ブレブレの記念写真

 腕を組み、卓上の原稿用紙をにらみつける。時折低い唸り声を上げながら、杏子はアイデアが浮かんでくるのをひたすら待った。


「書けない時は気分転換した方がいいんじゃないの」


 Takku Bokkuに入室してきた稲穂が声をかける。どうやら少し前から気を使って廊下で待っていたようだ。


「そうだねえ。タイトルくらいは出てきても良さそうなもんなんだけどねえ」

「……辞めるなよ、学校」


 杏子は無言で顔を上げた。


「お前の卒業式は、必ず見に行くからな」


 遠くから野球部の掛け声が聴こえる。下校を始める生徒も多い。長い沈黙を破ったのは杏子だった。


「なんじゃそれ」

「お前がダブった時になんて言って慰めるか、練習してたんだ。テストが返されるまで緊張してたからか、なんか肩凝ってさあ」


 感動的な場面の構想が無駄になったよと稲穂は自分の肩を叩いた。その様子をぼんやりと見て杏子は原稿用紙に向かう。


「タイトルが出来た、今。稲穂の年寄り……年季がかった動きのおかげで」

「なになに、なんていうの?」

「『ババマギア・ブラスナックル』」

「……なに?」

「おばあさんが武装して悪の組織と戦う話。1970、80年代かな」


 稲穂は腕を組み、眉間にしわを寄せ一言だけ発した。


「続けろ」

「そうそう、怒るとそんな表情になって金髪にもなり」

「そうか」

「真鍮製の数珠を拳に巻きつけて、敵の顔面に叩き込むの」


 忘れる前にと思ってか、一心不乱に設定をぶちまける杏子の背後に稲穂は立ち、この野郎と言いながら首を絞めた。

 扉が少しだけ開き、あやめが顔を覗かせる。


「イチャイチャしているところ申し訳ありませんが、入っていいですか」

「ああいいよ。今こいつを死なしてるところだから」

「水里さんも廊下から熱っぽい視線を送ってましたけど」


 稲穂は杏子を解放した。あやめの言葉に反応したのか疲れただけなのかは分からない。窓際に移動したあやめが何かを確認し、喜びの声を上げた。


「咲きましたねえ!」


 何日も前から今にも破裂しそうな蕾をつけていたサボテンの一番上の部分に、白とピンクの鮮やかな花が開いていた。近寄った杏子が両手で鉢植えを持ち上げる。そして、サボテンに向かって言った。


「綺麗に咲いたね。明日までもつ?」

「花に話しかけてどうすんだ。不思議ちゃんの自己演出か?」


 稲穂の茶々に、はじけるような思い出し笑いで答えた杏子は、静かに鉢植えを陽の当たる窓辺に戻した。顔を背けてあやめが笑いをこらえている。


「た、多分ね、今日しか咲かないからさ、み、みんなで記念撮影しよっか」


 震える声で杏子が提案をした。あやめも息をつまらせながら返答するが。


「いいい、いいですね。種類によ、よ、よっては一年に一回どころか、ご、ごごご50年に一度」


 最後まで言い切れずに吹き出し始めた。二人の様子を怪訝な表情で見ていた稲穂だったが、そんなに珍しいものなら、と扉を開け波濤を招き入れた。


「写真撮ってよ。なんかレアなんだって」

「ああ、うん。撮るよ。集合バージョンと一人ずつ、二人ずつバージョンと、バッチリ撮るよ」


 今夜は充実しそうだと波濤は制服の袖をまくる。いつもののんびりした雰囲気からはかけ離れた的確な指示で撮影は進んだ。

 杏子とあやめの番になり、二人はサボテンを挟んで向き合う。あやめは杏子にささやいた。


「もう戻らないんですか? 机使って」

「そ、その必要がないからね、おかげさまで」

「違いますよ、センパイ」


 あやめは涙目になりながら続ける。


「そ、そこは『いいえ』で答えてもらわないと!」

「アハハハハハハハハハハ!!」

「キャハハハハハハハ!!」


 我慢していた反動か、二人はしゃがみこんで感情を爆発させた。


「えっと、撮れないんだけど……」


 波濤が困惑した声を上げる。杏子が途切れ途切れの返事をした。


「い、いい。もう、無理だ、から、その、まま撮って」

「ブレブレなんだよね」


 スマートフォンを受け取った杏子が画像を確認し、震える手であやめにそれを手渡す。


「あ、あやめちゃん……。私達が動き回ってるせいで……」

「サボテンまでブレッブレ……。キャハハハハハハ!!」

「アハハハハハ!! いい! これがいい!」


 顔を見合わせて首をかしげる稲穂と波濤をよそに、二人はいつまでも笑い続けていた。

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窓際のサボテンの花の咲く前に 桑原賢五郎丸 @coffee_oic

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