純に愛すると書いてヤンデレと読む
「次ハ我ガ暴露シヨウ。我ノシークレット性癖ハ『恋人が好きすぎて恋人以外全て敵と思っちゃうお茶目な娘』ダ」
「ん?」
「は?」
「え?」
虫人のシークレット性癖の暴露に、三人は驚きの声を挙げました。
「コレハ我ノ八番目ノ妻ニナッタサキュバス帝国ノ…」
「ちょ、ちょっと待った! 今のなんだ?」
三人の驚きを余所に説明を続けようとする虫人に対して、無個性人が待ったをかけます。
シークレット性癖の暴露中に待ったをかけるのはマナー違反ですが、参加者四人の内の三人ともが同じ気持ちの様なので、これは虫人も了承せざるを得ません。
「分カリ辛カッタカ? コレハ所謂ヤンデレト呼バレル過度ナ愛情表現ノ症状ノ一ツデ…」
「違う違う、性癖の内容じゃなくて…」
机に付していた狼型獣人も思わず顔を上げ、虫人に突っ込みを入れます。
「デハナンダト言ウノダ」
「もう一回シークレット性癖を言ってみてー。 出来ればゆっくりと」
小人も普段は細めている目を開いて、珍しく真剣な顔で言います。
こんな顔をする小人はそうそうお目にかかれません。
「イイダロウ。我ノシークレット性癖ハ『恋人が好きすぎて恋人以外全て敵と思っちゃうお茶目な娘』ダ」
「「普通に喋ってる!!???」」
三人は声を揃えて驚きます。
普段はガチャガチャとした擦れた様な声色の虫人が、シークレット性癖を紹介する時だけとても渋くて良い声を出す等、誰が予想出来るのでしょう。
「お、お前…それどうやってるんだよ……」
「ソレ…? アア、……んん、この事か? 普段は顎部の皮膜を擦り合わせて発音しているが、こうして喉の声帯を使う事も出来る」
「なんて耳に響く低音なんだ…」
「めちゃくちゃイケボだー」
無個性人の問いに虫人は渋い声で返し、その渋さに狼型獣人と小人は感動して若干涙ぐんでいます。
二人は種族的に低音域が心を揺さぶる音域になり易いらしく、まるで名器の弦楽器の音を聴いたかの様な精神状態に陥っています。
「なあ、シークレット性癖はその低音で説明してくれないか? もっと聞いていたい…」
「そうか……では、今回はこちらで説明しよう」
狼型獣人のうっとりとした期待の眼差しを受け、虫人は少しだけ思案した後、この重低音の渋い声でシークレット性癖の説明をする事を決めました。
「最初から説明するが、我のシークレット性癖は『恋人が好きすぎて恋人以外全て敵と思っちゃうお茶目な娘』だ。所謂ヤンデレと言われる過度な愛情表現の症状の一つであり、我は
これは様々な人種が暮らすこの大陸ならではの学問である、感情学から発生した概念です。
「以上だ」
「ん?」
「は?」
「え?」
虫人のシークレット性癖の暴露に、再度三人が驚きの声を挙げます。
「なんだ? まだ可笑しな所があるのか?」
虫人は三人の反応を見て、やれやれと言った様子で副腕を横に広げます。
「いや、もっと説明は?」
「これ以上必要か? 我以外を敵と思い、我だけを必要とする状態だ。愛されているのを感じる。我も愛してやりたくなる」
「なんかエピソードとか無いのか?」
「そうだな……この性癖の切っ掛けになった八番目の妻のクランベリーは元暗殺者だ。帝国の命を受けて我の命を奪いに来たのだが、我の元に来るという事は生きて帰れぬ前提の使い捨てを意味する。我はそれが気に喰わぬので直接帝国に出向き、『詫びとしてこいつを貰い受ける』と言って妻にした」
「ひゅー、おっとこまえー。それでそれで?」
「後は特に変わった事は無い。その時からクランベリーは我以外を敵と思い、我の為に生きると言い始め、クランベリーの我を愛する気持ちが他の妻に伝染り、妻が八人とも我以外の人間を敵視する様になった。家族の中が深まるのは良い事だ」
虫人は三人の質問に答える形で性癖の補足と妻ののろけを語ります。
シークレット性癖と言っても妻達により目覚めた性癖なので、わざわざ隠すまでも無いという事なのでしょう。
「いやぁ、でもちょっと重くないかそれ。いくら夫婦と言っても他の人間全員を敵視するのはやりすぎだろう」
「あー、それまず…」
ヴィヨン シュンシュンシュンシュン
狼型獣人が虫人の妻達の事を軽く言及した時、小人の忠告を遮って狼型獣人の周囲に七つの立体型魔法陣が浮かびました。
円錐型の立体にする事で指向性と威力を高め、複数展開しても陣が混ざらない工夫をした匠の業です。
