第3-2話 再会
そうして、最初にスキャンして力を取り込んだのが、学校まで持ってきたもう一つの玩具。買った時は急いでいて値段しか見てなかったが、実際に遊んでみることにしたのが昨日の夜の話。
リオンがいわく、ただ買って終わりにするよりは、ちゃんと開封して遊べば追加でさらなるエネルギー吸収効果があるらしい。効果の程ははっきりしないが、次に別の玩具をスキャンして力を得るまでの繋ぎとして、遊んでおいて損はないだろうと考えた。
「ラブっち2」、それがこの玩具の名前だ。たまごの様な形をしている、いわゆる携帯型のデジタルペットの玩具だった。エサを上げたりミニゲームをして色んな成長をするペットの育成を楽しむ。ブームの時に作られた類似品の一種だろう。店の外に置かれ、500円になっていたくらいだから、人気があったとはいえないだろうけど。
昨日のうちから遊んでみてはいたので、「ラブっち2」のゲームの中のキャラクターは1度進化していた。遊ぶとパワーが得られるというのなら、キャラを育てて進化させていけばいいんだろう。どうせリオンを学校まで持ち込むなら、もう1つ玩具を持ってきても同じことだと開き直り、空いた時間に世話をすることにした。誰もいない教室でポチポチとゲームにのめり込む。
産まれて2日目なので、空腹になるペースが早い。ミニゲームで機嫌を取ってやる必要もある。ご飯をあげるのはともかく、ミニゲームは結構手間が掛かる。「あっち向いてホイ」のようなルールだが運が絡むので、うまくいかない時は結構時間が掛かってしまう。そうやって画面にかじりついていた時のことだった。
「ねえ、何やってんの?それ」
「何って、そりゃ……え?」
答えてから、声の主がリオンではないことに気付く。とっさに顔を上げる。
「あっ」
一人の少女の顔が、目の前に迫っていた。
「い、委員長!?」
いつの間に教室に入ってきていていたんだろう。人の気配に気付かないほど、ミニゲームに集中していたとは不覚だった。
「えっと、これは……」
しどろもどろになる。
委員長の名字は確か……――そう、望月。中学1年生の時、同じクラスにいて委員長をやっていた。名前までは覚えていない。まず委員長という役職が頭に浮かんできて、ようやく名字が出てくる。
勉強はそつなくこなして、体育や音楽なんかも得意で要領がよさそうなタイプ。友達も多そうな子だった。クラスの委員長は自分で立候補したのか推薦されたのか、おそらく後者のような気がする。友達に頼まれて、とか。
――それはそれとして、まずい。この流れは、没収されるやつだ。学校で勉強に関係ないものの持ち込みは禁止されている。現物を見られてはどうしようもない。今やっていた「ラブっち2」はまだいいが、深く突っ込まれてリオンの方も気付かれる可能性がある。没収されても、なんとかして取り返すことはできるかもしれない。だが一時的でも手放すことになったら、その間どうなるか検討がつかなかった。
どうにか誤魔化さないといけないのだが、急なことで脳の処理が追いつかない。
「えーとですね、望月さん、これはですね……」
「何かと思ったら、『ラブっち』か。持ってるよ~あたしも。確かそれ」
「へぇー……」
間抜けなリアクション。てっきりすぐ怒られるかと思ったが……。
「懐かしいねぇ。小学生の時、そういうので結構遊んだな~。でも、なんでまた今更やってるの?」
今が中学1年生の5月なんだから、ほんの数ヶ月前まで小学生をやってたじゃないかと思うが、そこは些細なことか。デジタルペットの大ブームが96年とか97年だったから、大人にしたら、つい最近とかちょっと前の感覚。でも子供にとって主観的な1年はとても長いともいうし、彼女からしたら確かに「今更」な物なのだろう。
「ああ、ちょっと掘り出し物的な?……ほら、部屋の掃除をしてたら……的な?」
「ふーん、そっか」
「どれどれ、ほんとだ。まだ子供な感じね」
近い。画面を覗き込んでくる。ミニゲームでのご機嫌取りが途中だったので、キャラクターが世話を要求している時に表示される呼び出しマークがついたままになっている。
「ねえねえ、知ってる?それ、裏技あるんだよ」
「裏技」、そういうの流行ったなあ。元から開発者が仕組んでいるのもあれば、予期せぬことからすごい裏技になって、メチャクチャなことになったり。スコアを競ったり対戦する要素があってもオンライン機能がなかったからこそ修正されず(できず)、色んな遊びができた時代の産物だ。
