我、奇襲ニ成功セリ。トラ、トラ、トラ

山口遊子

第1話 トラ・トラ・トラ


 地球の上空36000キロの静止衛星軌道上に設けられた軌道エレベーターの巨大な構造物に隣接した連合艦隊泊地に停泊する太陽系帝国宇宙軍連合艦隊総旗艦大和の指令室。司令長官席に座る山田連合艦隊司令長官に対し児玉参謀長が話しかけている。


「長官、そろそろ『艦隊』が、敵索敵圏内に侵入する距離まで接近しているのではないでしょうか」


「そうだな、12年間、彼らもよく耐えてくれた。それでは、彼らが作戦を無事・・完遂できるようこちらもそろそろ作戦を開始しよう」



「突入艦隊は手はず通り特攻せよ」


 司令長官の命令一下、ゲート封鎖艦隊が見守る中、突入艦隊10000隻の小型戦闘艦が直径3キロのゲートを目指し加速を開始した。


 ゲート封鎖艦隊各艦では、艦長以下乗組員がわずかに目視できる突入艦隊の個艦を示す煌めきに向かって敬礼している。



 ゲートは現在の科学では分析不能のリングでできたドーナツ状構造物で、リングの内側は青味を帯びて目視することができるが、ただそれだけで数十光年先のゲートの先を覗き見ることはできない。


 突入艦隊の乗組員たちの要望により小型戦闘艦は推進剤が続く限り加速し続け減速できないよう改造されている。その小型戦闘艦が1000隻ずつ10波に分かれてゲートに突入していく。各1000隻の小型艦を指揮するため軽巡洋艦を改造した指揮艦1隻がその後に続く。


「児玉参謀長、突入艦隊の生還確率はやはり0.1%を切るのか? 戦果拡大のためとはいえ有人での突入は何とかできなかったのか今でも悩むよ」


「みな志願した者たちです。もとより生還は望んでいません。彼らの任務は敵機雷原に突っ込んで少しでも機雷を破壊することです。機雷原が薄くなれば敵艦隊もゲートに張り付かざるを得ませんからかなりの数の敵艦を拘束こうそくできるでしょう。被撃破時に発生する中性子ビームも強烈ですので、機雷原の破壊が大きく進むことを期待しましょう」


「そのために装甲を取り払いその分弾頭威力を増しているんだったな」


……


「長官、さきほど突入艦隊全艦の信号を喪失しました」


 いつもよりも心持ち抑揚のない声で児玉参謀長が長官席で目を瞑った山田司令長官に報告した。


 山田司令長官の目の前のモニターにも残存艦の数は表示されており、0を示している。


「1隻も生き残れなかったか」


「仕方がありません。あくまで予想生還率はシミュレーションの結果から導き出された数字です」


 実は、志願者たちの要望で突入艦隊の小型戦闘艦は推進剤が続く限り加速し続け減速できないよう改造されていることを児玉参謀長自身承知しており、1隻たりとも生還できないことを知していた。児玉参謀長の一人娘もこの作戦に志願しており指揮艦の艦長を務めている。どちらも山田司令長官は知らされていない。


「1艦当たり4名。4万がったか」


「観測機の情報では、彼らの尊い犠牲で敵艦隊をかなり拘束できているようです」




 西暦2312年。天王星軌道の先に直径3キロにも及ぶドーナツ状構造物が発見された。そしてそのドーナツの孔をくぐると同じような構造物が他の星系に存在しており、そこと行き来できることが確かめられた。そのドーナツ状構造物はやがて超空間ゲート、または単にゲートと呼ばれるようになった。


 対になったゲートとゲートが星系と星系を結んでいることが発見され、ゲートの発見ブームが起こり、最終的に太陽系には合わせて4つのゲートが発見された。4つの新しい恒星系と太陽系がつながった。


 最後に発見された第4ゲートの先には、見た目は人類に酷似した生物が生息しており、その科学技術水準はどういったわけか太陽系の科学技術水準と同程度だった。


 その後人類とその生物の間である程度の交流もあったが不幸な事故とお互いの誤解から戦端が開かれ現在に至っている。


 その戦争の初期、自艦隊の多大な犠牲のもと防衛網をかいくぐった敵の降下部隊により地球は蹂躙じゅうりんされ、敵を排除するまでに数十億の人類が犠牲となったうえ多くの地域が荒廃した。


