第4話 君が望む100円

 望月ハルカが事故に遭った日、それは俺が彼女との「約束」を果たすことができなかった日のことだった。



 その日、「おもちゃのポニー」を訪れたのは、当時集めていたプラモデルの新作発売日だったと記憶している。

 「1999年7の月」にノストラダムスは来なかったし、中学生になって初めての夏休みは目標もろくに果たせぬまま、あっという間に過ぎ去っていった。休みが明けてからも何も変わらぬまま、平凡な日々が続いていた、そんな秋の休日。



 家から自転車で15分ほど掛けて、商店街にある店を訪れた。もっと家の近くにも玩具屋はあったし、さらにもう少し遠出をすれば割引率の高い店もあった。でも、近場の店は品物の扱いが割といい加減で、発売日に店頭に置いているか怪しかった。そして、安さ目当てに時間をかけて遠い店まで行くほど我慢は出来なく、また人気もあって売り切れているかもしれない、そんな理由だったと思う。

「おもちゃのポニー」は特別安くはないけど、行けば確実に欲しいものが売っている、そういう認識の店だった。2階建てで、1階は子供向けのキャラクター玩具からミニカー、ゲームソフトやジグソーパズルが売られいて親子連れが目立つ。2階に上がるとプラモデルやトイガン、フィギュアなどの売り場とともに競技ホビー用のスペースがある。プラモデルでいえば、塗装・改造品を持ち込むとショーケースの一角に展示をしてくれて、時折コンテンストが開かれるのも魅力の一つだった。

 期待通り、お目当ての新商品はしっかり陳列されていて在庫の量も申し分ない。他に買う予定の物もなかったので、寄り道せずにすぐレジに向かう。

 レジに近づいてから気付いた。そこにはいつものおばちゃんの姿はなく、代わりに一人の少女が、ちょこんと椅子に座っていた。頬杖をついて漫画か何かを読んでいる。

 それは、同じクラスの望月ハルカだった。玩具屋の娘だということは知っていて、店や商店街の近くで会うことも何度かあった。学校では部活とか班が一緒みたいな接点もなく、それまでこれといって印象的な会話をしたという記憶も特にない。1学期の頃だったか、クラス委員長をやっていた。それくらいの距離感の、単なるクラスメイトだった。

 店に入った時には、その存在に気付かなかった。レジに気配があっても、そこにおばちゃんがいるのが当然としか考えてなかった。入店時に声をかけてくるわけでもなかったし。

 バツが悪い気分になった。目当てのプラモはもう手に取ってレジに向かっているので、今更元に戻すのも不自然だ。このまま持っていったら「ふーん、こういうの好きなんだ」とかなんとか、いじられそうな気がする。

 迷いながらも歩みは止められず。ええい、仕方ない。無言でプラモの箱をレジに出す。

 まず顔を見て、それから箱に一瞥をくれるも、望月も何も言わず。淡々とスキャナーを手にして箱にあてる。


「店番、頼まれたの」沈黙を破ったのは、彼女の方だった。

「ばーちゃん、野暮用とか言って……どうせ服屋のおばちゃんと世間話してんだろうけどさー」

「そっか」相槌を打つ。特に話を広げるつもりもなく。お金を払ったら、さっさと帰ろう、そう考えていた。

「900円ね」

 お金と、あわせてポイントカードをトレーに置く。

 この店では、独自のポイントカードが使えた。シンプルな紙製カードで、購入金額に応じたハンコを貯めていくタイプ。

 手伝いといえど、同級生が接客をするのを見るのは、なんか気恥ずかしい。親の買い物に付いて行って、スーパーやデパートで同級生と鉢合わせしてなんともいえない気分になった経験を思い出す。普段の学校生活とは違う姿を不意に見られ、また見てしまった、あの時の感覚に近い。普段大人ぶっているのに、食品売り場で母親に「ねえ~、プリン食べたい~」なんて言ってるのを見た日には目も当てられない。

