第二話
「いやぁ、それにしてもひどい目にあったねレフ」
「それをお前がいうか……」
時刻は11時半ばをすこし過ぎた頃。
教室を追い出された俺は、蝋家の誘いに乗って大学の食堂で早めのランチを頼んでいた。
正直腹は空いていないし、先程のやり取りで気分が乗らなかったのだが、
腹が減ったと廊下でわめく蝋家に押し切られる形で、
しぶしぶここまで足を運んだというわけだ。
食堂ホールはすこし時間を外したおかげで使用してる学生は少なく、各々が自由気ままに暇を楽しんでいた。
なるほど、こんなに静かならまた時間を外してこようか。
俺はそうひとりごちながら、食券を引き換えに、食堂のおばちゃんからラーメンを受け取り、席へと戻る。
席では、先に料理を受け取っていた蝋家がこちらに気づいて、先にやってるよと、左手を小さく上げた。
「それにしても君、ここのラーメン好きだね。
ゴムを食ってるのとそう大差ないだろうに」
そう言いながらA定食の革ぐつの底のようなハンバーグをもちゃもちゃと頬張りながら、蝋家は俺の食べている250円の醤油ラーメンに視線を向ける。
「ほっとけ。この安っぽい味が好きなんだよ」
蝋家のいうとおり、学食のラーメンはお世辞にも味は良くない。
麺は輪ゴムをかんでるような食感だし、メンマも薬剤臭いし、スープも薄い。
ただ食えないほどではないという絶妙さ。
うまくもなくまずくもない。
それがいいのだ。
「そもそも250円だぞ250円。
駅前のラーメン屋なんか卵もつけないで800円も取るっていうのにだ。
うちの学食ラーメンの美味しさを10段階中の3だとすれば、
駅前のラーメン屋はせいぜい6。
そこで2倍の旨さを得られたとして、コスト対比は比べ物になりゃしない。
そうだろ?」
「ふーん。
ま、私から言わせりゃ0にいくら数字をかけても0は0だと思うがね」
「お、戦争か?
学食のおばちゃんを代表して戦うことも辞さないぞ俺は」
「時給860円のこの仕事に、おばちゃんたちが、君ぐらいしか頼まないこのラーメンに誇りを持ってるわけないだろ。
どう考えても君の惨敗だ」
やめておけと、箸を持ってない手でしっしっと払う仕草をする蝋家。
この野郎、はなから勝負にならないと、この俺を見下してやがる。
まぁ確かにここでラーメン頼んでるやつ見たことないが……
いやいや弱気になるな
もしこのラーメンが、誰からも見放されていたとしても、俺だけはこいつを信じてやらないと……
この粉がパサパサつきっぱなしで食感も悪くて、なんか生臭……いやこの食器洗剤くせぇな……おばちゃん、ちゃんと洗わずに盛っただろ……
……あれ、俺なんでこんなもん食ってんだ?
