破邪一刀、闇に燃ゆ

テルー

第1話

「ハァッ、ハァッ…クソッ!何でだよ!」



悪態をつきながら走る。


彼の名は端村はじむら暁人あきひと。本日交通事故に遭い死亡し、神の思し召しにより異世界転生を果たした17歳だ。


念願の異世界に転生したと思ったら、目の前には刀を持った男がいて、自分を見るなり斬りかかり、右腕を斬り落としたのだ。彼の頭は混乱と痛み、そして怒りで一瞬でパンクし、わき目も振らず逃げだした。

生前の彼ならば激痛で意識を失っただろうが、それでも逃げられているのは…彼の体がもう人間ではないからだ。



「俺の体、どうなってんだよ…何でこんなことになってんだよ!!」



残った左腕が変貌を遂げはじめ、腕にぶつぶつと巨大な腫物のような何かに覆われている。落とされた右腕もモコモコと傷口が蠢き、体内から何かが生えようとする気配がある。

足はそもそも既に2本ではない。タコの触手のように吸盤のついた足が4本、腰から伸びている。


何より、その体を何の違和感もなく駆使して走っている自分に愕然とした。そちらのショックが、彼を覚醒させていた。



「あー今回のは結構でけえな…おい大人しくしろ!」



後ろから聞こえる足音は少しずつ、だが着実に大きくなっている。このままではじきに追いつかれる―――!



「うおらぁぁああ!!」



ならば反撃するしかない。左腕に力を込め、後方に思いっきり横なぎに振るった。周囲1mほどにまで一気にパンプアップされた左腕が一息に追っ手に向かい、唸りを上げた。


彼は確信した。見た目は醜いが、これが神の与えた俺の特異能力チートだ。きっと追っ手を粉砕できる。そして彼はこの世界で、伝説の怪物として君臨するのだ。



「お、逃げねえのはありがてえ判断だ―――『絶閃』」



小さく光が閃いた気がした。

その瞬間左半身が一気に軽くなり、力いっぱい叩きつけようと踏ん張っていた彼はバランを失って地面へとその身を投げ出す。


斬られた。痛い。何で。俺は。異世界で。痛い。こんなこと。


地面に落ちてビクッビクッと不気味に痙攣する左腕に呆然、暁人はこちらに歩み寄ってきた男を見上げた。身長は170cmほどか?暁人とそう大差はない、右手には相変わらず刀を持ち、その刀身には青色の液体がべっとりと付いていた。信じたくはないが暁人のものだろう。



「随分逃げ回ってくれたが、これで終わりだ」


「な、何でだよ……俺が、何したってんだよ!何なんだよお前は!」



必死で叫んだ。何故かも分からず殺されてたまるか。

そんな叫びを聞いた男はしばし考え、暢気にもこう答えた。そういえば言葉は通じるんだな、などと場違いな感想がよぎる。



「あーお前さんからしたら理不尽だな。でもこっちも仕事なんだわ、お前さんみたいな世界の外からの来訪者―――『転人まろびと』は、見つけ次第殺す。そんだけだ」


「俺は、俺はまだ何もして―――」


「そりゃ何かされてからじゃ遅いだろ。……恨むなら神様を恨め、じゃあな」



無情にも刀が振りかぶられ、暁人は必死に生えかけの右腕をかざした。

が、唐竹割りに振り下ろされた刃は右腕を豆腐のように両断し、暁人の脳天から内部へと侵入した。頭蓋を叩き割り、中の柔らかい脳を綺麗に切り裂き、鼻の中ほどまで進んだところでようやく止まる。


