第18話 王都再び

 異族の国ヨナ国の悪魔マドカの本格的な襲撃事件の後、勇者アオイ一行は、再度の襲撃に警戒しながら、一旦王都ウォーランドに帰ってきていた。

 勇者アオイ、アリヤ、ナッシュ、ヨウセイ、ミルガス、イルマ達戦闘員は、非戦闘員たちの壊滅を重く受け止め、一度安全地帯である王都へ戻って体制を整えようという事で話がまとまったのだった


 先代勇者の武具集めも思うように進まず、旅立ちから二十数日以上が経っていたが半分程度しか集まっていない状態だった。

 当初の計画ではこの武具集めの旅は三十日程度で完了する算段だったが、予期せぬ襲撃者に日数と人員を奪われてしまった。勇者一行の一員のナッシュは王都への帰還後に厳しい言及がなされるのではないかと心底不安に思っていたが、凱旋した勇者一行を王都の国民は盛大に歓迎してくれたのだった。それどころか、国王のラシムス王にも賛辞の言葉を受けて肩透かしを食らっていたのだった。


 思った以上に勇者への期待が大きいと再認識した一行は、王都の豪華な宿屋にて今後の方針を決める話し合いの場を設けた。

 非戦闘員の唯一の生き残りである犬族のテオもその話し合いに参加していた。

 勇者アオイの声を偽装し襲撃者から生き延びたテオだったが、称揚の言葉は貰えていなかった。自分以外の仕えてきた仲間の死を体験し、悲哀に落ち込むことはあったが、しかし、テオは勇者に仕えるという幸せな時間を続けることができたことに満足している部分があった。


 今後についての話し合いは各員の方針の違いから難航しているところだ。

 具体的には、襲撃者マドカへの対処についてだった。武具の収集の遅れを危惧したナッシュは早々に非戦闘員の補充を済ませて出立するべきだと主張している。その反対意見として戦闘員のみだけで一先ず襲撃者マドカを撃退するというミルガスの意見があった。

 ヨウセイとイルマは中立の立場にいて、正直どちらでもいいというような様子だった。アリヤは勇者アオイの意見に従うという意見があるようで無いというどっちつかずだった。

 非戦闘員のテオにはもちろん発言権はあるが、勇者と一緒に旅を続けたいという意見はあまり重要視されそうにもない状態だった。

 そんな状態が続いたため、最後は勇者アオイの発言に決定権がゆだねられる状況になった。

 少し重い雰囲気で、目を瞑り腕を組んで話を聞いていたアオイが口を開く。


 「ナッシュとミルガスの意見も一理あるよね。だから、二人の意見を取り入れればいいと思うんだ。それに、俺もこれ以上仲間を失いたくないからね。大事な仲間だから、ここは戦いに参加できる少数精鋭で出かけた方がいいと思う。敵に悟られないように静かに出立することにしよう。」


 アオイが下した判断は、テオにとっては夢のような時間の終わりを告げるものだった。

 思わず反論しようとしたテオより先に、ナッシュが口をはさむ。


 「アオイ殿。それは、武具集めを置いて襲撃者を撃つことを優先するという事で?」


 アオイは、ナッシュの問いに「いや」と答えて続ける。


 「少数で移動して、武具集めを続ける。戦闘員だけなら襲撃者を撃退することはできるから時間短縮にもなるよ。寝床とか雑務は疎かになっちゃうけど、素早く集められれば御の字だよ。」


 御の字という言葉はテオには分からなかったが、ナッシュもミルガスも納得したのか、腰を椅子に落ち着かせた。

 納得していないのはテオだけだった。せめて、テオの気持ちは勇者に伝えようと声を出す。


 「ゆ、勇者様!僕は、勇者様と一緒に旅を続けたいです。」


 一行の視線がテオに集まる。誰も何も言わなかったが、皆テオがこの武具集めの旅に参加することは難しいだろうという事は分かっていた。テオ自身も分っていたが、勇者であるアオイから直に説得してもらいたかった。優しい言葉をかけてほしかった。勇者たちの帰りを待っていてほしいと言って欲しかった。


 「…テオ君。…もうそれは難しいんだよ。分かってほしい。」


 アオイが答えると同時に、ナッシュ達は席を立った。話は終わったという事だろうか。なんとか説得しろという雰囲気を残してアリヤ以外の各員はそれぞれの部屋に戻っていく。アリヤは勇者の説得を待つためか、その場に居残り続けている。