こういったデジタルペットの玩具にも何か裏技的なものがのあった気がするけど、さすがに内容まで覚えていない。
「知りたい?知りたいっしょ?貸してみ~」
と返事をする前に「ラブっち2」を取り上げられる。随分と得意げだ。
「最初にゲームにくっついてた紙、持ってる?なんか細いやつ」
片手で本体をいじりながら、もう片方の手で「細さ」をジェスチャーで表現して尋ねてきた。初めてゲームをやるときに引き抜く「絶縁シート」のことだろう。機械の隙間にシートが挟まっていて、それを抜き取ることで通電しゲームが始まる仕組みだった。シンプルな機械ゆえに、オンオフのスイッチというものはない。シートを抜けば電源オン、もう一度シートを刺せば、電源が切れる。
「たぶん、捨てたような……。探せばあるかもしれないけど、本体しか持ってきてないから、どのみち手元にはないや」
「そう、仕方ないな~。じゃあ、ちょっと待っててね」と言うと彼女はカバンを探り、クリアファイルを取り出した。プリントをまとめるのに使うA4サイズのものだ。同時にペンケースからハサミも出した。
「これでテキトーなサイズに切れば、元からついてたやつの代わりになるよ」
そう言いながら委員長はクリアファイルの端っこを切り落とした。
「こんなもんかな?」
機械の隙間にあててみて、隙間に入りそうになかったようで、微調整で横幅をさらにカットをした。
「これでよし――見てて。このメニュー画面のときにね、決定ボタンを押しながら、シートを一瞬入れてからすぐ引っ張るの。そうするとアイテムがいっぱい増えたりするんだよ」
「ほう……」念の為リオンを通学カバンの奥の方に突っ込みながら、テキトーに相槌を打つ。さすがにリオンは黙ったままだ。
「『一瞬』ね。そこが大事。他にも2台あれば、データのコピーとか出来るんだよね、確か」
「へー、良く知ってるな」
説明をしながら、ボタンを何度か動かしている。彼女はどちらかというとあまりゲームをやりこむような印象は感じなかったので、少し意外に感じた。でも、あの頃のブームは誰彼構わず熱心に遊んでいたから、案外やりこんだ経験があって詳しいのかもしれない。
透明シートをゲーム機の隙間の入り口に添えて、彼女は身構える。
「そうすると、ほらっ」
「ピー!」と甲高い音が一瞬、教室に鳴り響く――そして沈黙。
ゲーム機の画面は、不規則なアイコンの点灯とドットの絵が崩れた状態になっていた。崩壊したキャラクターは身動き一つしない。
「――あれ?」
「これは……」
気まずい空気の中、顔を見合わせる。
「うそ……失敗しちゃった?ごめん、どうしよう……」
昔、自分が今と同じようなことをした記憶が不意に蘇る。裏技のタイミングはシビアで、うまくいけばアイテムが増えたり望んだキャラになる。
しかし、失敗するとバグってゲームが進行不能、再起不能になることがよくあった。こういった玩具はセーブ機能などなく、TVゲームで例えればデータファイルが1つで、かつオートセーブのような仕様だった。何かをやった結果は強制的にセーブされる。望んだ結果にならないどころか、元にも戻すことは出来ない。こうして子供はリスクとリターンを学ぶ、のかもしれない。
さっきまでの元気はどこへやら、謝罪の言葉を口にしつつ問題の解決方法が分からずうろたえる委員長。小声で「ごめん…ごめんなさい」とつぶやきながら苦悶の顔を浮かべる彼女の表情を見ると、逆にこっちがすまなく思えてきてしまう。
このままでは、泣いてしまいやしないかという勢いだ。何もそこまで気負わなくても、と慌ててフォローに回る。
「いや、気にしなくていいよ。ほらさ、よくあることだし。昨日の夜からちょこっと始めたところだから、やり直せばいいだけだって」
『ラブっち2』を裏返し、机に出しておいたペンケースからシャープペンを取り出す。
機械の裏面にリセットボタンがある。進行不能な状態になったら、リセットボタンを押してゲーム開始前の初期状態に戻す必要がある。
リセットボタンは間違って押さないように凹んだ穴の奥にあるので、細長いもので押す必要があった。シャープペンがベター。ボールペンや鉛筆だとペン先が太すぎて押せない。
「ほらね、元通り」
画面の乱れは消え、単調なBGMが鳴り出し、ゲーム開始時に表示される孵化を待つ卵の画面になった。割と簡単にリセットして再起動ができるのが、この時代のゲームのいいところだ。
「うん……うん。でもごめんね、本当に。せっかく育ててたのに」
