Chapter 7. Forever and For Always(いつも、いつまでも)3



 時間になったので、ルースは昼前に家を出た。長い階段を下りきって、ホッと一息をつく。ジョナサンが来てから移ったこのアパートメントは劇場に近く、間取りも気に入っているが、上の階しか空いていなかったので上り下りに時間がかかるのが、玉に瑕だった。


 そのまま雑踏に紛れて、ルースは劇場に急いだ。


 今日は昼公演と夜公演の、両方がある日だった。




 最後の、ルースの出番になったので舞台袖から出ていくと観衆が湧いた。


 そしてルースは、三曲歌い続けた。そしてアンコールを拍手で請われる。


 いつしか代名詞となっていた、あの歌を歌った。タイトルは「A Song(たった一つの歌)」である。ルースが作詞をした、唯一の曲でもある。




Wildflowers stand strongly with Wild Wind


野生の花は風と共に力強く立っていて


I will be such a wildflower


私もそんな野生の花になりましょう


If no one see me, I do not mind


誰も私を見なくたって、気にはしない


I hope you live like a wildflower


あなたも野生の花のごとく生きていますように




I don't know where you are


あなたがどこに居るかわからないわ


Baby, you need not cry alone


愛しい人 一人で泣かないでね


I will send a song wherever you are


あなたがどこに居ようと、歌を送るから


Can your heart be warmed by the tone?


少しは温かになるかしら?


I notice my poor old heart


みじめな古ぼけた心に気づいたの


I can' see what I want


自分が何を望むかもわからない


But I met a little bird


でも、小鳥に出会ったの


She tells me what is important


彼女は私に何が大切か教えてくれたわ


It was too late to notice my heart


あなたが好きだと気づいた時には、遅かった


You will go around the West with the cross


十字架を背負って、あなたは荒野を行くのでしょう


Even if everyone denies you


幾千の人があなたを否定しようと


I will side with you


私はあなたを肯定する


So...Please respond my voice


だから、どうか私の呼ぶ声に応えて




 この曲は、たったひとりに捧げた曲だった。こうして有名になっても、西部にいる彼に届くか、わからない。それでもルースには歌い続けることしかできなかった。


 歌い終えて、歓声に包まれながらルースはお辞儀をして……顔を上げてハッとした。


 見覚えのある顔だった。彼は拍手をしっかり終えてから、くたびれたカウボーイハットをかぶって、周りの客より先に出ていこうとした。


「フェリックス!」


 ルースは思わず叫び、走りだした。舞台から飛び降りると、客がざわめき、スタッフが叫ぶ。


 でも、そんなことは気にならなかった。


 ルースはそのまま駆け抜けて、劇場を出た。人々の合間に、どうにかあの後ろ姿が見える。


「フェリックス!」


 声は届いているはずなのに、振り向いてくれない。


(別人なの? そんなはずない!)


 ルースは走りつづけたが、追いつけない。靴のせいだと気づいて、ルースはヒールの高い靴を脱ぎ捨てて走る。ドレスの裾もつかんであげているから、足が膝までむきだしになって、通り過ぎる人々はぎょっとしている。