 作業を続ける彼女と目を合わせないように、レジの近くに貼られた新作発売を告げるポスターを読み続けるフリをして、チラっと横目に見てみた。

 望月は精算作業をして、慣れた手付きでポイントカードにハンコを押す。

「あー……ポイント溜まったねぇ。毎度どーも。次、400円引きで使えるよ」

 今日の買い物で、スタンプが用紙の最後まで溜まったようだ。売ってる物の割引率はチェーン店より低いけど、品揃えの良さで通ってきた甲斐があった。


「……ん?遠野、あした誕生日?」

 新しいカードを引き出しから出しながら、彼女がつぶやく。

「そうだけど、なんで知ってんの?」

「書いてあるよ、ここに」

 カードに視線を送る。そういえば、スタンプカードには名前と誕生日も書いた気がする。ご丁寧に年齢も。それに意味があったかは分からない。

「ふーん、そっかぁ……」

 望月はプラモを袋に詰めてから、レジ横のカゴをガサゴソと探りだした。いわゆる「おつとめ品」、大幅に値引きされた投げ売りコーナーだ。

 たまに覗いて見るものの、いくら安くなってても買わないなと思ってしまう、どうにも面白そうに見えない物や、売り時を過ぎた時代遅れの玩具がカゴに溢れていた。

「じゃあ、これ、あげる。誕生日おめでと」

 それはややパッケージが色あせた、たまご…っちではなく、その類似品、いわゆるパチモンだった。

 パッケージには、ネコやウサギのようなユルいキャラクターと、手書き風のフォントで「ラブっち2」と書かれている。

 携帯ペットのブームは1999年当時からみて2、3年くらい前の話だ。その頃、本家の欠品が続く中、たくさんの類似品が発売され「本物が手に入らないならこれでいいや」、的な扱いで遊ばれていた。

 それが1年かそこらでブームが去り、類似品も需要がなくなってダブついたままになっていたのだろう。上から重ねて貼られた値下げシールの多さに年季を感じる。下げに下げられて500円。

「え、ああ、うん…どうも」

 突然のことに戸惑いつつも、礼をいう。普段の買い物袋とは違う、少し上質な花柄の紙袋に入れてから手渡された。袋には「Happy Birthday」の文字が踊る。


「じゃあコレは使ったってことで。ハイ、新しいポイントカード」

 机に置かれた400円分のポイントカードが没収され、新しいものを渡される。

「え?」

「ん?新しいポイントカード、いるでしょ?また頑張って貯めてね~」

 一瞬何のことかよくわからなかったが、一呼吸置いてから、ポイントカードを使って「ラブっち2」を購入したことにされたことに気付く。

「なっ……そんなのありかよっ!ちょっと喜んじゃったよ!」

「まー、いいじゃない。ポイントカードを使っても100円の差額はあるんだし。女子から貰った誕生日プレゼントには変わりないよ?喜べ喜べ」

 いいようにあしらわれている気がする。400円あればちょっとした模型道具の買い足しできるし、単純に400円引きが効けば他にも使い道の候補は多い。それが勝手に使われてしまったことに対する不満と、どうあれ女の子から誕生日プレゼントを渡されたという事実に、複雑な気分になる。

「ラブっち2」が入った袋を抱えながら、反応に困っていると、

「そうだ、あたしもやってみよう、これ。500円分くらいは楽しめそうだし。改めて見ると、なつかしーねぇ…こういうの。」

 とハルカはカゴから別の色の「ラブっち2」を取り出し、パッケージを開けた。財布から500円玉を取り出し、雑にレジに突っ込む。

「小学生のときは、こういうのやってもさ、いつも目当てのやつに進化しなくてさー。何度やり直してもだよ?やんなっちゃったなぁ。今やったらちゃんと出来るのかな。ねえ、遠野はどうだった?」

 あの頃のブームは、広がりに広がって老若男女問わず遊んでいたように思う。自分の周りでも多くのクラスメイトがそのブームに熱狂していた。ゲットできたのが本家のものか類似品だったかは別として。

