第8話 嘘つきは嘘に敏感なものである




「え……?」


 来未の予想外の言葉に絶句する斗真。


 あの天使な来未のことだ。素直に謝罪さえすれば当然すぐに許してくれるだろうと踏んでいたのだが、なにか自分の謝罪に不手際でもあっただろうか。


「だって斗真くんって、本心では申し訳ないって思ってないでしょ〜?」


 斗真の疑問に答えるように、来未はそう言葉を続けた。


 それは、たしかに図星だった。

 しかしなぜ彼女が斗真の本心を見抜けたのかはやはり謎でしかない。


「……なんでそう思ったの?」

「わたし他人の嘘ってけっこう見抜けちゃうほうなんだ〜♡」


 特技みたいな感じかな、と来未は胸を張ってえっへんと得意げな顔をする。


 少女の無垢な表情といった様子で、思わず頭をなでたくなるかわいらしさだ。


「それは……?」


 だが斗真がそう訊ねると、来未のそんな表情が一瞬で凍りついてしまう。

 訊いてはならぬことを訊いたかのような空気が、教室に寒々しく流れる。


 来未の表情にほんのりと浮かんだのは驚愕か、あるいは別のなにかか。


 いまいち読みとれぬまま、しばしあって来未はいつもの天使スマイルを取りもどしたものの、その笑みはどこかぎこちなかった。


「それって……どういう意味、かな〜?」

「嘘つきって嘘に敏感だって言わない? 嘘が見抜けるってことは、古谷さんも嘘つきなのかなって思っただけ。深い意味はないよ」


 斗真のその言葉に、来未は安堵したように表情をやわらげる。


「な〜んだ、嘘つきは斗真くんでしょ〜? 話そらしちゃダメだよ♡」


 話をそらしているのはどちらかなとは思いつつ、それ以上は触れない。


 興味本位でカマをかけたが、人には誰しも他人に踏みいられたくない聖域がある。

 そこにずかずかと踏みこんでいくほど斗真も無神経ではないのだ。


「それで、斗真くんは今回のこと反省してるの〜?」

「してないよ、まったく」


 もはや隠すのも面倒になって、そう即答してしまう斗真。


「あ〜、やっぱり〜! ていうか、そこすぐ認めちゃうんだ〜?」

「訊いてきた時点で古谷さんは僕を疑っているわけだし、これ以上嘘つきつづけてもなあって。あきらめ早いんだ、僕」


 肩をすくめる斗真にどこか不満げな来未。


「……にしてもだよ〜? あっさり認めすぎじゃな〜い?」

「正直、悪いことしたと思ってないからね。みんなのなかでは打ちあげの優先順位が高いみたいだけど、僕からすればPUBDのほうが圧倒的に優先順位が高いわけで。その自分の価値観通りに行動しただけで、反省することって別になくない?」

「あ〜、この人なんか開きなおってる〜!」

「そういうわけじゃないよ、単なる事実」


 まったく悪びれない斗真に、来未は呆れたように肩をすくめる。


「でもそんなにあっさり認められると、逆にもうちょっと言い訳してほしくなる〜!」

「いや僕もふつうの相手ならがんばって言い訳するんだけど、古谷さんそういうところ無駄に鋭いじゃん。他人の感情の機微を察する能力が高いっていうの?」

「……え、そんなこと言われたのはじめて〜!? いっつもみんなからちょっと来未は抜けてるよねとか天然とか言われるんだけど、そんなふうに見える〜?」


 来未は目をまんまるに見開き、首をひょことかわいらしくかしげる。


 だがその視線はどこか斗真の腹をさぐっているようで、裏を感じさせるものだった。


「見えるっていうか……事実そうでしょ? 今回の打ちあげの幹事もだけど、古谷さんってまとめ役みたいなことよくやってるじゃん。そういうのって抜けてる天然な子には絶対無理だと思う。そういうの見てると、いろいろ考えてるんだなってさすがにわかるよ」


