夕方の実験

 テスト最終日。

 杏子とあやめは、夕方の部室にいた。概ねの自己採点が終わった際に打ち合わせたのだ。


「なんとかいけるんじゃないかな、という手応えはあるけど、この手応えが何なのかはまだわからない。もしこのふにゃふにゃした手応えが赤点というものであるならば、私は自分の内なる声に背いて時間を戻りたいと思う所存です。ごめんねサボテン」

「いや、多分大丈夫ですよ。それより、やってみましょう」

「あやめちゃんにとっては、私の落第よりサボテンの感情の有無の方が大事なんだね」


 そんなことないですよ、と笑いながらあやめはおもちゃのポリグラフ、うそ発見器を取り出した。


「私が見た限り、多分大丈夫ですって。そんなことよりハイ、セッティング完了!」

「確か、全部の質問に『いいえ』で答えるんだっけ?」

「そうですね、もしそれがうそだとしたら、このちゃちい針が動くらしいです。まあおもちゃなので、試しにやってみますか」


 あやめは自分の指先に端子をとりつけ、杏子を促す。


「では、質問どうぞ」

「じゃあ、私の数学のテスト、ダメだったかな……?」

「いいえ」


 針がガクガクと大きく震えた。


「ちょ、ちょっと待ってください、これは最初なんで。私が緊張してただけですから」


 机に両手をつき、台上前転の構えに入ろうとする杏子を止める。


「ほ、ほら、サボテンがセンパイの行いをみていたかどうかでしょ? つけますよ、ほらサボテンにつけますよ」


 まもなく開かんという蕾を膨らませたサボテンに、あやめは傷をつけないよう端子を装着した。


「はい、センパイどうぞ!」

「じゃあ……」


 少し考え、杏子はサボテンに向かって質問を放る。


「あなたはサボテンですよね?」


 反応はない。


「寒くないですか?」

「枯れかけてますよね?」

「その鉢植え、窮屈じゃありませんか?」


 いずれも反応はない。針から目を逸らし、うつろな表情で天井を見上げた。


「私、なんかすごいバカなことをしている気がする。鉢植えとかに話しかけるのはいいんだけど、返答を期待してるのって危うくない? 壁の中に蝶々が見える人たちと同じ状態に見えない?」

「ええ、否定はしません。正直、痛々しくてかなり面白い見世物でした。けど、やっぱり当たり前のことではあるんですけど、植物に感情はないんですよ」

「それはそうだ。もしそんなものあったら」


 針が動いた。


「なにかに反応しましたね。さすが2980円のおもちゃ」

「うん、帰ろっか。せっかくだから最後にこれだけ聞いていこう」


 あやめはサボテンに近づき、優しく声をかける。


「あなたは私を見てませんよね?」


 背後であやめが大きく吹き出した。


「笑わないでよ」

「……いえ、違うんです。今、あまりにもぴったりなタイミングで針が……」

「……ふうん。ああそう。あやめちゃん、何か聞いてみて」


 今度はあやめがサボテンに近づき、杏子が針を見つめる。


「そういえば思い出しました。バクスターの実験で、最初に植物が反応したのは『燃やす』という言葉だったそうです」

「アハハハハハハハ!!」


 いきなりの高笑いに振り返ると、笑い声の主がビクンビクン動く針を指差していた。


「アハハ、タイミングぴったり! なるほど、このおもちゃが売れない理由がわかる」

「針が動くの、適当ですもんね。本当に適当。……センパイ、もう一度適当な質問をぶつけてみては?」

「……そうだね、適当だもんね」


 再びポジションを入れ替え、サボテンに向き合う。


「あなた植物だもんね。感情、ないよね?」

「キャハハハハハハハ!!」


 即座に振り向くと、やはり針がビクンビクンと激しく動いていた。

 神妙な顔であやめが笑い終えるのを待ち、杏子は腕を組んで状況を口にする。


「最初私がしたいくつかの質問には無反応。そもそもなんらかの意思表示をしているのかどうか。けど、あやめちゃんが『燃やす』と口にした時、針が動いた」


 視界の隅で針が激しく動いているのがわかったが、見えていないふりをした。


「ブフッ! そ、そうですね。センパイはその前にフフッ、な、何も見てないか的なことを聞いていましたよっ」


 視界に入れないようにしても、針が高速で動いているのは音でわかる。


「フフッ! フフフッ! 最後にか、かか、感情ないよねって……!」


 抑えようとして抑えきれない二人分の乱れた呼吸音と、おもちゃのうそ発見器の針がシャカシャカと動く音だけが夕暮れの部室内に響く。唇をかみしめて我慢していた杏子だったが、限界を迎え、ボソッとこぼした。


「……あるんじゃん、感情」

「キャハハハハ、キャハハハハハ!!」

「アハハハハハハハハハハ!!」


 床の上に膝を付き、涙を流しながら二人は笑い転げた。あやめがお腹を押さえ、荒い息を吐きながら話し出す。


「つまり、センパイのだ、だ、台上前転をみ、みみみ『見られていた』!」

「アハハハハハハハハハハ!!」

「キャハハハハハハハ!!」


 二人の笑い声に驚いたように、針は更に激しく動く。

 涙が枯れ果て表情筋から力が抜け落ち、腹筋が痙攣しだすほど笑い続けた二人は、宿直の教師に見つかって学校を追い出されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る