「俺は……どうだったかな。一番良い奴にはならなかったけど、よくも悪くもない平凡なキャラになったような気がする」

 パッケージの裏面に書かれた遊び方を見ながらつぶやく。

「ふーん…見て見て、これ2つあると通信でお見合いできるんだってー。相性も分かるってさ。やってみようよ、ちゃんと育ててさー」

「あー、なんか書いてあるな。あったあった、通信できるヤツ」

 携帯ゲーム機に通信ケーブルを繋げて、対戦や交換して遊ぶ機能がヒットした頃の商品のようだ。同じことを携帯型デジタルペットでもやれば、ウケると考えて作られたのだろう。パッケージには「通信機能搭載!」の文字とともに、「ホントの恋を見つけよう♡」なんてキャッチコピーが書いてある。

「相性バッチリだったらどうする?どうする?」

 やたらとグイグイくる。女子ってそういう占い的なもの、ほんと好きだな。

「どうと言われても……知らんし」

 相性というのが性格で決まるというのであれば、望月ハルカとは気が合わないだろうなと感じていた。どちらかというと苦手と言ってもいい。

「今度持ってきてね、約束だよ」

「忘れてなきゃな」

 荷物をまとめて店を出る。背中に、ハルカのよく響く声が届く。

「お見合い相手、ちゃんとしたのじゃなきゃイヤだからね!しっかり育ててこいよー!」

 なんだか厄介な宿題ができてしまった気分だった。




「本家」と同じでタマゴから産まれたキャラを世話して、その育て方によって違うキャラに進化する仕組みのようだった。

 そして「オトナっち」という段階になると、もう1台のゲームと繋げることでお見合いができる機能がこのゲームの目玉だった。

 面倒に感じる一方で、こういった玩具をやるのも久しぶりで、やり始めると意外と楽しい。タマゴから出てきたキャラクターは、丸いシルエットに目と口があるだけの状態。自分では何もできなく、空腹になるスピードも早く、満腹にしてあげても意味もなくグズって呼び出しをしたりもする。

 シンプルな仕組みで操作性も悪くない。本家の上っ面だけ真似た類似品はゲームバランスの調整ができていなかったり、玩具の電子部品が粗悪だったりしてろく遊べないものも多かったように思う。クラスメイトが掴んだものがそんな感じだったような気がする。パッケージの日本語もどこかおかしかったり、人気のある版権キャラクターそっくりの絵が書いてあったり。でも「ラブっち2」はゲームとして十分な出来になっており、いくらかのアレンジ要素もプラスになっているように感じた。

 別に少しくらい空腹状態にしたり、呼び出しを無視しても問題はないだろうけど、甲斐甲斐しく世話をしてしまう。

 翌日までには赤ちゃん状態から2段階目に進化をしていた。


 ただの丸い物体から、なにやら耳が伸びてきた。時計画面で設定をいじればスリープにできる機能もあるけれど、やるからにはやろうとこっそり学校まで持っていく。AとCのボタンの同時押し、消音モードにした状態で。

 望月ハルカに話かけられたら、成長度合いを見せてみようかと思ったが、教室で会っても特に会話はなかった。一瞬、目が合ったような気はしたけれど、すぐに友達と喋りはじめてそれっきり。それまで通りの、ただのクラスメイトの関係。

 授業中、前方の少し離れた席に座る望月の後ろ姿を眺めながら考える。昨日「おもちゃのポニー」で会った時との態度の違いに少し困惑する。あれは、その場のノリで言っただけのことなのかもしれない。きっと話かけてみれば、「あー、あったねそんなこと。ごめん、やるの忘れてた」とか何とか言われるに違いない。そんなことを考えていたら、自分だけゲームをポチポチ頑張って、何だかバカみたいに思えてきた。


 そうはいっても、一度はじめた育成を途中で辞めるわけにもいかない気がして、一人黙々とゲームに向き合う日々が続く。学校ではいまだ会話がないままに、かといって他の場所で会うこともなく。

