第10話 「二人組つくってー」←簡単に言うな



「はい、二人組つくって〜!」


 女性体育教師の若々しくエネルギッシュな声が、グラウンドに響きわたる。


 古谷来未との始業前のあーだこーだがあって、数学教師からのねちねちとした説教を乗りきり、待っていたのは体育の時間。


 体育と部活動のためだけに学校に来ていると言っても過言ではない陽キャ連中からすれば最高の時間なのだろうサッカーの授業なのだが、しかし斗真のような陰キャからすれば肉体的疲労をともなう苦行でしかなかった。


(いや、精神的にもつかれるか)


 教師の指示通り、まわりの生徒たちはそれぞれ仲のいい生徒とペアになって準備運動がてらパス練習をはじめていく。


 そんな様子をながめ、案の定ぼっちとなっていた斗真は深々と息をつく。


(……二人組つくれって言われて簡単につくれるなら、ぼっちしてないんだよなあ)


 あまりに理不尽な指示だと思う。


 いや二人組をつくらせるのはよいのだ。

 だがその場合は、相手を教師からきっちりと指定すべきだろうと思う。でなければ、斗真のように二人組をつくれずにぼっちとなって絶望する生徒が大勢出てしまう。


 教育委員会のお偉い方々は大したことではないと思っているのだろうが、正直こういった心ない指示の積みかさねによって生徒は心に傷を負ってしまうのである。


 友達すらまともにつくれない陰キャぼっちにその場で二人組をつくらせるなんて、もはや精神的虐待と言ってもよい。


 教育委員会が動かないということなら、個人的に教師に慰謝料請求の民事訴訟を起こすレベルである。それぐらいこの「二人組つくってー」は許されぬことだと思う。


(……いや、いまはそんなどうでもいいこと考えてる場合じゃない)


 斗真は口だけならぬ思考だけ男。

 そのようなことをする行動力は当然のごとく持ちあわせていない。そもそもそのような行動を起こす行動力があれば、ペアの相手など一瞬で見つけられている。


 そんなことよりもいまはとにかく、この状況の打開を考えるほうが先決だ。


 どこかにペアになれそうな自分と同類のあまりものはいないかと見まわすと、


(毎度お馴染みのメンツだな)


 目についたのは、 坊主男子こと遠山銀太。


 歴戦のぼっちとの見立てどおり、彼も斗真と同じくペアがいないようだ。


「わ、わし別に焦ってねえし」と余裕ぶった表情をうかべながらも、目がものすごいスピードで泳いでいる。内心ではどうしようどうしようと焦っているのが見え見えである。


(しょうがない、誘うか)


 斗真も選べる立場でもない。

 大人しく銀太を誘おうとするが、


『来未ちゃん、俺とやろ!』

『いやいや、俺とでしょ!』

『わたしとやろやろー!』


 だがそこで、グラウンドの一角でさわがしくする生徒たちの姿が目に入る。


 その中心には、古谷来未の姿があった。


 あまりにペアの立候補が多く、どうしたものかと困り顔の様子だ。誰からも声をかけられない斗真とはまったく対極の理由で、ペアが決まっていないらしい。


 人気者は人気者で大変だなと他人事のように見ていると、


「ふっ……バカども群がりおって」


 となりで銀太が余裕の微笑をうかべた。


「銀さんはいいの? ペアいないなら古谷さんのペアに立候補しなくて」


 金曜の様子を見るかぎり、銀太は来未に気がある。率先してあの場に群がってもおかしくなさそうだが、この余裕はなんなのか。


 斗真が訊ねると、銀太は鼻で笑う。


「立候補したところであのモブどものひとりになるだけじゃろう。モテる男というのはあえてああいった場には参加せず、ドシッとクールに構えているものじゃ。そうしていれば女のほうが『銀さんかっこいい♡』とみずから寄ってくるものじゃ」

「……そんなことが起こるのは、かぎられたイケメンだけだと思うけど」


 たしかに銀太の言うとおり、ドシッと構えているだけでモテる男もいる。


 けれどそれはわざわざ出しゃばらなくてもモテるほどのイケメンにかぎった話であり、銀太や斗真のような陰キャがドシッと構えて受け身でいたら誰からも見向きもされないままこうしてぼっちになるのがオチだ。


 へたすれば「なんか勘違いしてる痛いやつがいる……ぷーくすくすw」と嘲笑されることすらありうる。考えるだけで恥ずかしい。


「緑川、わかっておらんのう」


 しかし銀太は、チッチッチッと指を振る。


 指を振ったからといって某国民的モンスター育成ゲームのごとくランダムでわざが繰りだされるということはもちろんないものの、代わりに銀太は陵辱系エロゲの悪役おっさんキャラのごとくニチャアと異様なほど気色悪い微笑をうかべてみせる。


「緑川は打ちあげサボったから知らんと思うが、わしは打ちあげで古谷さんと親交を深めてLINEも教えてもらったのじゃ。あのように群がっとるその他大勢のモブとは、もはや立場が違うんじゃよ。モブどもが必死にがんばっておるなとしか思えん」

「LINEを? そりゃすごい」


 自身も今朝LINEを交換してもらっておいてなんだが、素直にそう思った。


 来未は比較的気安くLINEを教えるタイプなのかもしれないが、それにしてもこのエロ坊主にまで教えるとは思わなかった。


 銀太のことは嫌いではないし、むしろ見てておもしろくて好きなのだが、女子の立場で考えると話は違う。完全になにか勘違いしてしまっているこの様子だと、気持ち悪いLINEをしつこく飛ばしてきそうで、自分が来未だったら断固として教えたくないが。


「でゅふふ……緑川には悪いが、おさきにリア充にならせてもらうことになるかもしれんのう。そうじゃ、教室に戻ったら古谷さんとわしがいかに仲良しか、LINEのやりとりを見せてやってもよいぞ?」

「いや、遠慮しとく」

「遠慮するな、気になるじゃろうて〜!」


 本気で興味がないからやめてほしい。

 休み時間はSNSチェックとソシャゲのルーティンをこなすので忙しいので、このエロ坊主のしょうもないLINEのやりとりを見ている時間は微塵もないのだ。


 しかし、銀太とそんなしょうもないやりとりをしていたときだった。



「みんなごめんね、わたし今日から〜♡」



 そんな小悪魔めいた声が、耳に届いた。




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思わせぶりな古谷さんに僕は惚れない 〜小悪魔女子を適当にあしらってたら惚れられてたんだが〜 少年ユウシャ @kasousyounen

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