 古谷来未という人間は、その美貌を差し引いても非常に有能だ。

 特にクラスの各グループが対立しないように手を回したり、ときに行事に非協力的な生徒をあおって協力させたり、まとめ役としての人心掌握能力には目を見はるものがある。


 働きから考えて、

 それはクラスメイトとして彼女を見てきて、間違いないと思う。


「なにそれ、すごいうれしいんだけど〜♡ ていうか、わたしのことそんなによく見てくれてたんだ〜!? 斗真くんって他人にあんまり興味ないと思ってた〜!」

「他人にはめちゃくちゃ興味あるよ」

「え、でもいつも一人でいるよね〜?」

「興味がありすぎるから、逆にいろいろ考えて他人と一緒にいるのつかれるんだよ。気持ちをあれこれ考えすぎちゃうっていうのかな。そういうのない?」

「う〜ん、たしかにたまに考えすぎちゃうことはあるかな〜?」

「僕それ。だからいつも一人でいるってだけ。古谷さんいっつも誰かと一緒にいるけど、つかれるでしょ?」


 斗真のそんな問いに、来未はなにか逡巡するように視線を泳がせる。

 肯定するか否定するか迷っているようだ。


 だがそれも一瞬のことで、すぐにクスッと人を惹きつける笑みをうかべてみせる。


「え〜、そんなことないよ〜? たしかに考えすぎちゃうこともあるけど、みんなと一緒にいるとそれ以上に楽しいし! つかれも吹っとんじゃうかな〜♡」

「まあそういう人もいるよね」


 確かに来未の言うような人間は存在していて、陽キャには特にその割合も多いと思う。

 彼女がそういう人間かどうかは――


 それから斗真は「とにかく」と来未に向きなおると、頭をさげた。


「打ちあげサボったこと自体は反省しないけど、古谷さんに嘘をついたのは事実だからさ。あんなに誘ってもらったのに申し訳ない、そこは素直にごめん」

「……説得力感じないなあ〜? ほんとに申し訳ないって思ってる〜?」

「思ってるよ、少しだけ」


 斗真が言うと、来未はくすっと笑う。


「……少しだけ、か。斗真くんってやっぱりおもしろいよね〜! もっと仲良くなりたいって気持ちが強くなっちゃった♡」

「やめたほうがいいよ、人として終わってるだけだから」

「終わってるところがおもしろいの〜♡ 」


 完全に終わっていることを肯定されたのがけっこう悲しい斗真だった。

 ……いや、事実なのだが。


「その僕のおもしろさに免じて、今回のことはチャラってことでいいよね?」


 どさくさにまぎれて問題をうやむやにしてしまおうとする斗真だが、物事というのはそう簡単には行かないものだ。


 来未は小悪魔めいた笑みをうかべ、その魅惑の唇に華奢な人差し指をすっとそえる。


「だあめ♡ それとこれとは話が別だよ〜?」

「……もう時効でよくない?」

「二日三日で時効が成立するほど世のなかっていうのは甘くないんだよ?」

「僕にだけでいいからそれぐらい甘い世のなかになってくれないかな」

「それは無理な相談だね♡」


 ほかの人類にはどれだけ厳しくしてもらっても構わないので、自分にだけは甘い世界になってほしい。斗真は以前から本気でそのようなドクズな思考をしていた。


 もしこの思考を読んでおられるどこかの神がいたなら、ぜひお願いしたいところだ。

 ……いや、思考を読まれてたら逆に天罰がくだりそうなのでやめておこう。


「で……どうすれば許してくれるの? 全裸で古谷来未さまごめんなさいって叫びながら全力疾走で町内一周でもすればいい?」

「わたしもやばい人って思われそうだから、それは本気でやめてほしいかな〜♡」

「じゃ、どうすれば?」


 あらためて訊ねると、来未はう〜んとうなって考えはじめる。まるで自身の進路でも決めるかのように、ものすごく難しそうな顔で眉間にしわを寄せている。


 そんな姿でさえ絵になるから、美少女というのはまったく勝ち組だ。


(ていうか、課題まったく進んでねえ)


 まずい。まずすぎる。このままでは本気で授業までに間に合わなくなる。

 適当にごまかしてさっさと課題に集中せねばと考えはじめた瞬間だった。


 来未はようやくなにか思いついたようにポンと手をたたいた。


「じゃあさじゃあさ……わたしのお願い、一つだけ聞いてくれる〜?」

「いいよ、僕にできることならなんでも!」


 とにかく早く課題に集中したい、と。

 斗真はヤケクソ気味に続きをうながした。


 すると、今をときめく“万年に一人の美少女”は「やった〜♡」と両手をあげ――



「――斗真くん、わたしの彼氏になってください♡」



 満面の笑みとともに、そんな予想だにしないお願いをかましてきたのだった。

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