 説明書いわく、3段階目からは進化に分岐が起きてくるようだった。「上手く育てられるかな?」という吹き出しとともに、2つのキャラクターが描かれている。

 今回は世話の甲斐があって、まともそうな方に進化した。足が生えてきたものの、相変わらず何とも形容し難い生物だけど。

「ラブっち」の成長とともに、心の中で何かが次第に大きく育っていたことに気付いたのは、だいぶ後になってからだった。




 それは、誕生日の前日に「おもちゃのポニー」を訪れてから1週間が経った日のことだった。朝、教室に入って席につき、教科書やら筆記用具やらを出し入れすると机に手紙が入っていることに気付く。

「お見合い。今日ウチの2階で待ってるよ」

 ピンク色の蛍光ペンで書かれたメッセージ。宛名はない。

 ちょうどゲームのキャラクターが第4形態である「オトナっち」世代に進化した翌日のことだった。忘れていたわけじゃないのか。でもそれにしたって、それだけの用件なら直接言ってくれればいいのに。

 その後、望月の姿を見つけたが、これまでと同じようにこちらの視線に気にも止めていない。

 俺の「ラブっち」は手間をかけ続けたおかげで、正統派な見た目のキャラに進化していた。パッケージにも写っているやつだ。短い尻尾があって耳が長い……たぶんウサギ。説明書にはキャラクターの名前が書かれていないので、正式な名前も分からない。ウサっちとか名付けておけばいいのだろうか。

 ともあれ、これで文句は言われんだろう。あの日、ちゃんと育てて来い、と言われたことを思い返す。

 やっとこれで、面倒な世話ともおさらばできるな。そう安堵しながらも、手紙の字面を眺めると、なにか少し胸が高鳴るような気がした。

「お見合い……ねえ」



 夏の終わりに戻ったような、少し気温が高く、晴れた日のことだった。

「持ってきてくれた?」

 放課後。「おもちゃのポニー」の2階に上がって、姿を確認するなり望月ハルカの方から声をかけてきた。やっぱ、学校と店では何かキャラが違うな……としっくり来ない気分になりつつ、

「あれね…死んだ」

 そっけなく答える。

「マジかっ!」

「ウソウソ」

「なにそれー、サイアク…」

 なんとか出し抜いてみたくなって、つい余計なことを言ってしまう。

「ちゃんと育ててきたよ」

 カバンから「ラブっち2」取り出しす。

「どれどれ……うん、ちゃんと『オトナっち』になってんね。ほれ、あたしのも見てみ」

「俺のと違うキャラだ」

 望月の育てたキャラが、画面狭しと動き回っている。

「でも」と疑問が口に出る。

「望んでいたやつに進化させられた?」

 全体的に顔が寸詰まりのような。なんとなくブサイクなのがドット絵でも伝わってくる。たぶんイヌ……だと思うが、タヌキとかクマとか言われても納得しそうだ。「本家」と違って、デザインが全体的に野暮ったいとは思っていたが、それにしてもコイツはなんとも個性が強い。

「気にするなって。……ほらっ、親はどんな子でも可愛がるもんだよ?」

 誤魔化される。本人がいいなら構わないか。

「じゃあ、はじめますか」

 フタを外す擦れた音がした。

 本体にはフタがあって、それを取り外すと通信用の端子が出現する。



 天井の蛍光灯がチカチカしている。

 店の2階、部屋の片隅に2人。1階に比べ、2階は対戦玩具の大会などで使うフリースペースもあり、小さな椅子とテーブルも置かれている。

 店内は静かで、呼吸の音だけじゃなく鼓動がかすかに聞こえるような気がした。


「これ……ここであってる?」


「んー、穴がちょっと…あれ?なんか違うみたい……」


「違う?どうダメなのか分からん……」


「ほら、もうちょっと上だってば」


「こう…?」


「そう……そんな感じ」


「……あっ」






「んん?『エラー』だって。もっと、くっつけなきゃダメじゃない?ほら、しっかりそこ持ってよ!」


 お見合い機能は、よくある「ゲーム機同士を接続して通信する」仕組みだった。本体のフタを外して、そこから見える端子と相手側の端子を繋げる。

 でも、それがどうにも上手くいかない。古いからなのか、元から玩具の性能が良くないのか。ちゃんと端子と端子をくっつけてもなかなか通信開始にならず、いざ始まっても途中でエラー画面になる。どうも接触が悪いようだ。対面する形で、お互い額を合わせてそれぞれの画面を覗き込んでいた。