 そんな視線も構うものか、とばかりにルースは走る。


 途中で石やガラスを踏んで、ルースの足は傷ついた。だけど止まらず、走り続ける。


 なのに――


 彼の姿は見えなくなってしまった。ルースは涙を零しそうになって、立ち止まる。


 もっと先に行ってしまっただけかもしれないと思い、また走りだしたけれど――傷ついた足が悲鳴をあげて、ルースは前のめりに倒れる。


 衝撃と痛みを覚悟して目をつむったが、途中で誰かに抱き留められた。


「あっぶないなあ。大丈夫か?」


 この声は……と、声をあげる。金髪の青年が、ルースを見下ろしていた。四年前とは、あまり変わっていない。でも少し、精悍さが増しただろうか。


 ずっと焦がれていた空の色をした目が、優しくルースを映している。


「フェリックス……」


 今度こそ涙が零れて、ルースは彼にしがみついた。


「……って、足の裏から血が出てるんだが? 相変わらず無鉄砲だな」


 呆れた声を出して、フェリックスはルースを抱き上げて縦抱きにする。


「あ、あんたが逃げるからでしょ!? あたし、何度も呼んだのに……」


「それはまあ、悪かった……。でも、歌を聴いて帰るつもりだったから」


「……あたしの歌、届いたのね?」


 この姿勢だと、ルースの方が視線が上だった。ルースはきらきらした目で、フェリックスを見下ろす。


「ああ。東部から来た商人が、歌ってたんだ。ルース・ウィンドワードっていう歌手の歌だって、言ってさ……。俺のうぬぼれじゃなきゃ、あれは俺への歌なんだろ?」


「そうよ。あたしが作詞したのは、あれが最初で最後なんだから。ずっと、呼んでたの……」


 ルースがまた泣き出したとき、フェリックスは周囲の視線に気づいたらしく道の端に寄っていた。


 そう人通りが多いわけではないが、足から血を流した女と西部の格好をした男の組み合わせは、目立って当然だろう。


「ルース、きれいになったな。驚いた」


 フェリックスは微笑んで、ルースを抱えていない方の手で頬を撫でた。


「こ、これは半分は化粧のおかげ……。でも、走って汗かいたせいで、結構取れちゃった」


 あはは、と二人で笑い合ったが、ルースは肝心なことを思い出してハッとした。


「そうだわ、答えは? あたし、答えまだもらってない!」


「答えは、言ったようなもんだろ?」


「あれは答えとは言わないっ!」


「……俺は、お前の義理の母を殺したんだ。答え以前の問題だろ?」


「でも、それはあたしのためだったじゃない。パパも、話したらわかってくれたわ。ジョナサンも、リッキーも……レイノルズ叔父さんも。イングリッド叔母さんと……もちろん、兄さんはまだ受け入れられないみたいだけど」


 まくしたてると、フェリックスはきょとんとしていた。全員に恨まれていると、思っていたのだろう。


「だから、早く答えをちょうだい。あたしはずっと、あんたを呼んでたんだから。こうして来てくれたってことは、希望はあるってことでしょ?」


「でもさ、ルース。俺は西部をさまよう悪魔祓いで、お前は東部で活躍する歌姫だぞ。どう考えても……」


「それでいいじゃない!」


 ルースの剣幕に驚いたフェリックスは、危うくバランスを崩すところだった。


「あなたは西部で悪魔を狩って、あたしは東部で歌を続ける。そんな夫婦がいても、いいじゃない。会えるのは、年に数えるほどかもしれない。それでも、いいって言ってるの!」


 ルースが言い切ると、フェリックスは呆れたようだった。


「ほんっとーに、頑固なお嬢さんだな」


「今更それを言うの?」


「ごめんごめん。……そうか。それなら」


 フェリックスは、近くに積み上げられていたコンテナの箱にルースを降ろして、その前に跪いた。


「ルース。君の歌は、俺に届いた。君の愛が伝わってきた。返事が随分遅れたけど……俺も、君を愛しているよ。愛される資格も愛する資格もないと思っていたから、はぐらかしてばかりだったけど」


 真剣な目で見つめられて、ルースの心臓が跳ねた。


「俺と結婚してくれるか?」


「もちろん!」


 答えと共に、ルースがフェリックスに抱きつき、フェリックスはまたルースを抱き上げる。すると、密かに見守っていたらしい観衆が、拍手を始めた。


「なんか、よくわからんけどおめでとう!」


「結婚おめでとう!」


「くそう。ルースは俺の嫁だったのに……」


「おめでとう! 幸せに!」


 見知らぬ人たち――ルースのファンが一人混じっていたが――の祝福を受けて、ルースは大きく手を振り、「ありがとう!」と叫んだ。


 そして改めてルースとフェリックスは顔を見合わせ、微笑んだ。




Fin.

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西部の悪魔祓い 青川志帆 @ao-samidare

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