退院

このベットで起きるのも最後の日が来た。このふかふかから離れたくない。寝具など寝られればいいと思っていたが、考えを改める必要があるな。


窓の外は暗く、雨が窓にあたる一定のリズムの音を聞いていると、もう一度ベットに横になってしまいそうになるのを気合いで起きる。退院日和と言うわけにはいかなかったようだ。


何時頃に退院なのか、詳しく聞くのを忘れていた。昨日は行為後に何を考えるわけでもなく、楓さんが服を着て部屋を出ていくのを特に引き留めることもなく見送ったが、出て行ったあとも仕事だったのだろうか。いつも過ぎたことを思い出してはあれこれと考えるが、過去が変わるわけでもないのでやめたい。それでも、ふとした時につい考えてしまう。


流れで好きだと楓さんに言ったが、猿のように盛ってしまい大幅にIQが下がっていた時に、流されて好きですと言ってもなんの価値もない言葉だった気がする。医者という職業である彼女は、俺よりも数倍、数十倍も頭がいいのだろう。知的な女性に対してとるべきアプローチとして、下の下で最低なものだったと自分で思う。


いくら男性が少ないとは言え、好き勝手するのも悪くないけど、完全に悪人になれる人間でもない、かといって完全な善人になれるわけでもない。特に特徴もカリスマ性も素晴らしい人間性も持ち合わせてはいないことに悩む普通の人間であることを自覚するたびに嫌気がする。そんな人間性が垣間見えたアプローチになってしまったことがただただしょうもない、振り返るとそんな感情しか湧いてこなかった。


8時半になったので朝食を看護師が運んでくる。ここ数日食事を持ってきてくれていたのは楓さんではなく、看護師だった。楓さんは男性専門医であるわけだが、男性専門看護師というのはさすがにいないのか、食事を運んできてから、出ていくまでいつもガン見どころかもう俺以外見ていないレベル。性的な目であることは誰から見ても明らかだ。

食事を置いたらすぐに出ていくわけでもなく、味は問題ないかとかはじめは事務的な話だが、そこから自分はどんな料理が作れるだの、俺の女性のタイプや異性との交流関係について遠回しに聞いてくる。答えたくなかったので都合よく記憶喪失であることを利用して避けたものの面倒だった。


完全なアピールだったわけで最初は悪い気もしなかったが、病院で特にやることもない場所ということもあり、食事という少ない楽しみを何度も邪魔されるのはさすがに気分が悪い。