ゴオォ ビュシュー ガギン ビュオー ズガン バシュー ピキン
「うおっ!? 危なっ!!」
そして魔法陣は狼型獣人を囲むと同時に、それぞれから別々の属性の魔法を放ちました。
通常ならば避けることが不可能な必殺の包囲網ですが、狼型獣人はそれを身を捻る事で紙一重で躱します。
「なんだなんだ!?」
「おー、避けるねー」
狼型獣人が避けた魔法はそれぞれの属性が立体魔法陣と作用し合い、反発と吸収を繰り返して魔法陣ごと消滅します。まともに受けていたら狼型獣人の肉体も一緒に消滅していたでしょう。
ちなみに、店内で攻撃魔法を使用しても店が傷付かなければ店員は気にしませんし、客達は(そういう性癖か)と思うだけなので大丈夫です。
ヴィヨン ヴィヨン ヴィヨン ヴィヨン ヴィヨン
「げ!」
本来ならば必殺である一撃を避けられたからか、今度は先程の五倍の量の魔法陣が狼型獣人を包囲します。それも大小様々な立体魔法陣による複雑な包囲網で、致命傷を避けたとしても毒や酸や呪いやらで何らかの後遺症が残るガチな物です。
流石にこれは狼型獣人も覚悟を決め、一瞬で致命傷を避ける為にはどう動いたら良いのかを計算します。
「よい、止めろ」
ブォン パキンパキンパキン
魔法陣から魔法が放たれようとした瞬間、虫人が静止の声をかけながら手に持った不思議な光沢のするナイフで立体魔法陣のいくつかを切り裂きました。
「こいつも悪気があったわけではない。帰ったら愛してやる」
そして虚空へ向けて狼型獣人のフォローを入れます。
すると、狼型獣人を包囲していた残りの魔法陣が音も無く解体され、ピンク色のハートの光だけを残して消えました。
「助けてくれるなら最初のからやってくれよ…」
「あれぐらいは何とか出来るだろう。大戦の英雄の名が泣くぞ」
狼型獣人は魔法陣が消えたのを確認すると、全身に張り巡らせた魔力を解除し、いつの間にか銀色に輝いていた大毛を元の茶色へ戻します。
「もしかしなくてもー、奥さん達から監視されてるよねー?」
「監視ではない。我の目と耳が妻達と繋がっており、我が知り得た全てを妻達と共有しているだけだ。可愛いだろう?」
「それ…いや、なんでもない……」
妻にプライベートを支配されている事を可愛いと表現する虫人を見て狼型獣人が何かを言いかけますが、先程の失言を思い出して途中で止めます。
性癖も愛の形も人それぞれですからね。
「なる程。通りでお前が来た時からずっと俺に向けた魔法陣が構築され続けていたのか。可愛い嫉妬だな」
「飲みながらなんかやってるなーって思ってたけどー、魔法陣を分解してたのー?」
「発動前に潰すとは、流石は分解の達人」
「多種多様な人種を解剖するのに比べたらこんぐらい楽勝だ。失敗しても自分が死ぬだけだしな」
「おい、それならこっちに向けられたのもやってくれよ」
「自分でなんとか出来ただろ? 甘えんな」
実は無個性人はずっと虫人の妻達から攻撃を受けていたのですが、この程度は可愛い物だと笑って流しました。
流石に周囲を巻き込む範囲型の魔法ならば止めさせる必要がありますが、個人を傷付ける程度ならば子供の遊びみたいな物です。
虫人も妻達がそこまで愚かとは思っていませんし、自分が妻達にそんな事はさせないという自信を持っています。
「それと、妻達に喉の声帯を使うのは自分達と居る時だけにしろと懇願されていた。こいつには嫉妬だが、お前があれだけの攻撃を受けたのはそういう理由もあったのだろう」
「あー、これは攻撃されても仕方ないねー」
「そりゃ自分達だけの特別を盗ったんだからそうなるわな。俺だってそうする」
「そういうのは先に言ってくれよ…」
虫人は最後にちゃんと妻達のフォローを入れるのも忘れません。伊達に八人も妻を迎えていませんね。手慣れています。
「よーし、じゃあ次は僕の番かなー」
虫人の話がひと段落したのを見計らい、小人が性癖ノートを受け取って自分の性癖を書き連ねながらそう言います。
小人がノートを書く姿は子供が落書きをしている様な姿にも見えますが、ここは性癖酒場。未成年は入れませんし、未成年にこんな性癖はまだまだ早いです。
そして、小人はノートを書き終えると、わざとらしく子供っぽい口調で言いました。
「僕のシークレット性癖はー、ずばり『赤ちゃんプレイ』ー!」
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