そう言われて、さっきまで画面の中で生きていたキャラの命を消してしまったことに多少の罪悪感を感じた。次はちゃんと育てるから――と心の中で少し謝る。
「いいよ、こんなの大したことないって。まぁ、シュウトに貸したゲームの『ラスボス直前のデータ』が上書きされたときは、さすがに怒ってケンカになったけどさ」
なにとなしに、当時の友達とのエピソードが口に出た。そういえば、そんなこともあったな、と自分で言ってから驚く。――そうだ。本郷シュウト、アイツも同じクラスだった。
「仲よさそうだもんね、二人」
ふふっ、と委員長が笑う。ひとまず、この場の収まりはつきそうだ。
と、廊下から賑やかな声が聞こえきた。
「おはよーっ。ハルちゃん!ねえねえ聞いてよ~!」
教室の扉が開き、2人の女子が入ってくる。気付くと結構な時間が経っていた。
段々と生徒が教室に入ってくる頃合いだ。
「なに、なに?どうしたの、なっち」
「それがね~……茜ってばさ~」
「いや、だからそれはぁ……」
委員長は友達の方へ駆け寄っていく。
その後ろ姿を見ていて、ふと肩に力が入っていたことに気付く。なんだか、いきなり疲れてしまった気がする。
「あ、遠野くん」
委員長が振り返る。
「次持ってきたら、知らないからね」
「何の話?」
「別に、なんでもないよ。行こっ」
さっきまでの沈んだ姿はどこへやら。しっかりしてる。やっぱり委員長は委員長だ。
「おーっす。カケル、早いな今日は」
「シュウト!久しぶりだなぁ~!元気してた!?」
「久しぶりって、たかが5日かそこら学校が休みだっただけじゃん。つーか、おとといも会ったし」
「あっ、うん……まあそうだね。いや、でも元気で何より」
本郷シュウト。小学生からの友達で、その後も長い付き合いになる男だ。小学校を卒業し、新しい生活が始まるにあたり、不安を抱えながら中学校の門をくぐった日のことを思い出す。彼と同じクラスになったことに心から喜んだ。またよろしくな、そんな言葉を交わしながら。
勉強全般はいまいちだが、身体を動かすのと、ゲーム・対戦ホビーの腕が信じられないほど達者だった。勝負をして負けた数は数え切れない。負けてばかりではあったが、彼の強さは自分にとっても誇りであり、大会であと一歩及ばずといった場面では、一緒に悔し涙を流したものだ。
「休み明けの授業ってかったりーよなぁー」
シュウトは自分の机に雑にカバンを投げた。そして、近くの空いている机の上にだらしなく腰掛ける。
「これからあと5月と6月は祝日ないなんて、イヤになるね」
「それな~。冬休みの後よりキツいよ。ああ、休みが欲しい……っ」
「いっそ、毎週ゴールデンウィークだったら良いのにね」
「それだ!カケル、いいじゃんそれ!誰か法律を変えてさ、そうしてくれよー」
本当に久しぶりなのに、思ったより普通に会話ができて自分でも驚く。そういえば、と「この時代」に来る前のことを思い出す。
シュウトと最後に会ったのはいつのことだったろう。今となっては思い出せないが、何年たっても変わらず友人関係を続けられた相手だったことは確かだった。長い間会っていなくても、いざ再会したらすぐに昔のように打ち解けることができる存在。
もう一度学生として振る舞う生活には不安が多いが、こいつがいるならきっと大丈夫だ。心の底からそう思った。
朝の学級活動が終わり、1時間目の授業で先生が来るまでの間、さきほどの出来事を思い返す。
「望月ハルカ」。下の名前がちゃんと思い出せずスッキリしなかったので、もう一度名簿を見てフルネームを確認しておいた。委員長に対しては何となくイヤな印象が残っていたけれど、再会してみると案外そうでもなかったな。
ルールに厳しかったり、文化祭の合唱の練習で「男子ぃー、しっかり歌って!」みたいに言うタイプだったと思うのだけれど。
一面的な部分しか見てなかったのかもしれない。当時はこれといって接点もないし、「クラスの中での委員長」という役目のイメージだけが記憶に残っていたのだろうか。あるいは当時の自分がしょっちゅうやっかまれるほど、いい加減に過ごしていたとか。何にせよ、まずは問題なくて助かった。
やがてその日最初の、授業の始まりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
「――であるからして」
1時間目の授業は数学。理科とか社会だったら中学1年の授業とはいえ、日常的に使わない知識はすっぽり忘れてるかもしれないが、数学ならなんとかなるだろう。
そんな風に軽く考えながら、授業を聞く。
「じゃあこの問題は、石田」