 テオはアオイから目を離さず、じっと見つめていた。なんでもいいから勇者から特別な言葉をかけてほしいが故の強硬策だった。


 しばらく、アオイとテオの視線が交差したのちに、アオイは「ふー」と息を吐き、ちいさく呟く。

 

 「…ごめんね。テオ君。」


 アオイを見つめていたテオの視界が急激に歪む。テオは意識が急に遠のくのを感じた。

 アオイが何かしらの魔術をテオにかけたのだったが、テオがそれを認識するのは次に目が覚める翌朝を過ぎた頃になるだろう。

 遠のく意識の中、アオイの「…昔読んだ漫画みたいだけど、テオ君のためだからね」という言葉を聞いた。

 漫画、というものはなんだろうとテオは考えたが、それ以上考えることはできなかった。









 



 目を覚ましたテオは、勇者一行の姿が宿屋から消えていたことに気が付いて、王都の外まで急いで駆けていた。見通しの良い小さな丘の上に着いたところで見えるはずもない勇者の背中を探すが、すぐに見当たらない現状に絶望していた。

 ここまで来るまでの道中はほぼ半狂乱の勢いで大汗を流しながら、転がるように走り出してしまったため所々ぶつけた様であちこち痛い。

 

 (勇者様に『待ってて』って言って欲しかったなぁ)


 そんな風に考えていたが、次第に『置いて行かれてしまった』という現実がテオを激しく傷つけた。無理やり魔術によって眠らされてその間に置いて行かれたという事はテオにとっては見捨てられたことと同義だった。

 冷静になったテオの頬には瞳から涙が一筋流れていた。もう勇者に仕えることは叶わないだろうが、テオ自身納得するには時間も心の余裕も無さすぎる。

 危険に巻き込まないようにという勇者の心遣いに感激するべきだろうか、それとも、置いて行かれてしまったことに怒りを覚えるべきだろうか、どうにも心の中にドロドロしたものをどう処理しようかと考えていたテオの背後に声をかける者がいた。


 「おやぁおやぁ。おいて行かれてしまいましたか。寂しいですねぇ…あぁ…悲しいですねぇ…」


 テオが驚いて振り返ると、長身の悪魔が立っていた。全身白いローブで身を包んでいるが、その異様な雰囲気は非戦闘員のテオにもすぐに分かった。


 「…誰。」


 「私はベリウッドと呼ばれています。この通りこの国の者ではありません。ヨナ国の住人です。」


 テオは背後に現れた悪魔の以外にも丁寧な受け答えに素直に驚いた。かの国の異族たちは獰猛でライズ・ウォーランド国の国民全員を敵と見なして、すぐに襲ってくるという話を聞いたことがあるからである。

 この者は異族の国でも話ができるタイプの者なのだろうか。


 「この度貴方に声をかけたのは訳があるのですが、それについてお話してもいいですか?」


 テオは「嫌と言っても話すんですよね」と返すが、ベリウッドは「いいえ。嫌なら次の機会にしますよ」と答える。

 テオが諦めて口を閉じるとベリウッドは「ありがとうございます」と一礼して言葉を続けた。


 「しかし、勇者もなかなか酷なことをしますねぇ。これほどにまで尽くしてきた、これからも誠心誠意尽くしたいと切望しているテオ殿を無理矢理に置いて行ってしまうなんて。」

 

 「…勇者様の悪口は許さないですよ」


 テオがベリウッドを睨みつける。


 「いえいえ。決して勇者を罵倒することが目的じゃないんです。もちろん貴方を侮辱することも違います。それを最初に分かっていただきたい。」

 

 ベリウッド再度礼をして続けた。


 「私は貴方に、私達の仕事を手伝って頂きたいと思って、馳せ参じたわけです。」


 「…そんなこと」「------?」


 協力できるわけないと答えようとするテオにベリウッドは被せるように言葉を発した。

 その一言は、テオがライズ・ウォーランド国からヨナ国に協力することに転心するに価する言葉だった。

 

