に立たない情報だなと言ってから後悔した。
犬くらいどこにでもいるだろうという感じのイヴちゃんの視線、いつものクロちゃんの無表情。それらを痛く感じたのは被害妄想だろうか……。それでもシロちゃんはわけ隔てなく、頷きながら聞いてくれたので、救われた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます