ある二人の話
萬 幸
ある二人の話
とある学校での昼休み。
「セナ、ちゃんとアンケート書いたか?」
「ばっちり!」
向かい側で、弁当をもぐもぐと食べる友人に声をかけた。
「そういえば、さっき、ヨネダに質問されてたけど、どうしたんだ?」
「あとで数学教えてほしいんだって」
「なるほど」
そう返事をすると、包装されたパンの袋を開ける。
適当に一口大にちぎりながら、口の中に入れる。
「タナカも、さっき、サオトメさんに呼び出されてたけどどうしたの?」
「いや、それがさ…」
セナの方に身を乗り出し、小声でその内容を伝える。
「恋愛相談!?」
セナが驚いた表情でこちらを見る。
「声が大きい」
思ったよりも大きな声に、慌てて注意した。
セナがはっとしたように周りを見る。
周りの人達はさっきの大声に驚いてこちらを見ている。
セナは、すみません、といった風に慌てて頭を下げると、こちらに続きを促した。
「それで?」
「まあ、なんというか、彼氏と上手く行ってないらしい」
「彼氏って五組のタルイくん?」
「いや、八組のヤガミ」
「えっ、別れるの早くない? というか、付き合うのも早くない?」
「女は切り替えが早いっていうやつだ」
「あはは、たしかにー」
セナはそう笑いながら、弁当箱を閉じる。
セナは、ふう、と息を吐き、真剣な顔で、こちらの目を見た。
「それで? わざわざこんなデリケートなことを話題に出したんだから、なにか言いたいことがあるんだろ?」
ご明察。
こちらはサオトメの相談に答えてあげられるほどの……。
「恋愛経験がない!?」
セナがまたもや大きな声を出す。
「おい」
少し語気を強めて注意する。
周りも見てるじゃないか。
「いや、ごめん。 本当、すまない……ククッ…!」
セナは笑いを堪えながら、周りにまたもや頭を下げる。
「失礼だな」
「いや、恋愛経験がないことを笑ったわけじゃなくてね」
「じゃあ、なんだ?」
「そんなに思い悩むことかな、と思ってね」
「いや別に、そんなに悩んでないぞ」
「いや、嘘だね。"異性"のこっちに相談するぐらいなんだからさ」
セナは、それぐらいお見通しだ、という風にこちらを見る。
それに対して、"私"は降参のポーズを小さくとる。
「しょうがないだろ……。こっちはずっと女子校なんだから……。男と知り合う機会なんてなかったし……」
"私"は不安をセナに吐いた。
「タナカはさ、重く考えすぎなんだよ。相手と一緒に悩んであげればいいんだよ。こういうことは」
セナはそう言って、授業の準備を始める。
「うーん」
「そんなに、経験がないことがコンプレックスならさ」
「うん?」
「いっそのこと、僕たち付き合ってみる?」
「バ、バカ! ここは職員室だぞ!? そんなの冗談でも言うもんじゃない!」
「あはは、また後でね」
セナは誤魔化すように、こちらに柔らかく微笑むと、そそくさと教室に向かってしまった。
セナの背中が職員室から出て、見えなくなると同時に、昼休み終わりのチャイムが鳴る。
周りの先生方もそれに合わせ、授業の準備を始めたり、職員室から出ていく。
顔の赤くなった私になんて、みんな誰も気づいていない。
「あ〜!もう!」
パン!
顔を思いっきりはたき、喝を入れる。
私も次は授業がある。
職員室でぼうとなんてしてられない。
幸い、準備はもうしてあるから、あとは教室に出向くだけだ。
「はあ」
いつもは厳格な女教師として振る舞っているのだから、このニヤケた顔も抑えなければ。
去年私と同じタイミングで、この学校の教師になった特別な同僚、瀬名陽介。
不器用な私をいつも助けてくれる彼。
普段、飄々とした彼から、あんなことを言ってもらえたのは、特別な関係になれるチャンスがあるということだろうか。
今度、音楽のヤマノ先生に服屋の相談をした方がいいだろうか。
いろんなことを考えながら、職員室を出る。
少なくとも、今日は生徒たちに教えるのが楽しくなりそうだ。
※
その日、いつもクールな田中京子先生がスキップしている姿が学校中に衝撃を与えたそうです。
おしまい。
ある二人の話 萬 幸 @Aristotle
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