「今日の献立は———」


今も献立について説明しているが、正直必要性もなさそうで耳に入ってこない。この後もいろいろ聞かれるのは面倒だ。

今日で退院できてよかったと考えていると、ドアの開く音がする。 

真っ白な白衣がゆらゆらと揺れている。楓さんかと思って、視線を上にやると、検査の報告の時に楓さんの代理だった眼鏡をかけた女性が入ってきた。


「佐久間先生、おはようございます」

「おはようございます」

「それじゃあ、私は失礼します」


眼鏡の女性が入ってきて血相を変えた看護師は、そういうとそそくさと部屋を後にした。


白衣の女性が近づいてて、ネームプレートが見えるまでの距離になる。名前は佐久間 雪穂と書かれている。


「もしかして、あの看護師がなにか迷惑をおかけしましたでしょうか」

「まあ、ちょっとはそうかもしれないですね」

「次回以降は問題のない看護師に担当させます。申し訳ございません」

「今日だけでもお願いします」

「今日で退院ですか?」

「そうですけど、退院のことで何かあったから来たのかと思ったんですが、違いますか?」

「その件ではなく、少し個人的なことで質問したいのですがよろしいですか?」

「個人的なことですか?」

「あなたの担当医である小室が、最近どうも様子がおかしいです。あなた、何か知りませんか?」

「・・・・・いや、特に思い当たることはないですね」


思い当たることしかないが、別に親しいわけでもないし関係性を明かすメリットも特にないので黙っておくことにした。


「そうですか、ありがとうございます」


それだけ聞いて立ち去って行った。


「一体何だったんだ。助かったからいいけどさ」




そのあと特にやることもなくテレビを見ながら二度寝しようと横になっていたが、疲労しているわけでもないので、眠いわけでもなくいたずらに時間が過ぎていく。


正午になり昼食の時間になった。


「お昼の時間ですよ~」


またもゆらゆらと白衣が見える。やっとお目当ての人物がきてくれたようだ。


「おはようございます、楓さん。今日のお昼は何です?」

「今日は豆腐のハンバーグとオムレツとオニオンスープです」

「おいしそうですね」

「・・・・・恭介さん。うちの看護師が迷惑をおかけしてごめんなさい」

「たいして気にしてないから大丈夫です」

「私が気にします。あなたは最初にあったときからずっと隙が多すぎます。それに今回だっていやならいやとはっきり言わないとだめなんですからね」

「気をつけます。でもはっきり言うのって難しいんですよね」

「遠回しな言い方でもいいんです。例えばですけどその・・・お付き合いしている女性がいるので、とか・・・」

「ふーん」

「とにかく、言い方は何でもいいのでしっかりと意思表示することが大事ですからね」

「次から善処します」


照れ顔で言うのがずるい。彼女は弱いところいちいち突いてくるのでますます入れ込んで行く気がする。あの看護師のような女性が大半というのは疲れそうだ。グイグイくる感じが嫌いと言うわけではないが、俺は追われる恋より追う恋のほうが燃える。動物なら犬より猫派。あくまで傾向としてというだけだが。

押しと引きのバランスがちょうどよく刺激と誘引で、蜘蛛の巣に絡め取られそうだ。


「それで、今日退院できるんですよね」

「はい。ただ今日は午後まで仕事があるので、終わるまで待っていてもらうことになりそうです」

「わかりました」

「それから、男性専門医の規定でしばらくこの関係はおおっぴらにはしない方針でお願いします」

「何か理由があるんですか?」

「いろいろとうるさい団体とかもいるということもありますし、男性と公然といちゃいちゃして逆恨みされる事もあるそうですので、あまり推奨される行為ではないですね」

「そんな団体がいるんですね」

「私もそのような団体がいることに最初はびっくりしました。やましい気持ちだけでこの仕事が務まるわけでもないので少しはリスペクトしてほしいと個人的には残念に思っています」

「でもやましいことを全く考えないわけじゃないですよね?」

「それは・・・まあそうですけど」

「随分素直に認めるんですね」

「今更綺麗事言ってもやましいことをしてる現実が変わるわけじゃないですからね。でも男性専門医と患者のカップルは結構多いんです。多くの男性は人としての営みを拒んでいるわけではなく、ただ妊娠の際の道具として見られるのが嫌なだけで、それをしっかりと認識できる職業の一つではあると自負しています」


前の世界でも、女性を子供を産むための道具としてしか見ていない男性や性的なものでしか見ない男性がいたのだろうが、この世界でもそれは変わらないのは人間の本質というやつなのだろうか


話しながら昼食を食べ終わると、食器を持って部屋を出ていこうとする。


「では、仕事が終わったらまた来ます」

「首をながくして待ってますよ。仕事頑張ってください」



いつの間にか窓の外は、晴れていて窓から日差しが入ってくる。食事のあとで少し眠くなってきたので、ベットに横になる


そういえば探偵に過去について調べる依頼をした金をどうするか。とりあえず楓さんに借りるか?

返す手段も今のところ思いつかないし、それなりの額になりそうなので、いきなり関係が悪化するなんてことになるのも嫌だが、それしかないならそうすることになるだろう。

この世界の俺の家族はどんな奴らなのか。自殺する”僕”を止めるほどの影響力を持っていなかったことを考えると、やはりろくでもない奴らなのか。

俺も家族と仲が良かったわけじゃないが、悪かったわけじゃない。それでももう会えないかもしれないと考えると少し寂しいと感じるのは、人の営みと言うやつが恋しいのかもしれない。


知らない世界で今のところ信頼できると期待できるのは楓さんだけだ。あの看護師のような女性ばかりでは俺もこの世界とおさらばしたくなってしまいそうである。彼女との信頼関係のためにもでまかせで記憶喪失だと言ったことは嘘であることを打ち明けるべきか。どうせたいしてごまかす気もないので、必要のない嘘をつくのはやめたい。真実かそれに近い納得できることを話すべきか。


当面の間は、信頼できそうな人物を見つけることを目的としたい。一番可能性があるのは家族だろう。家族なら常に性的に見られることもなく快適に過ごせることを期待できるだろう。それに俺は一人っ子なので妹か姉でもいたらあってみたいものだな。



いつの間にか寝ていたようで、空は橙色に染まっている。9月も下旬に差し掛かり、そろそろ日が短くなり始めるころなのだろうか。夜も月がきれいに見えそうなことを予見させるようなきれいな夕焼けだ。


