彼という存在
深見萩緒
彼という存在
自分の存在意義を考えたことがあるかと問われたら、おおよそ思春期というものを経験した者であれば多くがイエスと答えるに違いないが、俺の場合は一風異なっていて、俺にとって「自分の存在意義を考える」とは人生の一過程において、さながら格好をつけて座っているだけで終わる成人式典のような儀礼的な自問では決してなく、むしろその問いこそが俺の存在意義であると結論づけられ得るほど本質的なものであり、しかし未だ結論が出ずにいるのは怠惰のせいなのか、それとも世界の残酷さゆえなのかすら分からず……平凡な人生が欲しかった、などと自己憐憫に浸って人生を浪費するくらいならば、いっそ周囲をアッと驚かせるようなことを――それが善行であるか悪行であるかは重要ではない――とにかく何かやらかして、俺という存在を世に知らしめてやりたいという、虚栄と承認欲求とある種の自己破壊願望に満ちた思考にも陥り、頭を抱えているところにトコトコ寄ってきた少年が俺の顔を覗き込み、不思議なことに彼が笑うと世界の境界線が瞬く間に
輝き
ひび割れ
何事もなかったかのように
壊れた部分を修復し
液体は溢れることなく
気体は漏れ出ることなく
少年の微笑みがぼんやりと白っぽく照らされるのが少し恐ろしく、俺は彼に手を伸ばすが少年は首を横に振って一歩後ずさり――その一歩は俺にとって千里の意味を持つと少年は知っているはずなのに、要するに俺に救いの手を差し伸べるつもりはないという確たる意思表示と受け取るべきなのだが、諦めきれず、死体にすがりついて泣く寡婦のごとく手を伸ばし……すると指先に厚い強化ガラスが触れるので、俺はまた「自分の存在意義を考える」という行為に戻らざるを得ず、恨めしげに少年を睨み付けるが彼は笑みを浮かべたまま
輝き
ひび割れ
何事もなかったかのように
壊れた部分を修復し
液体は溢れることなく
固体は継続され
気体は漏れ出ることなく
個体は継続され
継続され、継続され、意味もなく継続され……
俺は守られた世界の中で培養され、へそに繋がれたプラスティックのチューブから完全に満たされた栄養を流し込まれ――これは比喩ではなく間違いなく現実で、だからこそ俺は考え、考え、考え続ける運命にあるのだが、でも、ああ、もう消えるのだから――最期に一度くらい恨み言も許されるだろうと、培養液の中から外界へ、
くだらない千文字のために、身勝手に
彼という存在 深見萩緒 @miscanthus_nogi
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