痛みを感じる間もなく暁人は即死。その体が、徐々に大気に溶けていく。これが転人まろびとの死んだ証だ。



「ふぃー、依頼完了っと。随分遠くまで逃げられたな、帰るのも面倒くせえや」



男はそれ以上斬った転人まろびとのことを考えることなく、元来た道を歩き始める。

そこで岩陰から何かが飛び出してきた。夜盗かとも思ったが、それなら転人まろびととの追いかけっこの時に気づくはずだ。



「……?何だ、ただの犬か」



その正体は、1匹の白い犬だった。月夜に白い毛が良く映える。野良犬にしてはえらく毛並みが良いのが気になるが……どこか金持ちの家から逃げ出してすぐなのかもしれない。

男は柄に伸ばした手を引っ込め、また歩き出す。



「おいおい待ってくれ(わんっ)」


「っ!?何だこれ。頭の中に直接、鳴き声が…」


「お前のおかげで助かった(ワンッ!)」


「いや喋ってるのお前かよ!じゃあ頭の中の鳴き声はいらねえだろ!?」



犬が喋った。これなら転人まろびとの類かと思うのだが…わざわざ頭の中に鳴き声のテレパシーを送って来るとは一体。



「わんっ」


「人間の言葉がいるんだよ!」


「わんっ(すまん。人とのcommunicationは随分と久々でな)」


「……うん」


「オウッ(先ほどの転人まろびと討伐、見事であった)」



パタパタと尻尾を振って感情表現までしてくれる。本当に何なんだこいつは?



「わんっ(自己紹介が遅れたな)。わふっ(私は神だ)。わんっ(お前の仕事を手伝ってやろう)」


「よし、転人まろびとだな?犬そのものってのは初めてだが……」


「違う!やめろ!(キャゥン!)」



刀を構えた男に犬が焦る。言葉と鳴き声が入れ替わった辺り、真剣に怖がっているようだ。

本来なら問答無用で切り捨てるのだが……確かにこの犬に転人まろびと特有の気配というか、そういったものは感じない。



「じゃあ、お前さんは何者なんだ?」


「ヘッ(言ったろう)。わふっ(私は神だ)」


「……」



まともな犬でもないのは確かだ。



「わんっ(疑ってるようだな)」


「疑わねえほうがどうかしてるわこんなもん……」



いきなり現れた白い犬が人の言葉を操って神を自称する。字面だけでもう頭が痛い。眉間を抑えた男に犬(自称神)はなお得意げに言葉を重ねる。



「わんっ(ならば証明しよう)。わんっ(ここから西にある、流転町)」


「……それで何を証明するってんだ」


「わんっ(そこに明日の夕方、『転人まれびと』が出る)。がうっ(違うか)」


「―――!」



確かに次の依頼地はそこだ。出現の予兆があるから来てくれ、と情報があった。



「わふっ(私は神だからな)。わんわんおっ(『転人まれびと』がいつ、どこに、どんな状態で現れるか分かるのさ)」



本当だとするなら、それほどありがたい情報はない。余計な目撃者、もしくは犠牲者を出さずに依頼を遂行できる。



「……その情報、どのくらい先まで読めるんだ?」


「クーン(うーむ)…わわんっ(お前が私を信用して連れ歩くなら教えてやろう)!」


「やっぱ、そうなるか……」


「わんっ(当然だ)」



仕方がない。ありがたい情報源かもしれないし、しばらくは傍に置いてやることにしよう。ただし!



「飯は自分で用意しろよ。誰かにねだるのもナシだ」


「何っ。人間というのは毛玉に懐かれると、つい餌付けしたくなるものではないのか!?それを狙ってこの姿になったのだぞ!」


「犬の声なしで流暢に喋れるうえに性根が汚え……」


「わんっ(まあ良い)。わんっ(そうだ、まだお前の名を聞いてなかったな)」


刀道とうどう達人たつひとだ。つーか神様なら知ってんだろ」


「わふっ(お前が名乗らねば意味がない)。わんっ(名前とはそういうものだ)」



かくして、1人と1匹による珍道中が幕を開ける。

まず向かうは…達人の泊まっている宿。その距離1.5里(約6km)



「神様よお。デカい犬になれねえのか。背中乗っけてくれよ」


「わんっ(神様が何でもできると思うなよ)」


「はー使えねえ…」

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