そして知る、残酷な真実

 「城崎璃亜さん。あなたのお兄さん――お兄さんだと思っていた、城崎礼音しろさきれおんさんは、あなたがお父さんだと思っていた城崎大雅しろさきたいがさんと、あなたのお母さんではない別の女性――仮にA子さんとしておきましょう――の間に生まれた子供、あなたは城崎唯亜しろさきゆあさん――旧姓相川、あなたのお母さんですね――と、あなたがお父さんだと思っていた人ではない別の男性――仮にB男さんとしておきましょう――の間に生まれた子供にあたります。

 わかりやすく言えば再婚相手の連れ子同士――でしょうかね、あなたと礼音さんの関係は。あなたのお母さんとB男さんは、正式に結婚したことも、一緒に住んだこともないようですけれど。

 ですからあなたたち兄妹――実際、兄妹ではなかったわけですが――に血の繋がりはない。養子縁組もされていませんから、法的にも他人ということになります。

 

 ――ここまでは、理解できますか?」


 

 名取は、模式的な家系図を描いて見せながら目の前の若い女――引きこもり特待法にのっとって兄を殺したと申告しに来た城崎璃亜にあくまで警察官としての職務的態度として淡々と説明したが、彼女がどこまで理解できているかは正直なところ疑わしいと感じていた。

 城崎璃亜は、看護師として働いているというだけあって身なりや服装はそれなりに調っているのだが、身体は痩せ細り、表情には生気がない。目の下には青々としたクマがはっきりと刻まれている。しっかりと見開いているが焦点の合わない目で、こちらを見ることは見ているが視線を合わせようとはしない。癖なのだろうか、しきりに指先で机をつつくコツコツという音が狭い小部屋ブースの中に響いている。

 今、こうして向かい合って座って様子を見ている限りでは、犯行当時、彼女に十分な責任能力があったかどうかが問題になりそうだ。勤務先の上司や同僚の話を聞いてみなければ、彼女がいつからだったのかは判断できないが、もしかしたら犯行前から彼女は精神を病んでいたのかもしれない。

 

 ともかく、心神耗弱状態が認められれば彼女には減刑の余地があるわけだが――そんなことを考えていると璃亜が口を開き、


 「じゃあ……こんな奴でも兄だからと思って、家から出ないで頑張ってたのも……意味なかったってこと? 私は赤の他人の世話を、一生懸命……してたって、こと?」


 か細い声で言葉を紡ぐ。その表情は苦しげに歪んでいる。



 「そう――なるかもしれませんね。そもそも、あなたには家を出て行く自由はあったはずですよ、城崎さん。たとえ本当の兄妹だったとしても、あなたが背負い込む義務はないんですから」


 引きこもりがこんなにも増えたこの時代にも、道義的責任とかそういうものを気にしてか甲斐甲斐しく引きこもり当事者の世話をする家族は少なくないが、そんなことをする必要などなかったのだと、名取は伝えたかった。家庭内の引きこもりと接するのがつらければ逃げて構わないし、そうしたところで誰も責めない。璃亜だって小さい頃はいざ知らず、大人になってまで家にとどまって兄の犠牲になり続ける必要などなかった。なのに何故、彼女は家にとどまったのか。そうするしかないとでも、思いつめてしまったのか――彼女の心情を想像するとやるせなかったが、自制心を働かせ、その思いを表に出すことはしなかった。


 

 城崎璃亜の次の発言は、予想外のものだった。


 「あいつが言ってたこと……あの女、俺の母親じゃないって……あれ、本当だったんだ……」


 

 どうも、会話が成立していないというか、前後の発言に脈絡がないというか、そういった風情だが、その発言からは、彼女と兄の間に何か、血縁関係に関する会話があったことは想像がついた。しかし、その上で名取はコメントを控えることにした。いずれ、彼らの間にどういったやり取りがあったのかについて細かく聞き出す必要はあるが、それは名取の仕事ではないからだ。

 

 城崎礼音と城崎璃亜の出生にかかわった男女四人の間には込み入った事情があったのだろうし、その詳細を子供たち――特に、璃亜に対して伝えなかったことについても、何かしら事情があったのだろう。そのことも、今、この場で名取が関知するところではなかった。

 


 伝えなければならないことを、とにかく淡々と伝える。それが、名取の役割である。


 「城崎璃亜さん。あなたは今後、通常の刑事事件の被疑者として取り扱われます。この後、担当部署に引き継ぎを行うこととなりますが、少なくとも、逮捕、拘留は免れないでしょう。あなたは――同じ家で引きこもっていただけの赤の他人をいたぶって殺してしまったのですから」


  引きこもり特対法において、殺しても罪に問われない対象は、あくまで「三親等内の親族」である。気の毒だが、法の規定は絶対であり、いくら彼女が相手を実の兄だと認識していたとしても、救済されることはない。



 璃亜は、ただ力なく俯いていた。


 名取には何一つしてやれることはなかったし、かける言葉も何一つなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引きこもり特対法 金糸雀 @canary16_sing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