罪に罰を罰に罪を

電咲響子

罪に罰を罰に罪を

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 ひどく悩んでいるようだな。きみの苦艱くかんを打ち明けたまえ。私は専門家だ。必ずや問題を解決しよう。


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 はい、先生。僕は幼少期からおぞましい幻覚を度々たびたび見ていました。ある時は空中に、ある時はテレビのなかに、ある時は友人の瞳のなかに。もちろん、未熟な心でもそれを他人に明かせば狂人扱いされることは理解していました。ですから、その異常な現象にった際には周囲にひた隠し、自身の内部に閉じ込め続けていたのです。当時僕が最もおそれていたのは精神がやがて崩壊し、壊れた魂から狂気が発せられ他者に危害を加えるのではないか、という懸念けねんでございます。ただ幸いなことに、僕の心中は安定を保ち平穏無事に全うな人生を満喫していました。ですが、破局は突然訪れました。僕が恋人と三度目のデート、あわよくばよろしい関係になれたらな、と胸を躍らせていたときのことです。僕はつないでいた手を離し、握りこぶしを作り、彼女を殴り倒してしまいました。すぐさま通報され、僕は警察に逮捕され、犯罪者になりました。取調室で尋問されても何も言えません。なぜなら、動機が見当たらないからです。彼女とは終始円満な関係を築いており、仲違なかたがいする理由も、ましてや暴力を振るう理由も全くなかったのです。僕は連日の厳しい取調べに心身ともに憔悴し、あまりの意味不明さに涙すら流しました。ただ、涙を流したいのは僕に殴られた彼女のほうだ。そうやって気を確かに保ちました。肉体的には回復済みの元彼女ですが、いきなり恋人に殴り倒された精神的苦痛は計り知れないものでしょう。僕はかわりがわり詰問きつもんに訪れる刑事たちに繰り返し話しました。自分が起こした過ちの反省、そして、なぜその過ちを犯したのか心当たりがないということを。刑事たちは皆揃って呆れ顔をするばかり。常識的に考えれば異常な状況に他なりません。が、僕の記憶には動機など存在しないし、状況的にもあり得ないのです。僕は自分が狂ってしまったと思いました。そして精神鑑定を受けた結果、ありとあらゆるテストで正常と診断されました。最も多く僕に接してくれていた刑事はその結果を見てにやりと口を歪め、医療刑務所行きだな、と言いました。僕はなぜか重度の精神障害者として医療刑務所に送致され、電気ショック療法、日に十回以上の投薬、注射、洗脳療法を施されました。そのような非道をされてはたまりません。あやうく廃人寸前になるところを偶然医院に訪れていた牧師に救われ、僕は再度裁判を受けることができ、執行猶予の身となり娑婆しゃばに解放されたのです。


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 悩みは解決したようだが。それでも私を頼った理由を教えてくれないか。


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 はい、先生。僕は釈放されてすぐ元彼女の家に行きました。謝罪するために。ですが、親族に邪険に扱われ会うことすら叶いません。考えてみれば当然の話で、娘を暴行した相手を簡単に許すほうがおかしいのです。その後、僕は親を頼るも退けられ、名前は出せませんが某所でアルバイトをし安アパートに一人暮らしをしていました。ああ、ひどいものです! 僕の部屋の壁に、天井に幻覚が張り付き、まして目を閉じてもなお流れ込んでくる幻覚はもはや狂気そのものでした。が、不思議な点がひとつありました。幼少期から見ていた幻覚の内容を覚えていないのです。幻覚を見た、という概念だけが脳内に残り、肝心の内容を覚えていないのです。これでは妄想と同義と思われますよね。実際、誰に話しても妄想の産物と一笑に付されました。考えてみれば当然の話で、もし僕が知人にそのたぐいを打ち明けられたら同じ反応を示すことでしょう。が、ここに誓います。これは決して妄想ではありません。確かに、確かに僕は見ているのです。を。


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 君の悩みは理解した。だが解せない。きみは然るべき場所へ行くべきだ。何故ここへ?


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 はい、先生。然るべき場所へは行きました。何度も、何度も、何度も…… 先生。あなたも薄々感づいているはずだ。僕がここに来た理由を。僕の両親はいません。幼少期の僕に撲殺されて死にました。鈍器で滅多打ちにされて死にました。動機は今なお不明です。僕はこの国の法律で罰せられることはなく、しばし施設に隔離された後一般社会へ戻されました。保護監察官は極めて事務的で、僕に対しあまりに冷たく、それはある意味心地よい対応でした。僕は混沌とした意識のなか義務教育を受け、仕事に就き、平凡な日々を送っていました。ですが。意識がはっきりするにつれて、はっきりするにつ、れて見え、るのです。例の忌まわしい幻覚、が。失礼。今も、今も見えています。空中に、壁に、窓に、電源の切れたテレビのなかに、先生の瞳のなかに。そして、先生が持つ鉄塊に。ああ、どうか。どうか終わらせてください。この世は地獄そのものです。僕の地獄を終わらせてください。


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 いいだろう。しかし条件がある。これはきみに降り注いだ呪いそのものだ。億はもらわないと割りに合わない。きみの生命保険じゃとても足りない額だ。支払えるのか?


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 はい、先生。僕の財産は、正確に計算したことは、ないのですが、軽く億を超えているはずです。臓器は高値で売れました。両親と、僕の、臓器は。ここに闇口座の情報を記した…… ああ、先生。はや、く、お願いし


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 私は拳銃で彼の頭部を撃ち砕いた。粉々に飛び散った頭蓋が周囲を真っ赤に染める。彼の手からひらりと紙片が舞い落ちる。私は驚嘆した。よくぞここまで貯めたものだ。おそらく自身の罪に対する執念が彼をき動かしていたのだろう。それにしても。私をと呼んでくれるのは彼だけだったな。そう思いながら私はその場を立ち去った。


<了>

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