第9話 告白されたらまず罰ゲームを疑え
目の前には頬を朱にそめる
絶世の美貌で気恥ずかしそうにするその姿は、だれもが口をそろえてかわいいと言うだろう“万年に一人の美少女”だ。
しかしそんな彼女の口から放たれた一撃必殺とも言える愛の告白に――
「……いや、無理」
斗真はそう即答した。
あまりにはっきりとした拒絶だった。
「えぇ!? な……なんで~!? 」
来未は当惑を隠せぬ様子で目を見開く。
この美少女ぶりだ。
いままで告白を断ることはあれど、断られることなどなかったのだろう。
「あ……ごめん違う、反射でつい」
斗真は慌てて取りなすように言ったが、それはフォローにはなっていなかった。
来未は不満げな表情をつくり、
「反射でついって……逆に傷つくな~? だってそれってつまり……斗真くんは告白を反射的に断りたくなるほど、わたしが生理的に無理ってことだよね~?」
「いやいや……無理っていうのは、もちろん古谷さんが嫌とかそういう意味の無理じゃないよ。じゃなくて……そもそも今日までまともに話したこともなかったのに、古谷さんが僕に告白するわけないじゃん?」
「話したことなくても、人を好きになることってあるでしょ〜?」
ジト目で唇をとがらせる来未に、斗真は首を振る。
「僕がすごいイケメンだったら……そんなこともあったかもしれないけれど、僕は残念ながらそのへんの陰キャなわけで。話したこともないのに古谷さんみたいなかわいい女の子から好かれるって天文学的な確率だと思うんだ」
来未はきょとんと目を見開く。
「かわいいって……斗真くんさらりとそういうこと言うよね~?」
「あ、ごめんキモかった?」
陰キャからのかわいいなんて、おっさんからのかわいいみたいなもので、つまりはセクハラだと思われたかもしれない。
だとしたら心の底から申し訳ない。
「ううん……そんなことないよ♡」
しかし、来未はふふっと笑って首を振る。
「生理的に無理なわけじゃないんだって、むしろうれしかった~♡」
「いや古谷さんを生理的に無理って言う男がいるとすれば、同性愛者か『俺は女には興味ねえから』って感じの硬派気取りの痛い男ぐらいだと思うよ」
「え、それは言いすぎだよ~……! 好みなんて人の数だけあるんだから」
言いながらも来未の顔には微笑がうかんでいて、まんざらでもなさそうだった。
自信を取りもどせたなら、なによりだ。
笑顔は最高の化粧という言葉があるが、まさにそのとおりだと思う。
……たとえそれが、作り笑いだとしても。
「とにかく古谷さんが僕に告白なんてありえないわけ。となれば、この告白は僕をからかっているか、打ちあげかなにかで仕組まれた罰ゲームか、あるいは……別のなんだか面倒な理由があるかってとこでしょ」
「えぇ……斗真くん疑い深すぎな〜い?」
「でも事実として……そのどれかでしょ?」
淡々と問いつめると、来未は気まずそうに視線を泳がせる。
「それは……そうだけど、でもからかおうとはしてないよ? 罰ゲームでもないし」
「じゃあ面倒な理由があるってことか」
来未はなにか反論したげに口を動かすものの、結局なにも言わなかった。
どうやら図星のようだ。
このド陰キャに彼氏になってほしいと告白するなんて、どんな面倒な理由があるのだろうかと考えていると――
「……わたしね、さいきん他校の男子につきまとわれてるんだ」
来未はしばしあって、そう切りだした。
つきまとわれてる? と首をひねる斗真。
「うん……二週間ぐらい前の放課後に校門で待ちぶせされて、他校の男子に告白されたんだ。それは断ったんだけど、翌日からも『あきらめない』って毎日のように校門で待ちぶせされてて……正直こまってるの」
振られてもあきらめないとは、たちが悪い。粘着質でしつこい男はモテないと学校で習わなかったのだろうか。
