想い込めて、

雪ノ山 噛仁

想い込めて、

文化祭最終日。

体育館では生徒たちによるライブが行われていた。


皆思い思いの格好で、ある生徒は流行はやりの曲をある生徒は昔懐かしの曲を歌う。

今も舞台には他の生徒が歌っている。


「すぅ――……はぁ……」


舞台袖の私は一つ深呼吸。

この曲が終われば次は私の番。

しかも大トリ、シメ、つまり一番最後。


歌うこと自体は慣れている。

私がギターを弾いている事は友達をはじめ皆知っている。


でもここまでの人数に聞かせる事は初めて。

緊張で何度もギターストラップの位置を調整する。


「そろそろ出番です!」


裏方さんが声を掛けてくる。

前に歌っていた生徒たちが舞台袖に戻ってきた。

すれ違いざまに私は手を上げ、戻ってきた生徒たちは私の手にハイタッチ。


ハイタッチを終え、私は目をつむる。

この日の為に、私はこの曲を――歌詞を作った。

あの人へ私の心を、言葉を伝える為に。


「――さん、どうぞ!」


私の名が呼ばれ、私は目を開き舞台へ歩み出す。

マイクスタンドに辿り着くまでに拍手喝采が降り注ぐ。


マイクの前に立ち、私は少し前置きをべる。

この歌は私の思いのたけを乗せた歌、と。

同時にギターの弦をはじく。


ガヤガヤしていた体育館に静寂が訪れる。

それを確かめ、私は息を吸い込む。

吸い込んだ息を吐きだす代わりに――声を――歌を紡ぎ出す。



『初めて手を繋いでくれたアナタ』


それは小さい頃、独りぼっちの私に手を差し伸べ繋いでくれた小さな手。


『それからずっとそばに居てくれたね』


大きくなっても、よく一緒になって遊んでた思い出。


『いつの間にか私は独りぼっちじゃなくなっていた』


アナタが私とみんなを引き合わせてくれたから。


見様見真似みようみまねで弾き始めたギター』


シンガーソングライターに憧れて家に有ったギターを手にして。


『私はつたない歌を歌った』


歌と言えるかどうか怪しかったけど。


『でもアナタは褒めてくれたよね』


あの笑顔に私は、胸がどきどきした。


『私の夢を応援してくれるアナタ』


いつの間にか私は、アナタを好きになっていた。


『いつもありがとう。本当にありがとう』


でも伝えたい言葉は、本当はこれじゃない。


『時に共に笑い、時に共に泣き、色んな事があったね』


今、アナタの隣には私じゃない誰かが――恋人が居る。


『だから私は伝えたい』


でも当たり前だよね。


『私の全て、想い込めて、』


私は女の子、アナタも――女の子。


視界がぼやけてくる。


今にも涙が溢れそう。


でも、伝えなきゃ。


『ありがとう、そして――』


最後のフレーズ。


『――――』


マイクでも拾えない程小さな声。

涙があふれ、頬を伝い、一滴ひとしずく、ギターに落ちる。


一時いっときの静寂。

だけどすぐに歓声と拍手で打ち破られる。


私は制服の袖で涙をぬぐってから、一礼。

そして笑顔で舞台を降りた。





駅のホーム。

私は一人、スマホに耳を当て立っている。


教室で打ち上げをしていたけどこっそり抜け出した。

皆楽しそうで良かった。

勿論、あの人もあの人の恋人も。


私はスマホから聞こえてくる声にうん、うん、と相槌する。

そろそろ電車がくるから、そう言って通話を切る。


そのタイミングで、電車がホームに入ってきた。


私は窓際の席に座り、発車を待つ。


ふとスマホが震えている事に気付く。

着信。

画面には――あの人の名前。


ちゃんと伝えたかった。


私はスマホをそのままカバンにしまう。

同時に車体が揺れ動く。

少しずつ動き始める風景。

やがて灯りが少なくなり、窓ガラスに私の顔が映る。


一滴ひとしずく二滴ふたしずく


それはやがて大粒になり、制服を濡らす。

両手で顔を覆う。

私以外居ない車内。

響くのは車体を揺らす音と、私の嗚咽おえつ


親に無理を言って文化祭までここに残った。

あの人に伝える為に。


でも、できなかった。


伝えられなかった。




『――だから私は伝えたい』


私が歌ったあの歌を口遊くちずさむ。


『私の全て、想い込めて、』


窓ガラスに映る私に聞かせる様に。


『ありがとう、そして――』


あの人の笑顔を思い浮かべ。





『さよなら』




また一滴ひとしずく、私の頬をつたい落ちた。

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想い込めて、 雪ノ山 噛仁 @snow-m-gamijin

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