「……っ!近いって!おでこ、ぶつかったじゃんか」

「分かった。同時っ、同時にやんなきゃいけないんだよ!きっと!」

 かまわず望月がまくし立てる。

「同時って言ってもなあ……」

「これバラバラにボタン押してるから駄目なんだって!ほらっ息をあわせて」

「わかったって」

「いくよっ?せーの!」


「「ピッ」」


 だんだんとコツが分かってきた。確かに、通信開始時に互いがボタンを押すタイミングがずれているとエラーになるようだ。さらに結局通信が始まってからも、安心してテーブルに置いたりすると通信が止まってしまう。始まってからもずっとお互いにゲーム機に力をいれて接触がずれないようにすれば、エラーが起きにくいようだ。


 何度目かの挑戦のあと、これまで聞いたことがない音がなり、画面が切り替わった。「じゅんびOK」の表示が出る。

 やった、と喜びながら小さな画面を覗き込む彼女を盗み見る。最後まで面倒なことになったけど、喜んでるならいいか。しかし、随分と楽しそうだ。売れ残って500円になってた古いゲームだっていうのに。でもそうやって単なるゲームだろうが、一喜一憂する方が人生楽しいのかもしれない。彼女の顔を見ていたら、そんな考えが浮かんだ。

「あれ?なんか布団で寝ちゃったよ?どうしたんだろ」

 望月が急に顔を上げるもんだから、目が合ってしまった。慌てて目をそらす。

「え、ごめん、見てなかった。寝てたって?またエラーか?」

「えーっ、ちゃんと見ててよ。うーん……まあ、いいけど」

 画面はもう切り替わっていた。まっくらな画面になっていて、数秒後画面が明るくなると、「オトナっち」が少し苦しそうな表情を浮かべ足踏みをする。様子を見守っていると、少し長い「ピーッ」という音とともに卵を産んだ。どうやらエラーではなかったようだ。……と思ったら、卵はすぐにパカっと割れて子供が産まれた。小さくドットで描かれた赤ちゃん。成長が早い。

「ふー、なんか疲れちゃったね。下の階から何か飲み物とってくるから、ちょっと待ってて」

「ああ、わるいね」

 適当に相槌を打つ。

 去り際の後ろ姿を目で追いかける。暑さからか、彼女の頬は少し紅潮しているように見えた。



「ねえ、チラシ見つけたんだよ。ちょっと汚れてるけど、コレ見て」

 缶ジュースと一緒に、紙を手渡される。

 それは、店舗向けの販促キャンペーンを知らせるチラシだった。

「お見合いしたときに出た数値をメモって送って、うまくいくと何かもらえるんだって」

 渡された紙に書かれた文面を読む。

「ラブっち2」はお見合いをした時に、相性のパーセント表示とともに8ケタの数字が表示される仕組みになっていた。

 それがパスワードになっていて、その数値を記入して応募すると相性が良かった上位500組に「特別な賞品」が贈られるとのことだ。


「で、相性ってどこ見りゃ分かるんだ?」

「年齢とか書いてあった場所にあったような気がする……今見てみるね」

 缶を地面に置き、望月がゲームを操作する。

「どれどれ」

「えっと……えっ、『あいしょう120%』!?」

 画面の数値は、100%のメモリを振り切っていた。

「なにこれ、凄くない?ねえ、すごくない?」

 予想以上の高得点が表示され、はしゃぐ望月。ポスターには「相性は0~100%で占うヨ!どれだけ高くなるかな?」と書かれている。しかし、どちらの画面にもそこに記された数値は120%となっていた。