……いや、粘着質でなくてもモテていない緑川斗真という例もあるのだが。
「迷惑だからやめてって言えば?」
「言ってはいるんだけど……その人って黒田くんって名前で、このへんだと有名な不良らしくてすっごく怖いんだよ~! だから、あんまり強く言えなくて……」
「え、もしかしなくても
訊ねると来未はうんとうなずいた。
――黒田暁斗。
このあたりで有名な不良だ。
斗真は休み時間に寝たふりでクラスメイトの話を盗み聞きするのがルーティンなのだが、そのときにたまに名前が出てきた。
おもに『先輩が病院送りにされた』とか『鼻をへし折られた』とか野蛮な話題に登場する。ちなみに黒田がいつも加害者側だ。
話を聞き、斗真は嫌な予感がしてくる。
「彼氏になってほしいっていうのは……それとどういう関係が?」
「うん……わたしに彼氏がいるってわかれば、黒田くんもあきらめてつきまとってこなくなるんじゃないかなって思ってね~。斗真くんに彼氏のふりをしてほしいな~って。ほかにもしつこい人さいきん多いし」
悩ましげに華奢な指を唇にあてる来未はどこか妖艶で、小悪魔めいていた。
それは自分が誰彼構わず思わせぶりな態度をとっているせいだろうとは思ったものの、他校生の黒田についてはそうとも言いきれないので口には出さない。
ぼっちの心得14、正直者はバカを見る。
社会において正直なことがいつも最適解というわけではない。ときには嘘をついて賢く立ちまわらねばならないのだ。
(にしても、そんなことだろうと思ったよ)
嫌な予感がだいたい当たっていた。
本気の告白とは思っていなかったが、不良相手に彼氏のふりと来たか。
「……話はまあ理解できたけど、まず警察に言ったほうがいいんじゃない? 毎日そういうことしてくるってストーカーでしょ」
「実害が出たわけじゃないから、警察そう簡単には動いてくれないんだよね~……それに警察に言うと逆恨みも怖いし」
……考えてみると、それもそうか。
警察も暇じゃない。些事にいちいち対応はしてられまい。警察に言って逆恨みされるというのも、十分にありうる話だ。
来未もなんだかんだか弱い女子高生。
不良の報復はおそろしかろう。
「……でも古谷さんの彼氏役なら僕じゃないほうがいいんじゃない? ほら、僕ってただの非力な陰キャオタクだよ? “万年に一人の美少女”には似合わないって」
「え~、そんなことないよ~? 斗真くんって眼鏡とか長い前髪とかで隠れてるけど、実はけっこうイケメンな雰囲気するし~!」
「そういうお世辞ぬきにしてリアルにさ」
「えぇ、お世辞じゃないのに〜! もしかしてわたしの彼氏のふり……そんなに嫌~?」
来未はうるうると瞳をうるませ、女子のあいだで大ブームとなっているぴえんの絵文字のごとき顔で斗真を見つめてくる。
しかしそんな視線を送られても、斗真の返答は淡々としていた。
「……う〜ん、まあまあ嫌。いきなり黒田が手を出してくるとは思わないけど、僕も逆恨みされるかもしれないし。勘違いした男どもからも変に嫉妬されて面倒なことになりそうじゃん。ていうか、古谷さんに彼氏がいるみたいな噂たったら、まずいんじゃないの? 芸能人ってそういうの厳しいでしょ」
「わたしアイドルじゃないし、そういうのは好きなようにしていいってマネさんには言われてるから~! ぜんぜんだいじょぶ~!」
「いや暴動が起きる気がするけど」
あるいは自殺者が出そう。
来未は理解できないという様子できょとんと首をかしげているが、自身の人気とくるみん王国民の信心深さを甘く見すぎだ。
……いや、彼女もその程度のことは理解していそうなのであえてなのだろうか。
「……まあ古谷さんがそう言うなら僕はいいけど、平穏な学校生活がおかされるのは正直勘弁してほしいな。ゲーム時間も減りそう」