「…………」
「早く食わないとのびるぞ?」
無言でラーメンのような何かを見つめる俺に、蝋家はなんのこともなさそうに、つけあわせのキャベツをもりもり頬張る。
それにしてもこいつ、みかけによらずめっちゃ食うよな……
その細い体のどこに入ってるのかわりかし謎だ。
蝋家に一度そのことをたずねてみたが、
私は脳みそを並列思考を可能としてるからいつまでもカロリーが足りないのだ。
昨夜も10個のAVを同時にながして、左手で10つのレビューを書きながら、右手を……
と、そこまで聞いて、俺は思考を放棄して猫の動画を見てたため、結局なんでこいつがそんな食べるかは永久にわかることはないのだろう。
「……それにしても、もったいないな」
俺があれやこれや考えながら蝋家の豪快な食いっぷりを眺めていると、蝋家が何気なしにぽつりとつぶやく。
「? ラーメンのことか?」
「違う違う、君の小説の話だ。
賞に投稿しないにしても、投稿サイトにでも貼り付けていれば、ある程度は読み手もつくだろうに」
またその話か。
えらくしつこいな今日は。
「その話はさっきもしただろ。
人に読ませたりするために書いてるんじゃないんだよ。
お前の言うとおり完全な、自……いや自己満さ」
「ふむ。
知ってるか、自慰AVってそれはそれで固定客はいるんだぞレフ」
「わざわざ言い直したんだから、拾い直す必要はないんですよ蝋家さーん」
ほんとこいつと付き合ってるといつか語彙の全てが下ネタで埋まりそうだな……
それにしてもあの小説。
蝋家はちょっとしか読んでないだろうに、なにがそんな気に入ったんだか。
いつもは俺のことなんてそうも興味もないみたいな態度を取るというのに。
「……あれは駄目なんだ。
少なくとも俺はこの小説に価値を感じていない」
「……ふむ。
全くおかしなことをいう。
君は自己満足だと言ったばかりなのに、その行為に価値を感じていないという。
まったく矛盾しかしてないなレフ。
気持ちよくないオナニーなぞしてなにが楽しいという話だ」
「わかりやすい例えありがとうよ。
とりあえず死んでくれ。
……ま、お前の言う意味もわかるがな」
俺はカバンの中にあるノートパソコンに視線を向ける。
今俺が書いてるミステリー小説は原題も決まっていない未完成品だ。
粗筋はというと、
人付き合いが苦手な数学教師が自分の中身が、他人と違うと勝手に思い込み、他人に暴いてほしいという欲求を抱えながら、日々を過ごすうち、奇怪な事件に巻き込まれという、
まぁいわゆるよくある話だ。
これを書き始めたのは大学に入ってから。
特に小説家になりたいとか、誰かに見てもらいたいからとかではなく、
ただ故郷を離れ、都会に出てきて、
遊びを知らない俺が唯一見出した娯楽が、創作という、なんとも陰キャな思考回路の先に生み出されたのがこいつだった。
最初のうちはどこかで読んだ推理小説のトリックを混ぜ、ダラダラと数学教師の日常をかくだけで満足していたのだ。
だが文が奔る《はしる》につれて、だんだんと満足が行かなくなった。
物語の主人公。
数学教師が苦悩して求める中身というものが俺のみじみめな人生経験では、
彼に答えを提示させてやることができていないのだ。
だから俺はこの物語をいつまでも完結できないでいる。
さっき価値を感じていないとはいったが、
正しくは、
この物語に価値を与えれていない。
それが正しい。
「まぁ生みの苦しみというやつだな。
俗にいう作家病。
よくある話だ」
おし黙る俺に、蝋家がわかったふうな口を聞いてくる。
「作家なんて、そんな高尚な話でもないがな」
俺は苦笑する。
まぁこれで食ってこうなんて仕事、俺には無理だ。
ストレスで死んでしまう、間違いなく。
「ま、壁にあたったなら、なおのこと他人の意見を聞くべきだレフ。
解決策を模索するなら、やれることすべてを総当たりが、
古来からの最強の解決策だぜ」
「……提案に知能の低下を感じるが、
まそれも一理あるか……」
一人で考えてたところで埒が明かないのは確か。
こいつならなにかいいアイデアをくれるかもしれない。
ほれほれと、右手を差し出す蝋家に、俺はため息一つはいたあと、
待ってろと、パソコンを取り出しUSBに小説のコピーを入れて蝋家の手のひらに乗せる。
「確かにお預かりした。
今日の夜には感想を送るよ」
「いっとくが結構量あるぞ?
一日で読めるのか?」
なにせダラダラと一年近く書いてるものだ。
量にしたら小説四巻分くらいある。
しかも推敲もできてない素人が書きなぐった駄文とくれば、読みづらいにもほどがあるだろう。
蝋家はUSBをポケットに入れると、俺の質問に、
「任せろ。
なんせ私は暇なんでな」
と胸を張りながら返した。
いやドヤるとこじゃないだろ。そこ。
まぁ大学生って確かに暇だから、わかるんですけどね……
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脳漿剥き出しボーイ〜礼門荘司の怪異事件録 @NGRMAN
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