「120%って…幽白かよ……」

 と、ただその数字から連想した漫画のことを思い出す。限界を越えたフルパワーとかいうやつ。想定外の数値を前に、ただ戸惑うだけだった。

 一方望月は、

「これ凄くない!?100%越えてるんだよ!……ってことは優勝間違いなしっしょ~!?ハガキ、うちにあったかなー?」

 と浮かれていた。

「うん……そうだね」と相づちを打ってから、続ける。

「でもさー…100%が上限っていうのに、120%っておかしくない?やっぱり、なんか通信エラーが起きてたりして。それなら、ハガキ出すだけ無駄になると思うけど」

 「ラブっち2」の画面を操作しながら、望月が口をとがらせる。

「夢がないこというねえー、遠野は。ゲームの方は――ほら、問題なく動いてるし、別に壊れてるわけじゃないっしょ。さ、数字メモするからそっちのも見せて」

 依然納得がいかないが、言われるがままにゲーム機を差し出す。通信をしようとする段階でこれだけてこずったんだ、結果の方も何か変なことになったとしてもおかしくない。でも――

「ああ、こっちのも書くの任せるよ」

 意固地にならず、試してみればいいか、熱心に画面を覗き込む彼女の姿を見て、そう思った。その後、数字の書き間違いがないか、何度も確認をさせられたのは面倒だったけれど。




 それから2週間が経った頃、また望月ハルカから手紙のメモが届いた。

「届いたから、今日ウチに来て 約束」

 表示された「相性120%」というのはゲームのバグなんじゃないかと思っていたので、その手紙の文面を見て驚いた。つまり送ったパスワードのデータが、ちゃんと上位500組に入ったということだ。通信のエラーによるものでないならば、100%以上の数値が出る隠し要素でもあったのだろうか。数値として有効なら、そりゃ上位のうちに入ることになるな、と一人で納得する。

 それならば……と考えは、手紙が届いたことが意味することについて移る。入賞したということはつまり、相性を示す数値が本当にとても高かったということ――急に気恥ずかしさが胸いっぱいに広がってきた。

 たかだか2人の男女がゲームで遊んで、その相性が良かったというだけのこと。単なる占いの結果が良かっただけということ。それでも第三者に「おめでとう。あなたとあなたはとても相性がいいよ」と言われ、さらに形に残るものを贈られたという事実に向き合うのが、急に恥ずかしくなってしまった。

 どんな顔をして望月に会えばいいというんだ。

 子供じみたプライド。後になれば、それはとてもちっぽけなことだった。

 それでも、その時はどうしても「会いに行く」という行動を起こすことができなかった。


 その日の放課後は誰とも会わないですぐ家に帰り、ベッドに寝転がって、ただ天井を眺めていた。

 望月は待っているだろうか。商店街のおもちゃ屋がある一角を思い浮かべる。そこに何か荷物を抱えて立つ彼女の姿。その表情は分からない。きっとすぐに諦めて帰るだろう。自分にそう言い聞かせつつも、日が沈み、あたりが暗くなってきても変わらずその場に佇む姿が脳裏に浮かんでいた。


 ずっと目は覚めていた気はするけれど、何度か意識が途切れてはいたような、そんな中途半端な状態のまま朝になり、登校の時間が迫った。いっそ休んでしまおうかとも思ったが、惰性で支度し外に出て通学路を進む。

 望月と教室で会ったら、間髪入れず「悪い、行くの忘れてた」と軽く謝ってしまおう。後腐れなく済む方法を考える。

 そして、もう飽きちゃったし送られて来た物はそっちで全部持ったままでいいから、みたいなことを言って断ろう。せっかくだからとか何とか言い返されるかもしれないけれど、テキトーに誤魔化そう。

 そう考えていた。


 予鈴が鳴っても、彼女の席は空いたままだった。

 1時間目の授業の直前、副担任の教師が慌ただしく教室に入ってきて、神妙な面持ちで生徒を見回して、ゆっくりと深呼吸をしたのが分かった。

 そして昨日、望月ハルカが商店街で交通事故に遭い、病院に搬送されたことが告げられた。

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救世紀ガングリオン セキヤあき @sekiya-aki

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