月がきれいですねという有名なフレーズはこの世界にも存在するのだろうか。100年ほど前から男性が減少しているだとしたら夏目漱石にも影響があるかもしれない。もしかしたら世界大戦も起こっていない世界なのだろうか。男性の減少という人類共通の敵が、人類の平和のための必要悪となり、世界に平和をもたらすのか。あるいは男性という資源をめぐってさらなる争いが発生するのか。近現代の歴史を学ぶのが好きだったので、ここをでたら、ぜひともその辺のことを調べてみたいところだ。


頭の中でどのような歴史だったのか想像して、暇をつぶしていると静まり返った廊下にコツコツ、とヒールが地面にあたる音が一定のリズムで響く。次第にその音が近づいてきて楓さんが顔を出す。

紺色のパンプスに、太ももからくるぶしまでがゆったりとひろがったパンツ、上は白のカットソーで全体的にシンプルだ。

白衣やスーツのピシッとした服装とは違うのに、できる女の雰囲気が崩れないのはさすがというかあっぱれというか。俺が彼女の部下で、ひいひい言いながら仕事こなす姿が容易に想像できそうだ。仕事でミスをしてガミガミ言われるのもなかなか悪くないシチュエーションだが、怒ったらこわそうだなぁ。


「お待たせしました恭介さん。行きましょう」



病院を出て、すぐタクシーに乗り込む。スーツしか着れるものがなかったが、着替えるのが面倒だったので患者服のままだ。運転手が不思議そうな目で見るのも無理はない。


「ここから遠いんですか?」

「いえ、歩いても15分程度なのですぐ着きます。仕事が結構きついので、通勤だけでも楽なほうがいいと思って職場の近くに住むことにしました」

「やっぱり大変な仕事なんですね」

「最初はつらい以外なかったくらいつらかったですね。だいぶ慣れては来ましたけど、一人前はまだまだです」

「男性専門医はほかの医者と比べてつらいとかだったりするんですか?」

「男性に対する初期診療は基本、男性専門医がおこないます。病名が診断できないときや、私の専門外のことについては男性専門医の付き添いで他の診療科の医者に診療してもらいます。それから精神的な病や、男性泌尿器科の役割も持っていて、幅広い知識が必要なのでかなりきつい科ではあります」

「それは、かなり大変そうですね」

「それでも、一番きつい診療科ではないので何とか頑張ってます」


医者など過去に一ミリも志したことなどなかったが、医者の話を聞くのは貴重な体験でおもしろい。彼女の家に着くまでそんな医者トークを話してもらった。


「ここです」


それほど高くはないがなかなかいい感じマンションについた。激務そうだし給料はいいのだろう。静かそうな場所で近くにほかの高い建築物もなく日当たりもよさそうだ。


オートロックの玄関を通りエレベーターに向かうのを、そわそわしながらついていく。マンションなんて入るの初めてだ。

エントランスを通り過ぎて、エレベーターに乗る。楓さんは5回のボタンをおしてエレベーターが上昇し始める。


5階に到着して、エレベーターを降りてすぐの部屋に向かう楓さんの後に続く。


鍵を開けて中に入り、奥に進むにつれて他人の家の、正確には女性の部屋の匂いが鼻をくすぐる。柑橘系という感じではなく控えめで、フローラルっぽい匂い。大人の女性の部屋って感じだ。間取りは1LDKで広めで立派なマンションは中身もご立派である。俺も大学生になってからは一人暮らしだったわけだが、オンボロアパートとは大違いだ。


ただ部屋にはあまり生活感がない。モデルルームに入ったのかと思うほどだ。


「夕食にしようと思うんですけど、その格好で外食は目立ちますし、出前とかでもいいですか?」

「いいですね。病院食は健康そうなのばっかりだったんで、ピザとか久しぶりに食べたくなってきました」

「じゃあ、注文しちゃいますね」


女性が料理を作るという古臭い考えが、元から存在するような世界ではないのだろう。楓さんならパッとおいしそうな料理ふるまってくれるだけの能力はありそうだが、自分で作るという考えが一般的でないからそうしないだけかもな。


電話がつながって注文に必要な情報を店員に話している。部屋のなかをうろうろしたり、姿勢をかえたりする。なぜかこういう電話注文ってふわふわとした気分で落ち着かないよなぁ。