いくらか解き方を説明してから、生徒を指名して前に呼び出し黒板に答えを書かせていく。そしてまた説明、その繰り返し。
なんだか、小さな劇場で舞台を見ているようだ。
語り手である教師が中央に陣取り、別の人物の登場を告げる。彼らは後方から現れ舞台に登り、1シーン演じて去っていき、語り手はまた大げさな手振りとともに独白を続ける。
次々表れる個性的な登場人物。期待に沿う立ち回りをする者もあれば、素っ頓狂な答えを示すものもいる。どうしてこうなったのか、それを問うやりとりが、またコメディのようでクスっとくる。座学の授業なんて大体は退屈か面倒なことだったように思うけど、こうやって見ていると面白いものだ。
数学の授業は苦手だったが、そこまで毛嫌いするものでもなかった気がしてくる。そりゃ、毎日毎日受けるのはちょっと面倒かもしれないけれど……とそこまで考えて気付く。当時はそんなことを考える余裕もなく、どちらかというと「素っ頓狂な答え」をする側だったことに。
そんなことを考えなら授業を受けていると、あっという間に時が経ち、昼になった。
給食、正直楽しみにしていたところがある。だいぶ。卒業してしまえば、どこかで食べようと思って食べられるものじゃないから、本当に久しぶりだ。
4時間目の授業の途中に、ガラガラと配膳台が廊下まで運ばれる音がしていた。フタは閉まっていてそれが何かは分からないけれど、かすかに匂いも漂ってくる気がした。カレーの日には特にそれが顕著で、期待が高まったりしたっけ。
賑やかな声とともに係が配膳を担い、他の人は流れ作業的に盛り付けられた食器を受け取り、机に置いていく。既に小分けされているおかずは楽だけど、面倒なのはステンレスのバットにそのまま入れられている白米や野菜炒めみたいな、メニュー。
慣れないと最初と最後で目分量がだいぶ違ったり、足りなくて全体的に再調整が必要になったり。それを恐れてか、逆に豪快に余りをだしちゃうなんてのもあったりもした。
今日の献立は白米に肉じゃが、子持ちししゃも、ほうれん草や大根の煮びたし、そして牛乳。肉じゃがにグリーンピースが入っているのが、なんとなく懐かしい。
当時は特に何も考えずにそういうものだと受け入れていたが、白米に牛乳か。その是非はさておき、こうやってみるとバランスがちゃんと考えられていて、おかずの相性も良さそうな構成。量も申し分ない。
こんなものが何百円かそこらで毎日食べられるんだから、恵まれたものだ。配膳の準備と食器を片す必要はあるけれど、洗ってからしまうのは給食室のおばちゃん任せだし。毎日決まった時間に、それもちゃんと十分な時間が設けられて食事ができることも、今思えば贅沢なことかもしれない。
隣の班で、シュウトが牛乳を飲んでいる女子を笑わせて怒られていた。平和だ。
気付けば、今日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。学校の終わりを迎え、開放感に湧く教室。
学校で授業を受けるという時間は、面倒なこともあるが基本的には懐かしく、また楽しいものになった。学校に通い友達と遊び、家に帰ってくれば用意された夕飯を食たりTVを見たりして、やがて眠りにつく。そんな生活を再び迎えるという、夢のような話。
だがこの状況を楽しみつつも、はたしてこれでいいのだろうかという迷いも生じていた。時間が経つにつれ、その相反する気持ちはだんだん大きくなっていく。
担任による手短なホームルームが済み、クラスメイトは教室を出て思い思いに散っていった。部活や遊び、習い事や塾に向かう者もいるのだろう。
片付けをしていると、後ろからシュウトが声をかけてきた。
「なあ、今日あいてる?」
ああ、もちろん、と誘いに乗る言葉が出かかって、踏みとどまる。
「いや、すまん。今日はちょっと用事があるんだ」
「そっか。じゃあまた明日」
「ああ。また、ね」
シュウトの後ろ姿を見送る。ありがとうと心の中で感謝を述べつつ。
決意は固まった。この世界に呼ばれたのが玩具屋が潰れないようにするためだとしても、なりゆきに任せていては駄目だ。もう一度リオンと話し合う必要がある。そう考えた。
学校の門を出て、通学路のひと気がない道まで来た。ここならいいだろう。カバンからゲーム機を取り出し、リオンに話しかける。
「リオン、聞こえるか?話がある」
「なんじゃ」
「契約の話、考え直してくれないか?」
「契約の変更は無理だと言ったはずだが」
リオンはそっけない。予想していた返答だ。焦らず、自分の意見を伝える。
