Chapter 7. Forever and For Always(いつも、いつまでも)2

『ジョナサンに、ルースに、ついでに親父さんへ!』


 リッキーの元気な字が躍っていて、ルースはくすりと笑う。


『元気にしてるかー? ルースの評判は、こっちでもよく聞くようになったよ。いよっ、歌姫! オレもルースのところ行きたいなあ、って父さんに言ったら、苦笑された。“お前、ジョナサンと同じ学校に通いたいのか?”って聞かれた。考えてみたけど……無理! ジョナサンの行ってるところって、かなり授業詰まってる上に難しいんだろ? そうじゃなくて、音楽やりにいきたいんだよな。そうだ、ルース。ルースはもう有名な歌姫なんだから、オレをコーラスかギターで雇ってくれよ。みんなにそれを相談したら、オーウェンがオレの分まで働くから行ってくればいいんじゃないか、って言ってくれたんだ。ギターならオーウェンの方が上手いけど、オーウェンは行く気ないみたいだな。まあ、それは仕方ないか』


 そこまで読んで、ルースは四年前に別れた兄を思い浮かべた。


 オーウェンは、フェリックスを庇い続けるルースと、届け出をしないアーネストに激しく憤った。ルースたちが東部に行くまで、最低限の用事以外は口を利かなかったぐらいだ。


 今も彼は、手紙をくれることもない。こうしてリッキーからの便りで、オーウェンがどうしているか知ることしかできない。


(ごめんね、兄さん。でも、曲げられないわ)


 心の中で謝った後、手紙の続きに目を落とす。


『そして、お待ちかねのフェリックス情報!』


 どきん、と胸が鳴る。鼓動が早くなる。


『……といっても、伝聞情報だけどさ。この前、オーウェンと買い物のために町に行ったんだ。その時、どっかで見た人いるなーと思ったら、連邦保安官のフィービー・アレクサンドラって人でさ。でも、連れてた保安官補は、あのやたら美形な人じゃなかったな。保安官補、変わったのかな』


「あら。フィービーに会ったのね。ふふ。そうよ、変わったのよ」


 思わず口に出して、返事をしてしまう。そういえば、リッキーにはまだ伝えていなかった。


 少し前のことだった。ルースが歌い終えると支配人が「保安官が楽屋で待ってる」と言ってきて、ルースは「何か悪いことしたからしら」と震えたのだ。


 しかし、待っていたのはドレスアップしたフィービーと、スーツ姿のエウスタシオだった。


 何でも、ルースの評判を知って聴きにきてくれたそうだ。


 あんな形で別れたエウスタシオが元気そうだったので、ルースは素直に喜んだ。


 何でも、あの後エウスタシオはすぐ南大陸に渡って故郷の村で過ごしていたらしい。一年後にフィービーが見当をつけて、エウスタシオを連れて戻ったのだという。


 今、エウスタシオは大統領秘書の一人になっており、保安官補はさすがにもうできないと苦く笑っていた。


 エウスタシオは官邸勤めで、フィービーの実家もその町にある。同じ東部といえど官邸のある首都は、この町からはかなり距離がある。二人がルースの歌を聴くために、遙々ここまでやって来てくれたのだと思うと、苦手だったフィービーまでもがドレスも相まって女神のように見えた。


(しかもあの二人、婚約したとか言ってたわね)


 聞いた時は、びっくりして叫んだものだ。エウスタシオは艶やかに微笑んで、フィービーはむすっとしていた。もしかすると、あれはフィービーの照れ隠しだったのだろうか。


 フィービーはまた西部に帰ると言っていたから、あの後にリッキーが会ったことになるのだろう。


「ああ、そうだわ。続き、続き」


 フィービーはまた手紙に集中した。


『それで、保安官に聞いたんだ。フェリックスを知らないか、って。そしたら、半年ぐらい前に会ったらしい。相変わらず飄々ひょうひょうとした奴だった、とだけ言ってた。フェリックスを見た町は、地図で見たらずっと西の方だった。今度会ったら、ルースが捜してるって伝えてくれとは言っておいた。保安官も西部を巡回してるみたいだから、いつかまた会うと思う。……というわけで、フェリックス情報でした。そっちの状況はどうなんだ? ま、ルースの評判は本当によく聞くよ。オーウェンとサルーンに行った時、誰かが歌ってた。あれ、ルースの歌だと思うんだ。歌詞、手紙で教えてくれただろ? とりあえずオレも少しの間だけでいいからそっちに行きたいから、大陸横断鉄道のチケット送ってくれよな! 頼むよ歌姫!  ――リッキー』


 何気に図々しいことを言って、リッキーは手紙を締めくくっていた。


(まあ、いいけど……)


 チケットを送れば、叔父夫婦も許可を出すだろうし、リッキーは意気揚々と来られるだろうし。


 しかし、リッキー一人では危険ではなかろうか。列車に乗れば一本で来られるから、平気だろうか。


 思案しながら、ルースは手紙を畳んで封筒に入れた。


「といっても、兄さんに同行してもらうのも無理よね……」


 農場が人手不足になって困るだろうし、何よりオーウェンは来たがらないに違いない。


 ルースは手紙の封筒をベッドテーブルに置いて、立ち上がった。


「もう、四年も経つのね」


 部屋の片隅に置いてある姿見に、全身を映す。


 十五の時より、少し伸びた背丈。髪は腰までの長さを保っているので、同じぐらいだ。顔つきは変わったと、アーネストに言われている。


 自分では、どう変わったかよくわからない。だが、以前のような幼さはもうなかった。輪郭は前よりほっそりとして、よく化粧映えすると化粧担当に褒められることもある。


 息をついて、ベッドに腰かけてまた空を眺めてしまう。


(フェリックスは、どうしてるのかしら)


 フィービーが会って「相変わらず」と言っていた、なら元気にはしているのだろう。


 彼のことを、考えない日はなかった。ここに来てから何人かに口説かれたけれど、ルースはきっぱり「心に決めた人がいる」と断っていた。


(片想い、なんだけどね……)


 改めて彼のことを考えながら、ルースは寝転がって目を閉じた。


 フェリックスは今、二十三歳ぐらいだろう。それなら、あまり変化はないのかもしれない。少なくとも、ジョナサンのような劇的な変化は、ないはずだ。だから会えば、きっとわかるだろう。


 そのままルースは、眠りに身を委ねた。



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