定位置が窓の前に決まったのか、外の景色をみながらで電話するので落ち着いたようだ。時折髪の毛が揺れて光沢が動き、黒髪が映える。

またしても俺に背を向けるとは舐められたものだ。これは恒例となったあれを決行するしかない。


ソファーから立ち上がって、彼女の背中に近づく。びっくりさせないようにゆっくりと片手をスマホの持っている腕に差し込んで、腰に触れる。少しづつ抱き寄せて密着していきながら、もう一方の手で髪の毛を触りながら匂いを嗅ぐ。さらさらの髪の毛が触り心地がよく、部屋の匂いと同じようないい匂いが強く香る。部屋が暑いせいほんのりと汗をかいていてほんのりとあったかい身体に安心感が良い。


「ゴホン、それでどのくらいかかりますか?」


彼女はわざとらしく咳払いをして抗議しているが、無理やり拒否するほどでないなら大丈夫だろう。それに今は性的なことをしようとは考えていない。無論この人間の体の温かさを感じて、胸に手をのばしたくないと言ったらうそになるが、今日考えたことは頭の中にしっかりと残っている。次は彼女が求めてくるまでこちらからは迫らない。彼女の自発的な意思を尊重することが、やはり大事だろう。それが俺なりに考えた、知性ある彼女に対して導き出したアプローチだ。もともとはそうしたかったが俺が我慢できなかっただけだ。


「恭介さんはなにか、食べたいピザとかありますか」

「特にないので、楓さんに任せます」

「そうですか」


ちょっと冷たい気がするが、気に留めないでいろいろと楽しんだ。


「ええ、はい、よろしくお願いします」


注文がおわったのか、スマホを耳から離す。


「ちょっと、電話中はやめてくださいね」

「すいません」

「・・・それに名前、呼び捨てお願いします」

「それについてはやっぱりさんづけのほうがしっくりくるんで、しばらくはさんづけで行かせてください」

「まあ、いいですけど」


楓さんはピザを店頭受け取りしに行くついでに男性でも着れるシンプルな服やその他足りないものを買ってくるということで、すぐに出かけて行った。申し訳ないが俺には特にできることもないので、テレビを見る。ちょうどニュースの時間帯なわけだが、当然映っている人物は全員女性なのはもう違和感がないが、美人が少ない。女性しかいないなら顔採用がない世界ってことなのか。他にも、恋愛小説が原作の映画のコマーシャルが流れるが、男性役がは当然女性だ。宝塚にいそうな感じのハンサムで中性的なため申し分はなさそうだが。こんなところにも影響があるとはな。




玄関が開く音がして楓さんがリビングに入ってくると、部屋が強烈なピザの匂いでいっぱいになる。人工の食欲を誘う匂いが随分と久しぶりだ。



健康食を食べ続けた後にジャンクフードを食べるとくそほどうまい。2種類の味が楽しめるハーフアンドハーフで、半分が明太子のピザだ。以前明太子パスタが好きだといったので、そうしてくれたのだろう。

最初は勢いよく食べ始めたが、一枚一枚が見た目以上に満腹になる。最後の一枚は食べるのが苦しいほどだった。


腹がいっぱいになったらあとは風呂にはいって寝るだけだが、一番風呂は当然家主である彼女が入るべきだろう。最初はお先にどうぞと譲らなかったが何度か断ると納得して風呂へと向かった。俺はお客さんではなく居候のほうが近い。働かざる者食うべからずだ。俺は病院で寝てただけだしな。



彼女が風呂から上がったので、俺もすぐに入る。湯上りの彼女が目に毒だったから。


風呂も女性が使うことしか考えられていないか、男の俺にはやや小さいが、それでも湯船につかるのは久しぶりで、疲れが取れる気がする。日本人はやっぱりお湯につかるのが体に染みついているものだ。


風呂の中は考え事をするのに最も適しているというのが俺の考えで、今は楓さんには記憶喪失についてどう弁解すべきかが頭の中を占領した。



この世界では楓さんのような俺から見てまともだと感じる女性が予想以上に貴重だと毎日のように実感させられた。故に彼女との関係も大事であるということは実感したわけである。


となれば、答えは一つしかないわけだが、問題はどう説明するかということだ。俺の経験したことをそのまま話して、そのまま信じるかは怪しいところだが、最初にあったころと比べれば幾分の信頼関係はあるはずだ。気味悪がられても、精神病院送りは避けられるだろう。