「やっぱり、これは俺がすることじゃない気がする。今日1日は楽しかったし、玩具屋の事もなんとかしてあげたいとは思うけど、とても責任負えないよ、俺は。こういう大事なことは、もっとちゃんと人を選んでやった方がいいと思う」
リオンは何も答えない。
「契約ってのも、本当はなんか解除方法とかあるんじゃないの?そっちだって、ちゃんとやってくれる人間じゃなかったら、困るわけだし。例えばさ、1999年の時点で既に成人してる人がやった方がいいんじゃない?……そもそも、なんで戻ってくる時間が1999年なのかもよく知らないけど」
話しかけながらも新たな疑問が浮かんでくる。重要なことを伝えずに契約させるにしても、目的を達成することができそうになければ意味がない。
しばしの沈黙ののち、リオンが口を開いた。
「――最初に、お前に目的は『店の危機を救うこと』と言ったが……厳密に言えば、少し違うんじゃ」
順を追って説明するとは言っていたが、やはり、何かを隠していたのか。
「話そう――すべてを。今のお前が知らなければならないことを。それを聞いてからもう一度考えるんじゃ。おそらく、『今、お前がやるしかない』と理解するじゃろう」
よく分からないが、説得しようというのだろうか。
「そんなこと言ってどうせまた……いや、聞いてからだな。そう言うなら」
「あの場所へ行くぞ……玩具屋まで連れていくのじゃ」
「ああ、分かった」
店で説明するというなら、今は何を聞いても無駄だろう。無言のまま、懐かしい町並みを進んでいった。
玩具屋「おもちゃのポニー」の前に着く。日が落ちてきて、奇しくも昨日、この1999年の時間に来た時と似た光景が広がっていた。相変わらず夕方の商店街は賑やかだ。
「それで、何だって?この店が潰れるのをどうにか回避しろっていう目的だって聞いたけど……実はそうじゃないって?」
人目を気にして、念の為ゲーム機を耳にあてて電話をしているような格好で会話をする。
「結果的に、ここは消えてなくなる。だが、問題はそこではない。その起点となる『出来事』を阻止したくて、お前をこの時代に連れてきたのじゃ」
真剣そうな声色に緊張を感じる。
「……それで?」
「――ある日、この店の前で死傷者を出す自動車事故が起きるんじゃ。その被害に遭うのが、この店の人間で……」
「事故?それじゃ店のおばちゃんが……?」
店主は60~70代のおばあちゃんだった。老体に自動車の事故ではひとたまりもない。
いや、と再びリオンが話を続ける。
「ここの店主には、孫がいるのじゃ。女の子が一人」
「えっ、それって……」
「――そういうことじゃ」
重い沈黙。
大人が事故に遭うのも悲しい話だが、それが子供となれば、さらにやるせなくなる。大事な孫を失った時、どれだけ嘆き悲しむか、想像してしまった。
電気もつけず暗い室内でただ一人、打ちひしがれる老人。孫との楽しかった思い出。店の中で玩具に囲まれて、はしゃぐこともあったかもしれない。休みの日は一緒に遊びに行くこともあっただろう。孫の手を引き、仲良く歩く後ろ姿。ともに歩む、どこまでも続くと思っていた道。やがて失われることになる未来。
「――それは中学生の女の子で……」
その時、想像の中でおぼろげだった少女の後ろ姿が、だんだんとはっきりしていくことに気付いた。背丈も、髪型も。
記憶の底から蘇る「何か」。頭に鈍い痛みを感じ、嫌な汗が身体を伝い出していた。リオンを持っていた手に力が入らなくなり、声が遠くなる。
「――その子はお前と同じ学校に通っておる」
「……」
俺は知っていた。その少女の後ろ姿を。しなやかで活発的な立ち振る舞いを。黒く艶のある髪が揺れる様を。
「玩具屋の孫娘、誰からも好かれるような少女『だった』。商店街の人にも、学校の人にも……」
想像の中で後ろを向いて立っていた少女が、ゆっくりとこちらを振り向き始めた。早回しにした月の満ち欠けの映像のように、徐々に明らかになっていく彼女の横顔。それ以上、見たくない。知りたくない――。
カラン。
近くで起きた突然の音に、現実に引き戻される。店の扉の開く軽快な音。目の前に人の気配。ゆっくりと顔を上げる。そこには――
「――あれ?遠野くんじゃん。『ウチ』に何買いに来たの?」
そこには制服姿の一人の少女が立っていた。さきほどまで同じ学校、同じ教室で時間をともにしていた、望月ハルカが。
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