 しばらく、テオとベリウッドが言葉を交わした。その会話をベリウッドが片手を胸の上まで上げることで制止する。


 「お話はここまでですねぇ。どうやら、気が付かれてしまった様ですね。…少し時間がかかった方ですか。」


 テオが何のことだかわからないという反応をしていると、ベリウッドが立っていた場所が急に轟音を立てて爆散する。


 何者かがベリウッドに向けて攻撃を加えた様だった。爆風がテオを襲う中、ベリウッドは攻撃を飛び退いて回避していた様で、爆散した地点から少し遠い場所に着地した。


 「…無粋ですねぇ」


 ベリウッドが悪態をつくが、それに返すように言葉が返ってくる。


 「無粋とな、貴様が言うか。ここは貴様の国ではないぞ。」


 いつの間にか、テオとベリウッドの間に剣を右手に持った者が現れた。

 テオはその者を見たことがあった。本当は勇者が窮地を助けに来てくれた事を期待したが、現れたのは王都守護隊の隊長であるガイアだった。

 

 「ガ、ガイア様!」


 テオが驚いて名を呼ぶが、ガイアはベリウッドを正面に捉えており、テオの声には振り返らない。その代わりに、もう一人テオの横にふわりと舞い降りた者がいた。ライズ・ウォーランド国の王家直属の魔術師であるレイルだった。


 「無事ですか?従者の君。」


 「レイル様まで!」


 王都守護隊隊長と王族直属の魔術師の二人が現れたことに、テオは事の大きさを理解した。二人が対峙しているこのベリウッドという悪魔は相当な重要な者の様だ。


 「…いやぁいやぁいやぁ。これはこれは…、王都でも一の実力者のガイア殿がこのような場所に散策ですかな?」


 状況が少し落ち着いた所で、ベリウッドが口を開いた。

 

 「貴様が転移してきた魔術の痕跡を、王都の魔術師に追わせていたのだ。まさか、王都の近くに現れるとは思わなかったぞ。」


 ガイアはベリウッドに対して剣を構える。


 「わたしも居るのですがね。」


 レイルがテオの前に立ち、存在を主張する。攻撃用だろうか、魔力を手に持った杖に込め始める。


 「…貴方のような小虫には興味はありません。」


 レイルは「な!」といきなりの罵倒に驚いて魔力を少し乱す。ガイアはレイルに対して「陽動だ」と一喝して冷静さを取り戻させる。瞬時に敵の思惑を悟って味方を落ち着かせる手際の良さはさすがは守護隊の隊長である。


 「貴様はなぜこのような場所に居る。この従者の者に何の用であるか?」


 ガイアがベリウッドに強く問いかける。


 「うーん。そうですねぇ。お答えしたい気持ちはあるのですが、今それを話すことはできませんね。一つだけ言えることとすれば…」


 ベリウッドが続きを話そうとするが、瞬間ベリウッドの姿がパッと消えた。三人がベリウッドを見ていたが、ベリウッドが移動する瞬間を見ている者は居なかった。

 どこに消えたのかと周囲に意識を散らせたガイアの背後にベリウッドの姿が現れた。正確にはそこにもう既に立っていた。姿が現れた瞬間は誰にも見られていない。

 突如現れたベリウッドはテオを指さして言葉の続きを話す。


 「テオ殿は私の仕事を手伝ってくださると承諾してくださいましたよ。」


 ガイアとレイルは咄嗟に戦闘モードに入る。レイルは溜めていた魔術を放とうとするが、ベリウッドの背後にガイアが居るため魔法の範囲攻撃はできない。ガイアが何とかベリウッドから距離を取ってくれることを待つ。

 ガイアは背後のベリウッドに対して振り向きながらの薙ぎ払いを繰り出す。

 しかし、ガイアの剣は空を切る。


 またしても、三人の視界から消えたベリウッドの所在はテオが自身の肩に何かが振れたことで直ぐに理解できた。

 ガイアとレイルの間に居たはずのベリウッドはテオの背後に回りテオの肩に手を置いていた。


 「ッ!貴様ぁ!」


 ガイアが咄嗟に叫ぶが、時すでに遅く。


 「それでは、ガイア殿と小虫さん。またお会いしましょうね。」


 すると、テオの視界は黒に包まれて身体がふわりと浮く感覚を覚える。テオとベリウッドは王都ウォーランド近辺の丘から魔術的な移動方法で姿を眩ました。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生したけど、俺の出番少なすぎるんだが!? ブロス @daisuke0119

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