「斗真くん、冷たくな〜い? ていうかこれって、斗真くんがお詫びになんでもするって言ったから頼んでるんだけどなあ〜?」
「そこを突かれるとなんとも言えない」
斗真は深々とため息をついた。
「……僕は具体的になにをすれば?」
「う〜ん……二週間ぐらい一緒に下校とかして彼氏っぽく振るまってくれたら、黒田くんもさすがにわかってくれるかな~?」
古谷来未と一緒に下校。
ファンからすれば、まさに死ぬほどうらやましがられそうな状況だ。
だが当人の斗真からすれば、正直言って面倒としか思えなかった。
なにしろ陰キャの自分と来未との関係性が発展することはありえない。
つまりは来未についやす時間は、なんの生産性もない。効率厨の斗真からすれば、人生の浪費以外のなにものでもないのだ。
しかも来未の彼氏のふりをすることで、面倒事が増える可能性まであると来た。
(でも、しかたないよなあ……)
こちらは許しを乞う立場だ。
また文句を言えば、来未がさらに面倒なことを言いだしかねない。
「……わかった、やるよ」
「やった~♡ よろしくね、彼氏く~ん♡」
来未はおもむろに席を立つと、まるで椅子とりゲームかのように斗真をお尻で押し、強引に斗真の席の半分を奪いとる。
完全一人用の椅子に二人。
満員電車のごとき密着度を維持したまま、来未は天使の微笑とともに斗真に寄りかかり、肩に頭をこてんと置いてきた。
来未の髪から、なにか甘くていい香りがふんわりとただよってくる。
「いや……いまはそういうのいいでしょ」
「彼氏役の予行練習だよ♡ いきなりやれって言われても無理でしょ~♡」
来未は小悪魔めいた微笑でぴたりと斗真にひっついてくる。
いつも男子にボディータッチで思わせぶりなことをしている来未だが、さすがにこれはスキンシップが激しすぎやしないか。抱きついているみたいなものだ。自分が理性のないケダモノなら間違いなく襲いかかっている。
「……別に彼氏役だからって無理にベタベタしなくてもよくない?」
「えぇ〜、わたしはしたいもん♡」
「僕はしたくない。しょせんフリだし」
とはいえ斗真の陰キャ具合は年季が違う。
この程度で銀大やその他大勢のように勘違い起こすことはありえない。
もしも人前で必要以上にベタベタなんてすれば、冗談抜きでくるみん王国民に命を取られれかねない。それだけは避けたい。
そもそも本当に恋人同士であろうと、TPOをわきまえずに公共の場でベタベタする連中が斗真は好きではない。SNSでも謎のラブラブアピールをするカップルがいるが、そういう連中にかぎってすぐに別れている気もする。
いや、嫉妬ではなくて。
……いや、嫉妬かも。
ともかく斗真がそんなこんなでポーカーフェイスを崩さずにいると、
「……ちっ」
小さな――小さな舌打ちが耳に届く。
ちらと見た来未の表情には苛立ちのような感情が見えたが、しかしその表情は一瞬で砂漠の蜃気楼のように立ち消えてしまう。
そんな彼女の表情の変化をいぶかしげに盗み見つつ、斗真は息をついた。
(……ま、一緒に下校すればいいだけだろ)
彼氏役なんて名目だが、実際に斗真がすることはそれだけみたいだ。
相手はどうあれ一緒に下校するだけならそれほど忌避することでもなかろう。
いまいち来未の真意はつかみかねるが、問題は特にあるまい。
そんなこんなで――
斗真は“万年に一人の美少女”の彼氏役を引きうけてしまったのだった。
ちなみに来未とのこのやりとりのせいで課題は終わらず、ハゲオヤジに延々とぐちぐち言われることになったのは言うまでもない。
まあそんなのはこれから斗真に襲いかかる大地震や台風のごとき大災厄を思えば、軽い通り雨のようなものだったのだろうが。
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