 そして、人類は報復を誓った。絶滅戦争の始まりである。


 ほとんどの航宙艦を初期の強引な戦闘で失った敵側も積極攻勢を続けることができず、地球側の先進国の中で唯一蹂躙じゅうりんを免れた日本を中心に地球は復興統合されまもなく太陽系帝国が成立した。



 ここ数十年、第4ゲートを潜り抜けたその先には敵の機雷原が続きさらにその先には複数の宇宙要塞ようさいと無数の戦闘艦が待ち受けている。もちろん太陽系帝国も同じようにこちら側のゲートを封鎖しているため戦争は膠着こうちゃくしていた。



 秘匿名称『艦隊』。


 ただ艦隊とだけ命名された12隻の大型巡洋艦と高速輸送艦4隻からなる艦隊が太陽系を発したのは今から12年前。第1ゲートにゲートインし数度のゲート通過を経て敵主要星系近隣の星系にゲートアウトした。そこから通常航行で12年の歳月をかけて加速を続け敵主要星系に接近していたのだ。高速輸送艦はすでに4隻とも『艦隊』から離れ太陽系に向け帰還の途に就いている。


「ゲートの位置近くに集まった敵艦隊が敵主都惑星に迫るわれわれ『艦隊』の迎撃に間に合うことはもうあるまい。何度も聞いて申し訳ないが『艦隊』の最終突入速度はどのくらいになるのかね」


「光速の30%に及ぶと聞いています。その速度ですと、防衛衛星などの固定砲台では迎撃はほぼ不可能になります。もうしばらくです」



「長官、『艦隊』より超空間通信入りました。読みます『トラ・トラ・トラ』」


「やったか。こちらからは『戦果を期待する』と返電しておいてくれ」



◇◇◇◇◇◇◇


「提督、本艦の最終進路調整完了し、推進剤残量は先ほど0になりました。敵艦隊の迎撃はないようです」


「連合艦隊司令部に送信『トラ・トラ・トラ』だ」


 ……。


「連合艦隊司令部より入電『戦果を期待する』です。なお、付属電にて『艦隊』全乗り組み員の2階級特進が本日付で通達されております」


「そうか。艦隊のみんなにも知らせておいてくれたまへ。山田・・艦長、これまでご苦労だった。そういえば君も中将閣下だったな。ハハハ。他のみんなも突入までのわずかな時間だがくつろいでくれ」



「最期に連合艦隊司令部に送信を頼む。『さらば。人類の勝利の為に、艦隊はこれより敵首都惑星に突入する』以上だ」



「山田君、最後の1本になってしまったが、いいウイスキーがあるんだ。出航前に無理して仕入れたものだが、一緒にどうだね」


「提督、いえ元帥閣下、いただきます」



◇◇◇◇◇◇◇


「『艦隊』より入電『さらば。人類の勝利の為に、艦隊はこれより敵首都惑星に突入する』です」


「それじゃあ児玉君、これまでいろいろと世話になったな、ありがとう。僕は突入艦隊や『艦隊』の連中のところに先にいってるから。息子も待ってるだろうしな」


「ご子息のことはお悔やみ申し上げます。長官、長らくお世話になりました。私も引継ぎを終えましたらすぐにおそばに参ります」




[あとがき]

突入艦隊には、減刑をエサに囚人を乗っけようかと思いましたが、それだと佐藤大輔さんのパクリになるので止めました。次案として、敵をエルフとしたうえでオタクが戦争反対を叫び逮捕されて……以下同じ、を考えましたがやはりやめて志願者としました。

2021年9月25日、加筆しました。

宣伝:

2021年12月30日

SF短編『Farewell. For the sake of humanity's victory.』https://kakuyomu.jp/works/16816927859391881993

本作をDeepLで英訳したものを少々手直しして公開しちゃいました。おひまなら、覗いてください。



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我、奇襲ニ成功セリ。トラ、トラ、トラ 山口遊子 @wahaha7

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