風呂を出て彼女が買ってきてくれた白のTシャツと黒っぽいズボンに着替える。パンツは病院にいたとき提供されていたものとデザインが一緒なのでそれを帰宅の際にいっしょにもってきたのだろう。


リビングに戻るとパジャマ姿の楓さんがソファーに座っていた。今までの服装と比べるとどうしても幼く見える。心なしか眠そうだ。


「服のサイズはそれで大丈夫そうですか?」

「ちょうどいいサイズです。ありがとうございます」

「それはよかったです。もう眠かったら私のベットを使ってもらって構いません。私はソファーで寝ますから」

「いえ、そういうわけには————」

「だめです。退院したとはいえ入院していたのですから、そんな人をソファーに寝かせるわけにもいきません」


と断固として拒否してきたのでおとなしくベッドで寝ることにした。


話している間に、風呂上りのいい匂いがする。嗅覚を刺激して思考を妨げる。またしても邪な考えが頭をよぎるが、それを抑えてするべきことをしなければと切り替える。


「突然なんですけど、楓さんに一つ話さなければならないことがあるんです」

「なんだか怖いですね。話さなければならないことって何ですか?」

「・・・俺は記憶喪失だって言いましたよね。それは本当のことではないんです」

「・・・まあ、思い当たらないことがないわけではないです。記憶喪失だという割にはあまりに情緒が安定しすぎているというか、本当に記憶喪失なのか疑問には思っていました。でも記憶喪失だと嘘をつく理由がわからなかったので、本人がそういうならそうなのかということでとりあえずは納得していましたが」


やはり疑われてはいたらしい。打ち明けただけでも、関係性にそこまでの悪影響は与えないと信じたい。問題は次だ。


「なぜ嘘をついたのか、そのことを説明させてください」

「わかりました。教えてもらえますか」

「結論から言うと、今この体に存在する人格はこの女性が少ないという世界とは違う別の世界にいた人格なんです」

「・・・いったい、何を言ってるんですか?」

「ふざけて言ってるわけじゃないですよ。それで元の世界では男性と女性の人口はほぼ一緒の世界なんです。この世界の100年前と状況として同じような世界ってことです」

「楓さんは俺に女性に対する警戒心がないといいましたね。それは俺が女性を警戒する必要のない世界の人格だからです。男女のカップルがたくさんいて結婚して子供を産むのが当たり前の世界、男女ともに同程度の立場で共存していきているのが当たり前なので女性に警戒心を抱くどころか、女性が男性に性的なことに対する警戒心を抱くような世界です。

なぜこうなったかは不明ですが、この世界の桐谷恭介の自殺がトリガーとなって人格が入れ替わったのがそんな世界の俺の人格なんです。最初はなぜ自分が病院にいたのかすらも分かっていなかったので状況を知るために記憶喪失だと嘘をつきました。あまりにも非科学的で信じてもらえないかもしれませんが」


「・・・・・・いままで感じていたことと辻褄は合いますが、それでも信じがたいですね。元の人格は今は完全にいないのですか?」

「おそらくは」

「入れ替わったと気がついたのは検視室で会ったあの時なんですよね?」

「そうです」

「どうしてこんな信じるかもわからないことを打ち明けてくれたんですか?」

「楓さんには本当のことを言っておきたいと思ったからです」

「・・・・・・少し整理したいので一人にしてもらってもいいですか」

「わかりました。俺のこと信じてもらえたらうれしいです。お休みなさい」


そういってリビングを出た。



とはいえ、特に疲れてもいないのでねむくないし、女性のベッドですぐに寝れるほどのビッグな人間でもない。いい匂いはここにも健在で眠気どころか、悶々とするだけである。


混乱するのは当たり前だ。肉体関係まですすんだ女性にいきなり多重人格者ですと言われたら、俺もショックで放心することはあるかも。似たようなことだろう。


彼女が今頃何を考えているのかしばらく想像しているとだんだん眠くなってきた。


その時寝室の扉がゆっくりと開いて、楓さんが入ってきた。


「恭介さん、もう寝てますよね?」


そりゃあれから1時間くらいはたっていそうだから、普通だったら寝てるだろう。

でももう少しで眠れそうなので特に返事はしなかった。

彼女は寝てるかどうか確認しに来ただけだと思ったが、部屋の中に入ってきてベットの上に座り、俺の頭を撫でたり、頬や唇を手で触ってきた。


最後におでこにキスをして満足したのか、部屋から出て行った。

おかげで寝るのにかかる時間が少し増えた。

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